軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

「お前を愛することはない」と言われたけれど、社交界デビューします④

「はっ……。何を言ってるの? あんたなんかに心配されるようなことなんて、何もないわ。そんなことより、自分のことを心配したらどう? お 義姉(ねえ) 様のことなんて、誰も必要としないんだから!」

「あなたに言われなくても、それくらい自分で知っていますぅ⁉」

旦那様に脇を抱えられて、旦那様の後ろに隠される。

「カリウス、何を──」

「何をじゃない。コレッティーナはもう話さなくていい」

──っ。

そうか……。そうだよね。

旦那様も義妹がいいのか。そうかぁ……。

「ごめんなさい……」

あーぁ、好き……だったのにな。

もう、アンネともデザーとも、デンガおじいちゃんとも、旦那様ともいられない……のかな。

一緒にご飯食べるのも、お仕事するのも、全部ぜんぶ、楽しかった。

けど、義妹が来たら、追い出さないでって頼んでも、無理だもんね……。

バーベキュー、結局まだしてないし、部屋のキッチンだって未完成だ。デンガおじいちゃんと庭に何を植えるかも決まってないや。

楽しみだったけど、全部、義妹のものになるのか……。

視線は、下へ下へと落ちていく。

気分もドンドン落ちて、口の中はしょっぱいし、鼻水もたれそうだ。

「下を向くな」

両頬が少し乱暴に包まれて、上を向かされる。

「つらい時こそ、顔を上げろ。下を向くと、余計つらくなる」

濃紺の瞳の中には、情けない顔をした私が映っている。

「大丈夫だ。何も心配はいらない」

そう言って、旦那様は私に背を向け、義妹の方を見る。

「妻を 侮辱(ぶじょく) されて許すほど、俺の心は広くない」

「──っ! ちょっと待ってください‼」

旦那様の上着の 裾(すそ) をぐっと引っ張る。

「もう、大丈夫です。ありがとうございます」

「駄目だ。コレッティーナは大人しく俺に守られていろ」

「いいえ。カリウスこそ、私に守られていてください。義妹のような女性は苦手でしょう?」

じっと旦那様は私を見たあと、小さくため息をついた。

「コレッティーナにいいところを見せるチャンスだったんだけどな」

「いつも、いいところばかり見せてもらっていますよ。特に、ポケットにいつも甘味を常備しているところが最高に素敵です」

にこりと笑いながら言えば、カリウスは肩眉をあげる。

「それは、俺じゃなくて甘味が素敵の間違いじゃないか?」

「それも含めての最高ですよ」

顔を見合わせて笑い合う。

何よりもごはんと甘味が好きだ。

けど、それを一緒に食べるのはナビレート伯爵家のみんなとがいい。

ただ、食べれればいい……には、もう戻れない。

「ちょっと! 無視するんじゃないわよ!」

義妹は近くを歩いていた令嬢の手からグラスを奪い取ると、私に向かって振り上げた。

「そんなことしたら、駄目です」

咄嗟(とっさ) に義妹の腕をつかめば、グラスの中でブドウ色の液体が大きく揺れる。

「あっ……」

「コレッティーナ!」

──パシャッ。

「アハッ! これでその恥さらしな格好でいなくて済むことを感謝してちょうだいよね。おーほほほほほ……」

義妹の高笑いが響く。

「こ……の、ドレスは、たくさん食べれて、旦那様が用意してくれて、アンネが着せてくれて、それで……」

旦那様の妻として、頑張るはずだったのに。

ぼたり……と、涙が落ちる。

「それなのに、何で……」

許せない……。

仕事の邪魔をされたうえに、まだ何も食べてないのに!

汚れちゃったら、夜会から帰ろうって言われちゃう!!

「コレッティーナ、帰ろう」

ほら、やっぱり……。

「帰りません……。まだ何もしていません」

「そんなことない。コレッティーナは俺に大事なことを教えてくれた」

「…………へ?」

旦那様を見上げるけれど、ぼたぼたと涙が出てきてよく見えない。

「こんなところにいる必要はない。屋敷に帰ろう」

声が優しい。

よく見えなくても分かる。

きっと旦那様は困ったように眉を下げて、笑ってる。

「皆、待ってる」

抱き寄せられ、旦那様にぺたりとくっつく。

「分かりました。でもその前に 殺(や) っておかないと」

ぐいっと腕で涙をふき、胸元に隠した根っこを出すためにドレスへと手を突っ込もうとした。

けれど──。

「待て、何をやるんだ?」

手を旦那様につかまれてしまう。

「大丈夫です。きちんと口にねじ込みますから」

「そういう問題じゃない!」

じゃあ、どういう問題? と、旦那様に視線を向ける。

「あのな、コレッティーナ。こういう時は物理的に 殺(や) ったら駄目だ。社会的に殺るものだ」

「……なるほど」

一瞬で楽になんかさせず、長く苦しめる方針か。

「というわけで、今日はもう帰るぞ。うつむいとけ」

「下向いたら、駄目なんじゃないんですか?」

「落ち込んでる時はだろ。大人しく可哀想を演じとけばいい」

その言葉に慌てて下を向く。

「今回の件は、正式に抗議させてもらう。妻の生家だからと、許す気はない」

背中を支えられ、並んでいた列から一歩足を踏み出す。

食べ損ねた食べ物たちを思うと、また涙がこぼれた。

あー、涙腺が馬鹿になってる……。

感情が涙に直結してて、嫌だな……。

腕でぐしぐし涙をふく。

そうすれば、旦那様がハンカチを渡してくれる。

「これで 拭(ふ) け」

「ありがとうございます」

そうか、ハンカチという手があったのか……。

壊れた水道のように止まらない涙をそっと旦那様のハンカチで押さえた。