作品タイトル不明
木下秀吉が織田信長に伊勢松坂屋の催しについて説明する。信長笑う。尾張でも小さく料理対決始められるな(笑)
木下秀吉は尾張へ戻ると、すぐに信長へ報告に上がった。
信長は、待っていたと言わんばかりに顔を上げる。
「で、どうやった」
秀吉は深く頭を下げた。
「はっ。信長様の目論見どおり、大膳亮様は松坂へ戻って早々、催し物を開いておられました」
信長は、声を上げて笑った。
「やっぱりそうやろう」
「はい。まさにその通りでございました」
「わしの読みが当たったというより、あいつの考え方がわし並みということやな。
高いところで見とんねん。怪我したから寝込む、ではない。怪我したからこそ、場を作る」
信長は楽しそうに身を乗り出した。
「で、何をやっておった」
「松坂のお城で、松坂のお殿様と共に、城の料理人と伊勢松坂屋の料理人による料理対決を
しておりました」
信長は一瞬黙り、それから腹を抱えて笑った。
「なんだそれは。戻ってしょっぱな、またでかいことをやっとるな」
「はい。話を聞きますと、松阪のお殿様が大膳亮様のお見舞いに行かれた折、
料理人を連れて行かれまして、その場で『料理勝負をしよう』という話になったそうです」
「見舞いに料理人を連れて行く殿様も大概やな」
「しかも、大膳亮様もそれを受けまして」
「そら受けるやろうな」
信長はにやりとした。
「それで?」
「松坂城の庭を使い、町人や下級武士も集め、竹串で飯を評価させる形でした。五部制でございます」
「五部制?」
「はい。一部、二部は見習い印を持つ者たち。三部、四部は師範代を目指す者、あるいは任せ印を
持つ者たち。そこに城の料理人も加わります。最後に、各地の師範代を集めて
師範を決める特別試合でございました」
「値も分けておったか」
「分けておりました。見習いは安く、師範代は高く、師範決めはさらに高く。
それでも客は払っておりました」
「なるほどな」
信長は目を細めた。
「ただの飯売りではない。客に値を払わせ、飯を真剣に食わせ、料理人を育て、町の熱を戻す。
ようできとる」
秀吉は頷いた。
「実際、見事でございました。城の料理人にもかなり刺激があったようです。
伊勢松坂屋の飯は派手で、客に強い。魚、鶏の酢漬け、つみれ汁などはやはり強い。
一方で、城の料理人は細かい仕事が見事で、薄味の汁や根菜の炊き合わせに竹串が
集まっておりました」
「ほう」
「さらに、勝った城の料理人には、伊勢松坂屋の買い付け隊に同行させ、
伊勢や港の飯を見てこいという話まで、その場で決まっておりました」
「はははは!」
信長はまた笑った。
「話が早いな」
「早すぎます。松坂のお殿様と伊勢松坂屋の距離が近い上に、二言三言で決まっていくのです。
城の料理人を商人の買い付け隊に混ぜるなど、普通はもっと揉む話です」
「松坂の殿も凡庸ではないな」
信長は感心したように言った。
「博之のことを買っておるのやろう。あんなむちゃくちゃな男を、ただ危ない者として遠ざけず、
面白がって取り入れておる。しかも、民の飯に効くと見ておる」
「はい。松坂のお殿様は、大膳亮様にかなり信を置いておられるようでした」
「伊勢の領主もそうや。伊勢神宮の時にも世話になったが、あの辺りは特殊やな。
松坂は伊勢松坂屋がいるから特殊。伊勢は伊勢神宮があるから特殊。あの土地は、
ただ力で押すだけでは見誤る」
信長は少し考えるように、指で膝を叩いた。
「仮にうちが伊勢を取ったとしても、ああいう領主は欲しいな。地元の人気も高いやろうし、
民の腹のことを見ておる。戦に強いかは別として、治める目がある」
秀吉は静かに頭を下げた。
信長は、再び秀吉を見た。
「で、それだけ聞いて帰ってきたわけではあるまい」
「はい。大膳亮様から、尾張でも似た催しを小さく始めてはどうか、という話がございました」
「ほう」
「南伊勢や北畠領内では、伊勢松坂屋がかなり根を張っております。ゆえに高い参加費でも
客が集まり、師範代や師範の催しが成り立つ。しかし尾張は、まだそこまで飯の熱がない。
ですので、まずは百文、百五十文ほどの小さな会から始め、竹串で評価する形を試してはどうかと」
「武家屋敷や寺社を使うか」
「まさにその通りでございます。尾張の武家屋敷、奉行所の庭、あるいは寺の境内などで、
料理の野良試合のようなものを行い、集めた銭の一部を寄進へ回す。そうすれば、
資金繰りにもなり、土地の料理人も揉まれ、客も集まる」
信長は、口元を上げた。
「銭勘定もしておるな」
「はい。ただし、大膳亮様は強く言っておられました。飯を兵糧や調略の道具としてだけ
見られるのは嫌だ、と」
「そらそうやろう」
信長はあっさり頷いた。
「あいつは飯屋や。飯を戦の道具にだけされたら腹を立てる。だが、荒れた土地で飯を出し、
人を集め、金を回し、土地に味を染み込ませるという話なら乗れる。そういうことやろう」
「はい。美濃攻略でも、落とした城の近くで炊き出しと飯の催しを組み合わせれば、
土地に馴染む余地があるのではないか、と」
「なるほどな」
信長は、しばらく黙っていた。
「面白い。城を落とすだけでは土地は取れん。人の腹を押さえねばならん。
だが、押さえると言うと博之は嫌がるやろうな」
「はい。『食わせる』ならよいが、『釣る』は嫌がるかと」
「分かっておる」
信長は笑った。
「しかし、秀吉にその話をしてくれるということは、博之は優しいな」
「優しい、でございますか」
「ああ。わしに直接言えば、戦の目で見られると分かっておる。だからお前に噛ませた。
お前の資金繰りも気にしておる。以前、わしが色々言うたことへの返しもあるのやろうが、
あいつはあいつで、こちらを見ておる」
秀吉は、少し感じ入ったように頷いた。
「ありがたいことでございます」
「で、派遣される師範と師範代は来るのやな」
「はい。師範一人と、師範代数人を津島方面へ送るとのことです。尾張の津島、熱田、常滑、瀬戸
あたりで、小さく野良試合を重ね、見習い印、認め印、任せ印を押しながら、尾張の料理人を
育てる考えのようです」
「よし」
信長はすぐに言った。
「来たら城に呼べ」
「城へ、でございますか」
「まずは見たい。あいつらがどういう目で飯を見るのか。どう客を集めるのか。竹串で何を測るのか。
料理人をどう褒め、どう落とすのか。気になる」
秀吉は頭を下げた。
「では、信長様の御前で料理対決を」
「大げさにするな。まずは小さくでよい。こちらの台所方、津島の料理人、熱田の飯屋、
伊勢松坂屋の師範と師範代。数を絞って、実際にやらせる」
「客はどういたしましょう」
「最初は家中の者でよい。下級の者も入れろ。上の舌だけでは分からん。
飯は上だけが食うものではない」
「承知しました」
「それと、銭は取れ」
秀吉が少し驚いて顔を上げた。
「銭を、でございますか」
「安くでよい。百文でも五十文でもよい。払わせることで、食う側が真剣になる。
払わずに食わせると、ただの振る舞いになる」
秀吉は深く頷いた。
「松坂でも、客が真剣に食べておりました。竹串一本をどこへ入れるか、かなり悩んでおりました」
「それが大事や」
信長は楽しそうに言った。
「飯を真剣に食う場を作る。料理人も真剣になる。見ている者も熱を持つ。
なるほど、博之め、また面白いものを作ったな」
秀吉は笑った。
「信長様、大膳亮様を泳がせる価値は、まだまだありそうです」
「泳がせるどころか、たまには餌をやらねばな」
「餌、でございますか」
「褒め言葉と、少しの自由や」
信長はにやりとした。
「縛りすぎると、あいつはつまらなくなる。だが、放っておくと比叡山と喧嘩する」
「すでにしております」
「だから面白い」
信長は立ち上がった。
「師範と師範代が来たら、すぐ知らせろ。尾張での小さな料理勝負、見てみようではないか」
「はっ」
秀吉は深く頭を下げた。
報告は終わった。
だが、信長の中では、すでに次の絵が動き始めていた。
美濃で落とした城。
尾張の港町。
熱田の門前。
津島の商人。
そして、そこに立つ伊勢松坂屋の師範たち。
飯で人を集める。
飯で土地を見る。
飯で空気を変える。
戦の外にあるようで、確かに戦の後を支える力。
信長は、ふっと笑った。
「博之よ。お前は本当に、面白い飯屋やな」