作品タイトル不明
「お前を愛することはない」と言われたけれど、家族になりました
***
その日の夜、旦那様は遅く帰ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま。まだ起きてたのか?」
玄関ポーチでお出迎えすれば、旦那様が驚いた顔で私を見る。
たしかにいつもは早く寝る。
けど、寝坊したあげく欠勤したのだ。せめて、お出迎えくらいはするべきだと思う。
「はい。……お疲れですね。お城、大変でしたか?」
「ん? まぁ、それなりにな……。コレッティーナ、疲れは取れたか? 昨日は連れ回して悪かったな」
デザーに上着を渡しつつ、旦那様は優しい声で言う。
「いえ。寝坊して、すみませんでした。解雇しないでください!」
旦那様に炒めた根っこを袋に入れたものを差し出す。
「これは?」
「デザーとデンガおじいちゃんと作りました。 賄賂(わいろ) です! 煮出して、 漉(こ) して、飲んでください!」
「ずいぶん堂々とした賄賂だな。ありがとう」
ふはっと笑いながら受け取ってくれた。
と言うことは、解雇じゃないはず!
良かったぁ……。
「渡せたので、お部屋に帰ります」
「……すぐに寝るか?」
「いえ、お茶飲んでから寝ます」
「そうか……。なら一緒に飲もう。話がある」
真剣味の帯びた声に、首を傾げる。
「分かりました。私の使ってる部屋に来ますか?」
「いいのか?」
「いいも何も、旦那様のお屋敷です」
「そうだが、ここはコレッティーナの屋敷でもある」
……私のお屋敷。
日中、デザーが言ってたのと同じだ。
「……私も仲間ですか?」
「少し違うな」
「違いますか……」
招かれざる嫁だったのだ。
仲間だなんて、都合が良すぎた。
じくじくする胸を押さえる。
何、期待してたんだろ。
旦那様が優しいから、皆が優しいから、勘違いしてた。
「コレッティーナ、顔を上げろ」
「……はい」
痛くて、気付けば下がっていた視線を上げる。
旦那様の濃紺の瞳は、どこまでも深い、底なしの海の色。
だけど、いつも温かい。
「コレッティーナは、家族だよ」
──っ!!
…………家……族?
「仲間……じゃなくてですか?」
「あぁ、家族だ」
胸のじくじくはなくなって、旦那様がくれるぐるぐるキャンディみたいに幸せな気持ちになる。
暴力的なまでの幸せに、どうしたらいいのか分からない。
「……デザーも、デンガおじいちゃんも、アンネも、家族ですか?」
「そうだ。俺も、コレッティーナも、デザーも、デンガも、アンネも、この屋敷にいる者すべて家族だよ」
そう……なんだ。
旦那様は、使用人も家族と言ってくれるんだ……。
「あっ!!」
「どうした?」
「……私、食べ物の恨みで旦那様の家族、追い出しちゃいました。……ごめんなさい」
食事をくれなかったのは許せない。
何なら、今も許してない。
でも、旦那様にとっては家族……。大切な人たちだったんだ……。
「ん? あぁ、それは俺も同意した件だろ。気にすることはない。それに──」
「それに?」
「妻を虐げる者は、この屋敷には必要ない」
温かかった瞳の温度がなくなって、深海に引きずり込まれたような重さがある。
「まぁ、俺も最初にコレッティーナにひどいことを言ったから、人のことは言えないけどな」
「それこそ、解決済みです。そのおかげで、労働対価に食事と甘味が約束されました」
最初は頭のヤバい男に嫁いだと思ったけど、福利厚生はバッチリだし、旦那様はボーナスまでくれる。
今日だって、寝坊して働かなかったのに、優しい言葉をかけてくれた。
ナビレート伯爵家は、超ホワイト企業だ。
「そう……だな。なぁ、コレッティーナ」
「はい」
「俺はコレッティーナのことを使用人だとも、部下だとも思ってない」
「……え?」
ちょ、ちょっと待って!
さっきは家族だって!!
「大切なむす……じゃなくて、妻だと思っている」
…………? また何かと言い間違えた?
というか、妻に関してはナビレート伯爵家に来た時から、そうだよね。
婚姻関係は結ばれてるから、旦那様は夫で、私は妻だ。
何をまた、今更なことを……。
「──っ! あ!! 分かりました!!」
「待て、絶対に伝わってない予感がする」
「そんなことありませんよ。設定追加ですね!!」
なるほどなるほど。
対外的に溺愛する大切な妻とするわけか。
冷めた夫婦関係だと、割り込めると旦那様のファンのご令嬢やご婦人は思うだろう。
けれど、溺愛する妻がいるとなると、話は変わる。
「顔がいいって、大変ですね!」
「絶対に、分かってないだろ!!」
「分かってますよ。お疲れ顔も旦那様の追っかけが原因ですね。お疲れ様でした」
「だから違──」
「お部屋でお茶淹れてあげます。ここは旦那様を大切に思ってる家族しかいないので、安心ですよ」
笑いかければ、旦那様の瞳が見開かれる。
「……コレッティーナも、俺を大切に思ってくれている?」
「はい! 大切な家族なので、歩けないなら、引っ張っていってあげます!」
手を差し出せば、小さく笑った旦那様の手が私の手にのる。
「頼む」
繋いだ手を引っ張ろうとすれば、旦那様は普通に足を踏み出した。
「引っ張るんじゃないんですか?」
「こっちの方がいいかな」
これじゃ、ただ手を繋いでいるだけ。
……そうか、旦那様は疲れたから誰かに甘えたいんだ。
身体的接触による労働は嫌だけど、まぁいいか。
私と旦那様は家族なんだし。
旦那様と一緒に、私の使う部屋に向かって歩き出した。