作品タイトル不明
帳簿を締めた後に松坂の城主との飯の交流試合の大枠を詰める。前半見習い部門、中盤師範代部門最後に師範の部。
帳簿を締めたあと、博之は麦茶を飲みながら、また地図ではなく催しの紙を広げた。
「とりあえず、松阪のお殿様との試合や。ざっくり概要だけ考えよう」
ヨイチが筆を持つ。
「また急に始まりましたね」
「急にやらんと熱が逃げる。大津の件でみんな変に沈んだり、逆に燃えたりしとる。
こういう時は、飯の催しで空気を整えた方がええ」
お花は少し呆れながらも頷いた。
「確かに、変な戦う気持ちよりは、料理で競わせる方が健全です」
「そういうことや」
博之は紙に大きく線を引いた。
「まず、いつもの師範代催しは、基本そのままや。出場する料理番から参加費五百文。
客からは二百五十文。竹串五本。これは前回と同じ」
「竹串一本五十文換算ですね」
「うん。ここは変えん。問題は見習いや」
「お城の見習いと、こちらの見習い印の者ですね」
「そうや。さすがに同じ値段では重い。見習いの飯を食うのに二百五十文は、客も構えるやろ」
博之は少し考えてから言った。
「客は百五十文にしよう。竹串五本。つまり竹串一本三十文や」
「見習い戦は、竹串一本三十文」
「そう。見習いの出場費は三百文。安すぎても遊びになるし、高すぎても出られへん。
三百文なら、気合いも入るやろ」
ヨイチが書く。
「第一部、第二部は見習い戦。客百五十文、竹串五本、出場費三百文」
「そうや。第一陣、第二陣で二回やる。城の見習い、うちの見習い、入り混じってやな」
「同じ品目で競わせますか」
「そこは少し混ぜる。汁物、焼き飯、小鉢、揚げ物。見習いは品目を広げすぎると壊れるから、
ある程度こちらで決めた方がええ」
お花が言う。
「見習いは勝ち負けより、客の前で飯を出す経験が大事ですね」
「そうや。客の反応を見て、竹串が入る重みを知る。それだけでかなり変わる」
博之は次の線を引いた。
「第三部、第四部は師範代戦や。ここは前回通り、客二百五十文、竹串五本。出場費五百文」
「お城の料理人もここへ入りますか」
「そうやな。お城側の中堅から上、うちの師範代、認め印上位。ここでぶつける」
「城の料理人が勝ち上がった場合は?」
「今回は師範代相当までや。次回から、うちの師範試験に入れる道を作る。いきなり師範にはしない」
ヨイチが頷く。
「つまり、今回は城側の料理人は師範代戦まで。そこで結果を出した者は、
次回以降の師範候補に加える」
「そういうことや」
博之は、最後の第五部に丸をつけた。
「第五部が師範決めや」
場の空気が少し締まった。
「これは、うちの近隣師範代の中から出す。松阪本店、港、郊外、白子、鳥羽、津あたりまでやな。ここで、師範に上げてもええかを見る」
「参加費はどうしますか」
「出場費は千文」
ヨイチが書きかけて止まる。
「客の参加費は?」
「そこが迷うんや。五百文は高すぎる。師範代との差を出すなら三百文でもええけど、
師範候補の飯が食えるとなると、たぶん一番売れるのはここや」
「確かに、師範代の中でも選ばれた者の飯ですから」
「四百文にしよう」
博之は決めた。
「第五部、師範決め。客四百文、竹串五本。竹串一本八十文換算や。出場費千文」
お花が眉を上げる。
「かなり高いですね」
「高い。でも、師範の飯や。これぐらいの格はいる。逆に言うと、ここに出る者は、
その値段を背負う覚悟がいる」
ヨイチは全体を読み上げた。
「五部制。第一部、第二部、見習い戦。客百五十文、竹串五本、出場費三百文。
第三部、第四部、師範代戦。客二百五十文、竹串五本、出場費五百文。
第五部、師範決め。客四百文、竹串五本、出場費千文」
「それでいこう」
「日程は?」
「三日後」
お花が即座に言った。
「また無茶ぶりですか」
「熱があるうちにやった方がええ。お殿様も乗り気や。街も、大旦那が帰ってきた空気がある。
ここで催しを出せば、みんな前を向ける」
「準備する側は大変です」
「分かってる。だから、細かい段取りは任せる」
「それが一番大変なんです」
ヨイチが静かに言うと、博之は少し目をそらした。
「あと、わしは郊外のお和尚さんにも話に行く。大津の件の顛末も伝えたいし、
今回の催しのことも相談したい」
「また外へ出るんですか」
お花の声が低くなる。
「近場や。首に刃当てられに行くわけちゃう」
「そういう言い方をやめてください」
「はい」
それでも、話は進んだ。
すぐに御触れが出された。
松阪城庭にて、料理催し会を行う。 城の料理人と伊勢松坂屋の料理番による他流試合。
第一部・第二部、見習い戦。
第三部・第四部、師範代戦。
第五部、師範決め。
竹串にて客が飯を選ぶ。
売上は松阪のお殿様へ寄進。
御触れが出ると、松阪の町は一気にざわめいた。
「城の料理人と伊勢松坂屋が勝負するらしいぞ」
「大旦那が帰ってきたと思ったら、もう催しか」
「やっぱりおらんとな、町の活気が違うわ」
「比叡山と揉めて帰ってきた大旦那が、次は飯で勝負やってよ」
「首は大丈夫なんか」
「大丈夫やからやるんやろ」
「いや、あの大旦那なら大丈夫じゃなくてもやるやろ」
そんな声が、あちこちで飛んだ。
料理番たちも、見習いも、師範代も、急に顔つきが変わった。
城の料理人と戦える。
客の前で腕を見せられる。
師範へ上がる道がある。
大津の騒動で沈みかけていた空気が、飯の熱に変わっていく。
博之はその様子を聞いて、少し笑った。
「やっぱり、催しは効くな」
お花は呆れたように言った。
「旦那様が帰ってきた会みたいになっていますね」
「そんなつもりはないんやけどな」
「街の人からしたら、そう見えます。大旦那が帰ってきた。なら、飯の催しが始まる。
そういう空気です」
ヨイチが帳面を閉じる。
「三日後です。準備はかなり詰めます」
「頼む」
「旦那様は無茶をしない」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
博之は少しだけ真面目な顔になった。
「大津で飯を踏まれた。だから、松阪では飯で立て直す」
お花も、ヨイチも、少し黙った。
「戦うなら、飯でやる。育てるなら、飯で育てる。街を元気にするなら、飯を出す。
それがうちらしいやろ」
ヨイチは頷いた。
「はい。伊勢松坂屋らしいです」
こうして、松阪城の庭で行う料理他流試合の骨組みは決まった。
五部制。
見習いから師範まで。
城の料理人と伊勢松坂屋の料理番。
竹串で選ぶ客。
売上は寄進。
そして何より、博之が生きて帰った松坂で、飯の熱がもう一度立ち上がろうとしていた。