軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

堺の商人筋で伊勢松坂屋の話が話題になる。堺の郊外で横丁をしている。比叡山ともめた話や周辺情報が入ってきている。無下にはできない。

堺の町中では、いつものように有力な商人たちが集まり、定例の寄合が開かれていた。

米、塩、木綿、砂糖、小豆、鉄砲、港の荷動き。

いつも通りの話が一通り済んだところで、一人がふと思い出したように口を開いた。

「そういや、伊勢松坂屋の話、聞いてるか」

「伊勢松坂屋?」

「ほら、堺の港の外れでも、ちょこちょこ飯を出してるやつらや」

「ああ、下魚をすり身にして揚げたやつを出してるところか」

「そうそう。あれ、なかなかうまいらしいぞ。伊勢神宮でも売ってるとか聞いたな」

「マグロも扱ってるんやろ。あと、海鮮焼きいうのか。鉄板で魚介を焼くやつ」

「鉄砲鍛冶に頼んで、飯焼く鉄板を作らせてるいう話も聞いたぞ」

「鉄砲鍛冶に鉄板作らせるんか。変な飯屋やな」

その場に、少し笑いが起きた。

伊勢松坂屋の名前は、堺でも少しずつ聞かれるようになっていた

最初は、伊勢の飯屋が港に出てきた程度の認識だった。だが、魚を無駄なく使い、

下魚をすり身にして揚げ、海鮮焼きなるものを出し、伊勢神宮でも飯を売ると聞くと、

ただの小飯屋ではないと見る者も増えていた。

そこへ、別の商人が声を落として言った。

「飯の話だけやないぞ。最近、比叡山ともめたらしい」

「延暦寺とか?」

「そうや」

寄合の空気が、少し変わった。

「なんでも、京都へ官位の礼に行ったらしい。そこで朝廷に一万貫、つまり一千万文ほど寄進したとか」

「飯屋が一万貫?」

「そう聞いてる」

「発展しすぎやろ」

「それで、比叡山が目をつけたらしいな。朝廷に一万貫出せるなら、うちにも出せるやろと」

「まあ、考えそうな話や」

「それで大津の催しを荒らした。飯場を壊して、神輿まで出したとかいう噂もある。

で、旦那の首に薙刀を当てた」

「そこまでやったんか」

「ところが、その旦那が一歩も引かんかったらしい」

話していた商人は、少し声に熱を込めた。

「『お前らに出すぐらいなら、三好と六角に五千貫ずつ投げる』と啖呵を切ったそうや」

「五千貫ずつ?」

「合わせて一万貫や」

「また一万貫かい」

「それを実際に動かし始めたらしい。今、延暦寺があたふたしとるとか」

寄合の中に、低い笑いが広がった。

「まあ、延暦寺さんもなあ」

「なんやかんや横柄なところはあるからな」

「身から出た錆という見方もできるわな」

「そもそも、朝廷に礼をして戻る官位持ちを襲うような真似をしたら、そら評判悪いわ」

「官位持ち言うても、飯屋やろ?」

「従五位下の大膳亮やったか」

「飯屋が大膳亮か。世も変わったな」

そこで、年嵩の商人がゆっくり口を開いた。

「その飯屋、ただの飯屋やない」

皆がそちらを見る。

「うちの者も、方々へ放っておる。聞くところによると、あの旦那はもともと南伊勢で根なし草同然から

始めた成り上がりや。北畠の領内で飯屋を広げ、炊き出しをし、荷を動かし、南伊勢に

かなり食い込んどる」

「根なし草から、そこまでか」

「それだけやない。伊勢中部の長野の家を、北畠の方へ寄せる流れにも、物流や飯で関わったと聞く」

「飯でか」

「飯と荷や。兵だけでは動かんものを、飯と荷で動かしておる」

商人たちは黙って聞いた。

「さらに、織田と北伊勢の国人衆、一向宗あたりの争いで、逃げた民に飯を出し、

間に立った。それで官位を得たという話や」

「なるほどな。ただ金を積んだだけやないのか」

「今は伊勢一円、尾張、伊賀、大和、六角筋、京都郊外まで入っている。

うちの方では、藤井寺、堺の外れまで来ておる」

「どこまで広げるつもりや」

「そこが問題や」

別の商人が腕を組んだ。

「京都を目指すのは分かる。堺を目指すのも、まあ分からんではない。だが、

あいつら鉄砲を欲しがってるわけではないんやろ」

「鉄砲鍛冶に頼んでるのは、海鮮焼きの鉄板やからな」

「飯で何かしたいのは分かる」

「砂糖と小豆が欲しいとも聞いた」

その言葉に、何人かの顔が少し引き締まった。

砂糖と小豆。

堺の商人たちにとっても、軽い話ではない。

「そこは、うちらの扱いもある」

「簡単に流すわけにはいかん」

「だが、無下にするのも惜しい」

年嵩の商人が頷いた。

「一万貫をぽいぽい動かす飯屋や。しかも、ただ銭を持っているだけではない。

あちこちで飯を出し、人を集め、寺社や大名に筋を通しておる。こういう相手を門前払いするのは、

堺の商人としても下手や」

「ただ、領分は守らせなあかん」

「当然や。うちの市場を荒らされては困る。砂糖や小豆の流れに勝手に手を突っ込まれても困る」

「なら、まずは試すか」

「うちの飯場、あるいは市の一角で、小さく店を出すことを許す。扱う品目は決める。

魚のすり身揚げ、海鮮焼き、伊勢の飯。砂糖や小豆に触れるなら、こちらの許しを得る」

「売上の一部は?」

「場所代として取る。場合によっては寄進の形でもよい」

「なるほどな」

別の商人が、少し不満そうに言った。

「個人的には、成り上がりというのが気に食わんがな」

「それはある」

「根なし草から大膳亮やろ。面白くないと思う者もおるやろう」

「だが、肝は座っとる」

年嵩の商人が静かに言った。

「比叡山に薙刀を突きつけられて、一歩も引かず、三好と六角へ一万貫を投げると言える飯屋や。

好き嫌いは別として、ただ者ではない」

「漢気はあるな」

「銭の使いどころも見ている」

「飯で商売するのもうまい」

「それなら、堺としても門戸を広げる余地はあるか」

寄合の空気は、少しずつ一つの方向へ傾いていった。

伊勢松坂屋を全面的に受け入れるわけではない。

だが、締め出すには惜しい。

堺の領分を犯さないこと。

砂糖や小豆の扱いには勝手に踏み込まないこと。

市場の一角で、まずは飯を出すこと。

売上や場所代はきちんと納めること。

問題があればすぐ止めること。

その条件なら、認めてもよいのではないか。

「まずは一度、呼んで話を聞こう」

「いや、向こうの者はもう外れにおるんやろ。試しに市で出させたらええ」

「魚のすり身揚げと海鮮焼きか」

「それなら堺の者も食うやろう」

「砂糖と小豆の話は、すぐにはさせん。だが、甘味の案を持っているなら聞くだけは聞いてやる」

「鉄砲鍛冶に鉄板を頼むような飯屋や。妙な案は持ってるやろうな」

場に、また少し笑いが戻った。

最後に、年嵩の商人がまとめた。

「伊勢松坂屋は、堺の領分を犯さぬ限り、市の一角で飯を出すことを認める。まずは小さく。

魚のすり身揚げ、海鮮焼き、伊勢の飯。その様子を見る。砂糖、小豆、南蛮物には

勝手に触れさせぬ。だが、使い道の話は聞く」

皆が頷いた。

「それでええ」

「試して損はない」

「比叡山ともめた飯屋の飯、食ってみたいしな」

「それはある」

こうして、堺の町中でも、伊勢松坂屋を受け入れる流れが少しずつできていった。

成り上がりへの反感はある。

だが、肝の座り方は認める。

銭の大きさも認める。

飯の評判も認める。

そして、堺の商人たちは何より、面白い商いの匂いを見逃さなかった。

比叡山と揉めた伊勢の飯屋。

その名は、堺でもただの噂から、取引相手候補へと変わり始めていた。