作品タイトル不明
京都郊外で炊き出しを続けていると比叡山延暦寺から逃げてくる人が現れる。事情を聞くも酷さにひいてしまう。ただで受け入れると続かないので手伝いからでいいから一緒に場を回すなら居てもいいと言われ涙を流す家族
京都郊外の伊勢松坂屋の拠点には、少しずつ人が流れ込むようになっていた。
最初は、ただの食い詰め者かと思われた。
炊き出しの匂いに誘われて来た者。
仕事を探している者。
子どもに飯を食わせたい母親。
だが、話を聞くうちに、どうも様子が違うと分かってきた。
延暦寺の領分から逃げてきた家族だった。
父親は痩せ、母親は子どもを抱えたまま目だけがぎらぎらしている。
子どもたちは、飯を見ると声も出さずに固まった。
伊勢松坂屋の従業員が、まず粥を出した。
「熱いから、ゆっくり食べてください」
子どもが、震える手で椀を持った。
一口食べた瞬間、目を見開く。
母親は、子どもが食べるのを見てから、自分も少しだけ口に入れた。
そのまま、ぼろぼろと泣き出した。
「すみません……すみません……」
「謝らんでええです。まず食べてください」
炊き出しの粥、味噌汁、少しの漬物。
それだけで、家族は言葉を失うほどだった。
次に、古布と布団を渡した。
「今日はここで寝てください。きれいなもんではないですけど、地面よりはましです」
母親は布団を見て、また泣いた。
「こんなん……ええんですか」
「ええです。子どもを寝かせてあげてください」
さらに、簡易の湯浴みも用意した。
大きな湯殿ではない。桶に湯を張り、体を拭けるようにしただけだ。それでも、
子どもたちの顔から泥が落ち、母親の手足が少し温まると、周りにいた者まで言葉を失った。
「……これだけで、人の顔が戻るんやな」
若い従業員が小さく呟いた。
その夜、家族から少しずつ話を聞いた。
高利の借金。
最初は米を買うための小さな借り入れだったという。だが、利が利を呼び、
返しても返しても減らない。やがて店を担保に取られ、最後には店そのものを奪われた。
父親は言った。
「借りたこっちが悪いんです。けど、返しても返しても増えていくんです。
帳面を見せてくれ言うても、怒鳴られるだけで」
母親は、さらに声を震わせた。
「お坊様の使いの方やから、逆らったら仏罰が下るって……。主人がいない時に家に来て、
物を持っていかれて……」
そこで言葉が途切れた。
周りの伊勢松坂屋の者たちは、顔を見合わせた。
誰もすぐには口を開けなかった。
寺の名を出し、仏の名を出し、困った者からさらに奪う。
飯屋の者たちには、理解しがたい話だった。
「……慈悲って、何なんですかね」
料理番の一人が、低く言った。
近くで聞いていた京都郊外の寺の者も、顔をしかめていた。
「全部が全部そうとは言いません。立派なお坊様もおります。けど、そういう末端の者がいるのも、
まあ……聞かん話ではありません」
「聞かん話ではない、で済む話ですか」
「済みませんな」
その場に、重たい沈黙が落ちた。
伊勢松坂屋の従業員たちは、怒りと戸惑いの間にいた。
助けたい。
飯も出したい。布団も渡したい。湯も使わせたい。
だが、同時に分かっていた。
寄りかかられるだけでは続かない。
この家族を助ければ、次も来る。
次の家族も来る。
その次も来る。
飯は無限ではない。布団も無限ではない。働く者の手も足りない。
古参の一人が、父親に静かに言った。
「飯と寝床はあります。今日は何も考えず寝てください」
父親は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
「ただ、明日からの話をします」
家族の顔が強張った。
「追い出すわけではありません。けど、ただ飯を食べて寝るだけでは、ここも続きません」
「はい……」
「ここにいるなら、手伝ってください。寺の掃除、炊き出しの整理、器洗い、薪運び、
布団干し。子どもでもできることはあります。できることをやってくれたら、ここにいてええです」
母親が、また泣き出した。
「働かせて、もらえるんですか」
「働かせるというより、一緒に回すんです。ここは宿ではありません。飯場です。
みんなで飯を作って、みんなで片づけて、みんなで寝る場所を守るんです」
父親は震える声で言った。
「店を取られてから、もう何もできんと思ってました」
「店を取られても、手は残ってます。足も残ってます。子どももいます。できることからやりましょう」
母親は、子どもを抱きしめながら泣いた。
「掃除でも、器洗いでも、何でもします。ここに置いてください」
「置きます。けど、無理はせんでください。まずは体を戻すところからです」
そのやり取りを見ていた若い従業員は、こらえきれずに目を拭った。
「大旦那が見たら、何て言いますかね」
古参は少し考え、苦笑した。
「たぶん、『飯と寝床があれば人は戻る。けど、働き口も作らなあかんな』って言うやろ」
「言いそうです」
「あと、『帳面につけとけ』とも言う」
それで少しだけ笑いが起きた。
その夜、京都郊外の拠点では、新しい帳面が作られた。
逃げてきた家族の名。
元いた場所。
借金の相手。
奪われた店。
できる仕事。
必要な布団。
子どもの人数。
体調。
すべて、分かる範囲で書いた。
これは施しだけではない。
人を助けるための記録であり、延暦寺の足元で何が起きているかを知るための記録でもあった。
翌朝。
父親は寺の庭を掃いた。
母親は器を洗った。
子どもたちは、薪を運ぶ手伝いをした。
まだ足取りは弱い。
けれど、昨日までのような絶望の色は少し薄れていた。
炊き出しの釜から湯気が上がる。
布団が日に干される。
簡易の湯浴みに、また湯が張られる。
伊勢松坂屋の飯場は、逃げてきた者をただ抱える場所ではなく、もう一度立ち上がるための
場所になり始めていた。
そしてその話は、静かに、しかし確実に広がっていく。
延暦寺の領分から逃げた者が、伊勢松坂屋で飯を食い、布団で寝て、翌朝には掃除をしている。
それは、小さな話だった。
だが、比叡山にとっては、刃よりも厄介な話だった。