作品タイトル不明
「お前を愛することはない」と言ってきた旦那様と、ラブラブ夫婦を演出するにはどうしたらいいでしょう
……何だこの状況は。
目の前には旦那様の顔。
体は旦那様によってすっぽり覆われ、脱出不可。
場所は私の使っている部屋のベッド。
推定時刻、朝七時。
……意味が分からない。
何で旦那様がここにいるの?
「おーい、旦那様! 部屋、間違えてますよー」
ぺちぺちと頬を叩けば、旦那様の目が開く。
濃紺の瞳はぼんやりとしたまま、私の顔を映した。
「よく分からないんですけど、離してください」
「──っ!」
すごい勢いで、旦那さんは体を起こす。
首まで真っ赤だ。
「ドンマイです、旦那様」
人間、誰しも間違いくらいある。
朝ご飯を手で食べられるものにしてくれると約束してくれたし、旦那様は家族だから、特別に許してあげよう。
何より、恥ずかしがっている人をこれ以上責めるのはかわいそうだ。
「お部屋、間違えちゃったんですね」
「はぁ⁉」
不機嫌そうな声に、深く刻まれた眉間のしわ。
何だろう? 私、何か間違えた?
うーん……。あ! そうか‼
「すみません。デリカシーが足りませんでした。いい大人が部屋を間違えただなんて、傷をえぐるようなこと言いました。反省してます」
うんうん。良くなかった。
デリカシー、大事!
「んなわけあるか! コレッティーナがうなぎみたいに巻きついてきたんだろ!」
「……それを言うなら、ヘビでは?」
うなぎは巻きつかないと思う。
知らんけど。
「……昨夜、散々うなぎっって聞いたせいだな。コレッティーナが悪い」
「はい? うなぎの話なんて……。まさか、私に内緒でうなぎ食べたんですか⁉ 誘ってくださいよ! というか、私の分のうなぎください‼」
旦那様ばっかりズルい!
……いや、ズルくはないのか。自分のお金でうなぎ食べてるんだもんね。
ということは、うなぎ分の働きをすれば、対価として私も食べられるかも!
「うなぎ分の仕事ください!」
「何でそうなるんだよ。そもそも、うなぎは食べ物じゃないだろ。あんなにうねうねして気持ち悪いもの。よく食べようと思うな」
「……? おいしいですよ」
たしか、調理するためには泥抜きが必要なんだよね。
東の国に行けば、そこら辺も分かるかな……。
「旦那様、この世界に和食ってありますか? それか独自の文化を築いている東の国とか」
「どうした、急に……。そう……だな。たしか、東の果てに独自文化の国があるとの話は聞いたことがある。ただ、かの国は他国との交流を望まないとも」
そ、そんなぁ……。
まさかの鎖国状態ってこと?
「じゃ、じゃあ和食! 和食はありますか⁉」
「悪いが、聞いたことないな。調べてみるか?」
「はい……。世界中の料理事情も調べます……」
実在しそうなのに、こんなに遠いってあり?
いっそのこと、絶対にないならあきらめがつくものを……。
「ぐぬぬぬぬぬ……」
「こら、歯を食いしばるな。俺も調べてやるから」
「あい……」
書物、あるいは人に聞くのがいいよね。
あとで、お屋敷中の人に聞いて回ろう。
「ところで旦那様」
「何だ?」
「私の先生が見つかったんですよね? いつから来てくれるんですか?」
「明日だ。だから、明日以降のコレッティーナの仕事はマナーと貴族の常識を覚えることだな」
ん? 仕事がそれ?
「たしかに仕事ではありますけど、それは私のスキルアップのためですよね。それとは別に仕事します!」
「駄目だ。ただでさえ時間がないんだ。そっちに集中しろ」
「ですが……」
それだと、もらっているものと労働に差が生まれてしまう。
「いいか、コレッティーナ。これは必要な投資だ。コレッティーナはこれから先、ナビレート伯爵夫人として社交界に行かなければならないんだからな」
なるほど。それもそうか……。
「分かりました! 誰もがうなる伯爵夫人になってみせます!」
「……そこまでは求めてないからな?」
分かってますとも!
優しい旦那様は、私に無理をしろなんて言わない。
完璧を求めたくても、求められない。
ならば、旦那様の予想を遥かに超えてみせるのが、良き従業員というもの。
「完璧かつ、溺愛……では甘いですね。ラブラブな夫婦を見事演出してみせます!」
うむ。ラブラブか……。つまり、相思相愛ってことだよね。
「カリウス!」
「お、おう!」
「違います! 溺愛してる妻に、「お、おう!」はしません!! もう一回です。カリウス!!」
「な、何だい? コレッティーナ」
うん。さっきよりはいいと思う。
けど、ラブラブじゃない。
何か、旦那様ギクシャクしてるし。
「そこ、立ってください」
「え?」
旦那様の腕を引っ張り、姿見の前へと移動する。
「ちょっと失礼します」
そう言って、旦那様の腕にくっついてみる。
「……何か、違いますね。私が勝手に引っ付いてるみたいです」
何故だ? 何が違うんだ?
ラブラブ演出といったら、身体的接触じゃないのか?
「……そうだ! 旦那様……じゃなくて、カリウスは私の腰に腕を回してみてください。たぶん、いい感じになるはずです!」
「あ、うん……」
旦那様は腕を回してくれるけれど、やっぱり何か違う。
「もっとしっかり腰を持ってください! 俺の妻だぞ! 愛してるんだぞ! ドヤァです!」
「え゛っ⁉」
鏡越しの旦那様がうろたえている。
……そう言えば、旦那様ってモテる割に奥手なんだっけ?
ミニ丈ネグリジェ見て、真っ赤になってたもんなぁ。
「仕方ありませんね。私がお手本見せます!」
旦那様は、超ホワイト企業のトップなんだぞ!
従業員の健康を気にしてくれて、しかも優しいんだぞ!
うらやましいだろ!
「ドヤァ!」
「…………うん。頑張ったな」
何か知らないけど、哀れみの目で見られた!
旦那様だって、うまくドヤァできないくせに!