軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

堺の商人筋に伊勢松坂屋の堺のまとめ役が呼ばれる。伊勢松坂屋の目指す方向性や現状、お好み焼きやふくふく焼きのダジャレについて問答する

その日、堺郊外の伊勢松坂屋を任されているまとめ役は、堺の旦那衆の寄合へ呼ばれた。

大きな商家の奥座敷には、米、塩、木綿、砂糖、小豆、南蛮物、鉄砲、港の荷まで扱う旦那衆が

ずらりと並んでいる。まとめ役は、いつもの飯場とはまるで違う空気に背筋を伸ばし、

深く頭を下げた。

「伊勢松坂屋の者でございます。本日はお呼びいただき、ありがとうございます」

年嵩の旦那衆が、ゆっくり口を開いた。

「まあ、楽にしなはれ。伊勢松坂屋さんの話は、堺でもいろいろ聞いとる。海鮮焼き、

下魚のすり身揚げ、伊勢神宮での飯売り。飯で商売するのは、なかなかうまいようやな」

「ありがたいことでございます」

「それに最近は、比叡山の話や」

その一言で、座敷の空気が少し変わった。

「京都へ官位の礼に行って、朝廷へ一万貫、つまり一千万文ほど寄進した。そこへ延暦寺が目をつけ、

大津で催しを荒らし、首に薙刀まで当てた。ところが大膳亮殿は退かず、

『お前らに出すぐらいなら、三好と六角へ五千貫ずつ投げる』と啖呵を切ったとか」

まとめ役は、少し困ったように笑った。

「話が大きくなっておりますが、大筋では、そのように聞いております」

「肝の座った旦那やな」

「はい。大旦那は、肝だけは据わっております」

「だけ、か」

「いえ、飯も考えます」

座敷に、少し笑いが起きた。

別の商人が言った。

「そこでや。堺の市の一角で、伊勢松坂屋が小さく店を出すことを許してもええかと考えとる。

ただ、ひとつ分からんことがある」

「何でございましょう」

「伊勢松坂屋は、何を求めとる? 伊勢から飯屋を始めて、数軒出すなら分かる。ところが今や、

伊勢、尾張、大和、京都、六角筋、堺の外れまで来とる。鉄砲が欲しいわけでもなさそうや。

ここより先、何を見るのか」

まとめ役は、少し考えてから答えた。

「大旦那としては、全国津々浦々に、自分の飯の道を広げられるだけ広げたい、

という思いがあるようです」

「飯の道、か」

「はい。大旦那は、もともと根なし草で、飯が食えない苦しさを知っていると言います。

ですので、飯を食えない人がいれば炊き出しをする。ただ、炊き出しだけでは施しになってしまい、

続きません。だから、寺の掃除、器洗い、薪運び、炊き出しの整理、荷運びなど、

小さな仕事を振りながら、少しずつ巻き込んでいく。無理はせず、やれることをやる、

という考えでございます」

「施しだけでは続かん、か」

「はい。それと、大旦那は催し物が好きでございます」

「催し物?」

「松阪では、お城の料理人と伊勢松坂屋の料理人で、料理対決のような催しをいたしました。

お客様からお代をいただき、料理人からも参加料をいただき、竹串で料理を評価してもらいます。

売上はお城へ寄進しました」

「飯を売り、評価させ、寄進する。よう考えとるな」

「大旦那は、飯で人が集まる場を作るのが好きなのです。炊き出しの寺では、会話の場を作ったり、

ご縁会と申して、男女の出会いの場のようなものも考えたりします」

堺の旦那衆が、少しざわついた。

「飯屋が縁組みまで口を出すんか」

「大旦那は、そういう下世話な話が大好きでございます」

「本人はモテるんか」

まとめ役は、少しだけ間を置いた。

「まったくモテません」

座敷に笑いが起きた。

「モテないがゆえに、縁の話をするのが好きなのです」

「なんやそれは」

「たとえば、お好み焼きというものがございます」

「お好み焼き?」

「はい。小麦と水と卵を溶いた種を、円形に焼きます。丸く焼くことで、

縁が丸く収まる、角が立たない、などと大旦那は申します」

「またこじつけか」

「大旦那は、そういうものが好きでございます」

まとめ役は続けた。

「具材は、男女で一緒に選びます。魚を入れるか、貝を入れるか、野菜を入れるか。

女衆が具材を種に入れ、丸く整え、ひっくり返す。そこで大旦那は、『縁を返す』

『良い方へ返す』などと言い出します」

旦那衆は、もう笑う準備をしている顔だった。

「たとえば、ゴボウを入れるとどうなる」

「根が張る縁でございます」

「そのままやな!」

「はい。『ゴボウは土の中に根を張る。夫婦も商いも根が張らなあかん。

根が張るご縁になりますように』と、言いたがっております」

「では、エビは?」

「エビは腰が曲がるまで長く続く縁、という案もありますが、大旦那は大葉と合わせたがります」

「大葉?」

「はい。エビと大葉を入れると、香りがよく、後味が軽い。そこで『爽やかな縁』と申します。

初々しい男女向けや、まだ重たくしたくない縁に良いと」

「縁を重さで分けるな」

座敷が笑いに包まれる。

「貝は?」

「口が合うので、話が合う縁」

「ネギは?」

「長く続く縁」

「芋は?」

「子が増える縁。ただ、これは言いすぎると女衆が引くので、料理人たちから止められております」

「止めた方がええな」

「はい。大旦那は調子に乗ると、こじつけを増やしますので」

笑いながらも、旦那衆の目はだんだん商人のものになっていった。

「だが、それは面白いな」

年嵩の旦那衆が言った。

「具材を選ぶ楽しみがある。二人で選ぶ理由がある。焼けるまで話す時間がある。

女衆がひっくり返すなら、場が動く。食べるだけやなく、作るところから催しになる」

「大旦那も、そこを面白がっております」

「飯を口実に会話を作るわけや」

「はい。大旦那は、飯は腹だけでなく、場も温めるものだと申します」

そこで、まとめ役は少し声を整えた。

「それと、大旦那は小豆と砂糖を求めております」

その言葉に、旦那衆の目が少し鋭くなった。

「やはりそこか」

「ただし、大量に奪うような話ではございません。大旦那が作りたがっているのは、

ふくふく焼きというものです」

「ふくふく焼き?」

「小麦の生地を丸く二枚焼き、その間に餡を挟みます。腹も心もふくふくするように、

福が来るように、という名でございます」

「また欲張った名やな」

「はい。大旦那は名に意味を詰め込みがちでございます」

まとめ役は、少し恥ずかしそうに続けた。

「値は、一つ五十文。ですが、二つ買っていただく時は九十文にしたい、と申しております」

「二つで九十文。十文引きか」

「はい。そして、男女、夫婦、親子、あるいは商い相手同士で一つずつ分けると、

一人あたり四十五文になります」

「四十五文」

「そこで大旦那は、『四十五文で、始終ご縁がありますように』と言いたいのだそうです」

一瞬、座敷が静まり返った。

「……始終ご縁?」

「はい。四十五文の四十五を、始終ご縁にかけております」

次の瞬間、堺の旦那衆が一斉に笑った。

「だじゃれやないか!」

「砂糖と小豆を欲しがる理由が、始終ご縁か!」

「一つ五十文、二つで九十文。二人で分けたら四十五文。始終ご縁がありますように、か」

「くだらん。くだらんけど、覚えやすいな」

まとめ役も苦笑した。

「私どもの中でも、初めて聞いた時は皆、同じ反応でした」

「しかも、大旦那がそれを自分で言いたいんやろ」

「それはかなりございます」

「大旦那が言うと福が逃げるんやったな」

「はい。うちの中では、そう言われております」

また笑いが起きた。

だが、年嵩の旦那衆は、笑いながらもすでに売り方を考えていた。

「しかし、四十五文というのは悪くない。ひとつ五十文なら、少し高く感じる者もおる。

二つで九十文なら得した気になる。しかも、二人で分ける理由がある」

「はい。大旦那は、そこにこだわっております」

「縁起物として売れるかもしれん。若い男女だけではない。夫婦でも、親子でも、

商い相手でも使える。『始終ご縁がありますように』と渡せば、土産にもなる。商人は縁を嫌わん」

「大旦那も、まさにそう申しておりました」

「形は丸いのか」

「はい。丸く焼きます」

「なら、円満にもかけられるな」

「大旦那なら、必ず言います」

「焼印はどうする」

「焼印でございますか」

「福の字か、縁の字か。あるいは伊勢松坂屋の印を小さく入れるか」

まとめ役は、少し驚いた。

さすが堺の商人である。笑っていたかと思うと、すぐに売り方へ話が進む。

「大旦那は、たぶん『福』か『縁』を押したがると思います」

「両方作ればよい。福焼き、縁焼き。二つで九十文。ひとつずつ分けて四十五文。

始終ご縁がありますように」

「それは、大旦那が大変喜びそうです」

「喜ぶだけでは困る。売れねばならん」

「はい」

別の旦那衆が言った。

「ただし、砂糖と小豆は勝手には流せんぞ」

「もちろんでございます。堺の皆様の領分を荒らすつもりはございません」

「最初は少量や。試し焼き分だけ。餡の甘さも、堺の舌に合うか見る。勝手に大量に

仕入れるのは許さん」

「心得ております」

年嵩の旦那衆は、腕を組んだ。

「しかし、大旦那はだじゃれだけで動いているわけではないのやろう」

「はい」

まとめ役は頷いた。

「もともとは、伊賀の者たちが寄進を求めてきたことがありました。大旦那は、

施しだけでは続かないから、商売の種を考えろ、と言いました。その結果、

伊賀との取引が生まれ、北の信楽から器を大量に仕入れる道ができました。

伊賀には、器の道という役割ができたのです」

「役割か」

「はい。一方、名張の方には、はじめ役割が薄かった。葛の話、大和方面の情報収集、

荷の道などを考えておりました。そこへ、ふくふく焼きの話が出て、小豆の道という

役割が生まれました」

「なるほどな」

旦那衆は、笑いをおさめて頷いた。

「四十五文のだじゃれは笑い話やが、その裏には、拠点に役割を持たせる考えがあるわけや」

「はい。飯、器、葛、小豆、魚、港、炊き出し、催し。それぞれに意味を持たせて、

無理なく広げております」

「成り上がりにしては、なかなか筋がある」

「大旦那自身は思いつきのように話しますが、周りで聞いていると、結果として道が

つながっていきます」

「支える者は大変やな」

「はい。大変でございます」

また笑いが起きた。

やがて、年嵩の旦那衆がまとめた。

「よし。堺の市の一角で、まずは小さく試してみなはれ。魚のすり身揚げ、海鮮焼き、伊勢の飯。

お好み焼きも、具材を選ばせる形で小さくやる。ふくふく焼きは、砂糖と小豆を

こちらが許した分だけ使い、試し焼きからや」

「ありがとうございます」

「一つ五十文、二つで九十文。二人で分けて四十五文。始終ご縁がありますように。

この売り文句は試す価値がある。ただし、こじつけはほどほどにせえ」

「大旦那に、必ず伝えます」

「いや、伝えても増えるやろ」

「増えると思います」

座敷に、また笑いが広がった。

こうして、伊勢松坂屋は堺の市の一角で、小さく飯を出すことを許される流れになった。

比叡山に啖呵を切る男気。

下魚を銭に変える商売勘。

各拠点に役割を持たせる広げ方。

そして、一つ五十文、二つで九十文、二人で分ければ四十五文――始終ご縁がありますように、

という馬鹿馬鹿しいほど覚えやすい言葉。

警戒は必要だ。

だが、締め出すには惜しい。

堺の旦那衆は、呆れ、笑い、そして少しだけ期待していた。

商いとは、時にそういうくだらない言葉から火がつくものなのである。