作品タイトル不明
貴族らしさは必要か否か〜カリウスside〜
「分厚いお肉!! ステーキ様ですね!!」
コレッティーナがにこにこしながら、懸命にステーキをナイフで切り、フォークを使って頬張っている。
可愛い……。
と、ほっこりした気持ちで見守る。
だが、ずっとにこにこしていたのは、最初だけだった。
「んぎっ、んぎぎぎぎ……」
眉間にシワを寄せ、 肘(ひじ) を張り、ものすごい気迫でステーキを切っている。と思ったら──。
「あーん。むぐっむぐっ、幸へれす……」
といった感じで、相好を崩す。
これを繰り返しているのだ。
「……貸せ。切ってやる」
「いえ! ステーキ様に最大の敬意を持って自分でやります!」
そう言うと、また難しい顔で切り始めた。
本来、十八歳となれば、礼儀作法は身についているはず。けれど、コレッティーナはすべてが 拙(つたな) い。
「冷めないうちに食べるのも敬意じゃないのか?」
「……たしかに!」
「ほら、切るから貸してみろ」
「ありがとうございます!」
一口サイズに切って渡せば、もう眉間にシワが寄ることはない。
今日は個室だったからいい。今後、外で食べる場合、コレッティーナは恥ずかしい思いをするかもしれない。
……ナビレート家の妻として、現状では社交はさせられないな。
というか、今までコレッティーナがこんなに食事中に険しい顔をしていたことあったか?
……ん? ナイフを使っているのを見たこと……ない? もしや……。
ちらりとアンネに視線を向ければ、逸らされる。
なるほど。俺の知らないところで、甘やかされていたというわけか。
って、食べてるの嬉しそうだな……としか、思わなかった俺も人のこと言えないか。
……まぁ、いざとなれば社交はしなくて済むように、できないこともない。
だが──。
「コレッティーナ」
「はい。何でふか?」
幸せそうに緩んだ顔に、言葉が詰まる。
生家では、食事をまともにもらえず、草を食べ、飢えをしのいでいたという報告書の文字が頭をチラつく。
口に食べ物を入れたまま話すことは、顔をしかめられる行為。社交界では、食べることを自由に楽しむのは難しいだろう。
屋敷の中だけで過ごせば、もうコレッティーナが傷つくことはない。
このままの方が幸せなのかもしれない。
コレッティーナは病弱ということにすれば……。
「旦那様、どうしました?」
まっすぐ、心配そうに夕日色の瞳が俺を見る。
「私、お腹治すの持ってます」
そう言って、小さなポシェットから一枚の葉を取り出した。
「これ食べたら、前にお腹痛いのなくなりました。あげます」
「……大切なものじゃないのか?」
「必要経費ですよ」
真剣な顔で言うと、俺の口元に葉を持ってくる。
「──っ!? すごい臭いだな」
「安心してください。ちょっと味はイマイチですけど、効果は抜群です」
そう言われるが、この臭いは遠慮したい。
「いいですか。初期治療が肝心なんです」
「いや、そもそも腹は問題ないから──」
「問題なくても、消化を助けてくれます。今日久々に摘めたものなので、新鮮ですよ」
これは、腹をくくるしかないやつだな。
諦めて口の中に入れれば、草独自の青臭さとツンとしたにおいが、息をする度に俺の鼻から抜けていく。
食事作法を気にかける余裕もなく、グラスに注がれているワインを一気飲みした。
「お酒の一気飲みは良くないですよ。でも──」
椅子から立つと、コレッティーナは俺の真横に来た。
「よく頑張りました」
微笑みながら、頭をなでられる。
生家での仕打ちを考えたら、人と接するのが怖いはず。
だが、コレッティーナは人を避けたり、怖がったりしない。
たぶん、人が好きなんだろう。
食が関わると奇行が目立ち、幼く見えるが、頭の回転も速い。
何より、自分で判断することができるタイプ……なんだよな。
「……なぁ、コレッティーナは、屋敷から出たいか?」
「ずっとナビレート伯爵家に住みたいです」
「そうじゃなくて、社交をしたいか?」
コレッティーナは不思議そうに首を傾げる。
「したいじゃなく、しますよ。旦那様の妻としての役目をまっとうしないとですし、社交界は美味しいものがあふれてます。たぶん!」
「うちの料理長だって腕がいいぞ」
「はい! ナビレート家の料理人はすごいです! でも、それはそれです」
そう言って、コレッティーナは俺の前にしゃがむ。
「私は、私の仕事をします。労働対価に食事と甘味をもらう約束ですよ。急に何で……って、私の食べ方ですか?」
自覚……あったのか。
「ごめんなさい。練習します」
「無理しなくても……」
「いいえ。してません。旦那様と社交界に行って、完璧な妻を演じます!」
「演じるも何も、コレッティーナは俺の妻だ!」
たくましいな……って、庭園で葉をむしって食べるくらいだもんな。
コレッティーナは守られるのではなく、自分の足で立つことを望んでいる。
「マナーや勉学の家庭教師を手配しておく」
望むなら、いくらでも手伝おう。
守られるのが苦手なら、周りが何も言えないほどになってもらわないとだ。
「完璧な妻、期待してる」
「お任せください! 私もバーベキュー期待してます!」