軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢松坂屋の師範や師範代が織田信長と対面。織田料理番と簡易な対決をする。主力の料理では伊勢松坂屋、細かな副菜では織田方が勝つかとおもいきや副菜で拮抗したのに信長怒る。野良試合をもっとやれとなる。

尾張へ送られた伊勢松坂屋の師範一人と、師範代数人、それに料理の種を抱えた若い料理番たちは、

木下秀吉の取り次ぎで信長の前へ通された。

皆、緊張で顔がこわばっている。

松坂城の庭で人前に立ったとはいえ、今度は相手が織田信長である。しかも、尾張の料理人たちと

腕を比べるという話まで来ている。

信長は、彼らを見てにやりと笑った。

「松坂からよう来たな」

「はっ。伊勢松坂屋より参りました」

「この前の松阪の城でやった料理の催しは、うまくいったのか」

師範が頭を下げる。

「はい。大変な盛り上がりでございました。私どもも参加させていただきましたが、

人に見られながら飯を作るというのは、思った以上に難しゅうございました」

「ほう」

「火の入れ方、塩の振り方、盛りつけ、客の視線。全部見られております。

普段の調理場とは違い、逃げ場がございません」

信長は満足そうに頷いた。

「揉まれ慣れてる顔をしとるな」

師範代たちは、なお緊張しながらも、目だけは落ち着いていた。松坂で、竹串を握った

客の前に立った経験がある。飯を出し、評価され、時に笑われ、時に褒められた。その経験が、

体に残っている。

信長は言った。

「博之や秀吉から聞いてるかもしれんが、うちの料理人たちとも少しやってくれ」

「はっ」

「食う者には百五十文を払わせる。竹串五本。伊勢松坂屋が半分、うちの料理番が半分。

まずは、どんなものか見たい」

尾張の料理番たちも呼ばれた。

織田家の台所を預かる者、城の下働きから腕を上げた者、津島や熱田の飯屋から呼ばれた者もいる。

いざ料理の場に立つと、意外なことが起きた。

伊勢松坂屋の師範たちは、最初こそ緊張していたが、火を入れ始めるとふっと落ち着いた。

鍋を見る目、魚を返す手、鶏を揚げる音を聞く姿勢。どれも場慣れしている。

一方、尾張側の料理番たちは、信長や家臣たちに見られているせいか、少し動きが硬い。

信長はそれを見て、眉を上げた。

「ふむ。やはり場数か」

家臣の一人が苦笑する。

「料理人は、普段このように見られて飯を作ることがございませんからな」

「武士は命がけで戦う。なら、料理人も飯で戦わせなあかんな」

「また厳しいことを言われますな」

家臣たちが笑う。

信長は構わず続けた。

「これは続けるぞ。野良試合や。飯も、戦場に出さねば強くならん」

やがて料理が並んだ。

伊勢松坂屋側は、塩気が強く、飯を呼ぶものが多い。

鶏の天ぷら酢漬け。

魚の揚げ酢漬け。

味噌を利かせた汁。

焼き魚。

小さな混ぜ飯。

客になった家臣や下級武士たちは、箸を進めながら頷く。

「これは飯が進むな」

「酢が入っとるのに、油と合う」

「塩気が強いが、動いた後ならちょうどええ」

一方、尾張側は、繊細な煮物、出汁を利かせた汁、野菜の炊き合わせなどで勝負した。

秀吉はそばで見ながら、松阪での様子を思い出していた。

「松坂では、伊勢松坂屋は主力の飯が強うございました。一方、お城の料理人は

細かい仕事で竹串を集めておりました」

「なら、ここでもそうなるか」

「そう思っておりましたが……」

結果は、信長の予想と少し違った。

主力の飯では、やはり伊勢松坂屋が強い。塩気、香り、飯との相性。食べた瞬間に分かりやすい。

だが、細かい料理でも、尾張側が圧倒するわけではなかった。

伊勢松坂屋の師範代が出した、根菜と魚の小鉢。

鶏の酢漬けに添えた菜の扱い。

魚の身を崩さずに仕上げた汁。

派手な飯だけでなく、細かいところにも竹串が入る。

信長の顔色が変わった。

「お前ら、やる気はあるのか」

尾張の料理番たちが一斉に頭を下げた。

「も、申し訳ございませぬ」

「慣れておらぬ、では済まんぞ。お前らは織田家の飯を預かる者や。織田の威を

背負っているという意識が足らんのではないか」

場が少し凍る。

伊勢松坂屋の料理人たちは、気の毒そうに目を伏せた。

だが、師範は静かに言った。

「恐れながら、勝負は勝負でございます」

信長は、ちらりとその師範を見た。

「言うな」

「私どもも、松坂では何度も悔しい思いをしております」

「ほう。伊勢松坂屋は、なぜそこまで場慣れしている」

師範は少し考え、答えた。

「まず、旦那様に飯を出すところから揉まれます」

「博之にか」

「はい。旦那様の朝飯に小鉢を出し、焼印をいただけるかどうか。

そこからすでに競い合いでございます」

信長は目を細めた。

「朝飯で?」

「はい。下の料理番同士で、誰の飯を食べてもらうか、まず揉めます。

小鉢は六つか七つが限界ですので、そこに入れるかどうかが一つの勝負になります」

秀吉が笑った。

「確かに、松阪本店では朝から品評会のようでした」

師範代の一人も続ける。

「それに、焼印を押す方も増えてきております。師範や師範代が、

見習い印、任せ印を見るようになりました。ただ、機会が頻繁にあるわけではございません」

「催しは多いのではないのか」

「松阪の城下でもやります。郊外でもやります。港町でもやります。ただし、

同じ者が連続で出すぎるなと言われております」

「なぜだ」

「地元の料理人を育てるためでございます。私どもばかりが出れば、地元の者が伸びません。

ですので、月に一回、あるいは節目ごとに機会を待ち、その間に腕を磨きます」

信長は、少し黙った。

「なるほどな。出る場が少ないからこそ、出た時に本気になる。

しかも、普段から博之の朝飯で揉まれる」

「はい」

別の師範代が、少し照れながら言った。

「それに、師範代になりますと、料理教室での受けが違います」

信長が反応した。

「その話、詳しく聞かせろ」

師範代は一瞬慌てた。

「え、ええと……町の女衆や若い者に料理を教える場がありまして。師範代の焼印を持っていると、

『この方の飯は催しで認められた』という目で見られます」

「ほう」

「そうすると、話を聞いてもらいやすいのです。塩の振り方、魚の焼き方、酢の立たせ方。

以前なら聞き流されたことも、師範代が言うと少し真剣に聞いてもらえる」

秀吉が笑う。

「松阪では、師範代が料理教室に行くと、女衆に囲まれるという話もありましたな」

師範代は顔を赤くした。

「そ、それは一部でございます」

信長はげらげら笑った。

「面白い。飯の腕が、町での顔になるのか」

「はい。ですので、皆、師範代を取りたがります。腕だけではなく、人に教えられるかも見られます」

信長は、尾張の料理番たちを見た。

「聞いたか」

「はっ」

「お前らも、ただうまい飯を作るだけでは足りん。見られて作れ。人に食わせて評価されろ。

教えられるようになれ。織田の飯を預かるなら、そのぐらいやれ」

尾張の料理番たちは、深く頭を下げた。

信長は、伊勢松坂屋の師範へ向き直った。

「よし。しばらく尾張で野良試合をやれ。津島、熱田、常滑、瀬戸。小さくてよい。

百文でも百五十文でもよい。竹串を持たせ、飯を食わせ、印を押せ」

「承知しました」

「ただし、軽く押すな」

師範は、博之に言われたことを思い出し、深く頷いた。

「はい。印には理由を添えます」

「よい」

信長は満足そうに笑った。

「博之の飯屋、やはり面白いな」

秀吉は、横で静かに思った。

松阪の熱が、尾張へ移り始めている。

飯はただの飯ではない。

評価になり、名誉になり、稽古になり、町の空気になる。

そして今、織田家の料理人たちまで、その渦に巻き込まれようとしていた。