軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

松坂の城主との料理勝負の話の後、比叡山対策と、伊勢松坂屋の統括や師範をどんどん作る必要性について語る

松阪のお殿様との話は、城の庭を使った料理催しの件でひとまずまとまりかけていた。

見習いと城の下働き。

認め印持ちと若手料理人。

師範代と城の料理人。

最後は近隣の師範代を集めて、師範を決める。

博之としても、師範を育てる必要は分かっていた。自分がいなくても回る伊勢松坂屋を作る。

そのためには、料理人の腕だけでなく、考え方そのものを広げる必要がある。

だが、お殿様はそこで湯呑みを置いた。

「飯の話は、まあこれぐらいでええやろ」

「え、まだあるんですか」

「当たり前や。比叡山とのやり取りや」

座敷の空気が少し変わった。

お殿様は地図を見ながら言った。

「どこで落としどころをつけるかやけどな。北畠は、今回はあんまり関係ない」

「そうですね。今回は京都、近江寄りですから」

「三好と六角が味方につくとなると、比叡山としては、手札は浅井と朝倉くらいやな」

博之は思わず笑った。

「それ、昨日うちでも話しました」

「お前、相変わらずよう見えてるな」

「見えてるというか、並べるとそうなるかなと」

「その“並べるとそうなる”を、下に落としていかなあかんぞ」

お殿様は真面目な顔で言った。

「古参でもええ。ヨイチでもええ。お花でもええ。信長公にも似たようなことを言われたんやろ。

統括や。飯だけやない。周りの流れを読める統括筋を作らなあかん」

博之は少し黙った。

「料理人を育てるだけでは足らん、ということですね」

「そうや。師範は飯を見る。けど、飯場をどこに置くか、市をどこで開くか、どこの顔を立てるか、

どこと揉めたら引くか。そういうものを見る者がいる。お前が全部見てたら、

お前が倒れた瞬間に詰む」

「耳が痛いです」

「痛いぐらいでちょうどええ」

お殿様は、もう一度地図へ視線を落とした。

「話を戻すぞ。六角と三好がつくなら、比叡山は浅井、朝倉を見る。落としどころは、

おそらく伊勢松坂屋の店を荒らさない、人を狙わない、飯場を荒らさない。そこは最低線やろう」

「はい」

「堅田に市を出すのは、まあ向こうとしても嫌やろうけど、そこは飲ませたいところやな。

大津、草津、堅田で飯と市をやる。これは六角の顔も立つ」

「坂本は?」

「比叡山坂本は諦めとけ」

お殿様は即答した。

「あそこは向こうの庭や。そこに突っ込むのは、今はやめとけ。こっちから喧嘩を売ってるように

見える」

「全く同じこと言うてますよ」

「見えすぎやねん、お前」

「いや、お殿様も同じこと言うてますやん」

「わしは殿様やからええんや」

「ずるいですね」

お殿様はげらげら笑った。

「で、もう一つの落としどころや。浅井の領地で飯場や市を出す許可。これはありえる」

「私としては、朝倉も入ると思ってます」

「朝倉か」

「はい。具体的には敦賀です」

博之は、地図の北を指した。

「敦賀の港で市ができれば強いです。海鮮焼きまでできるかは分かりませんけど、

日本海の魚が入る。少なくとも魚のすり身揚げはできます。あら汁もできます。

海が見えるという意味では、うちとしてはかなり大きい」

「お前、どこまで行っても飯やな」

「飯屋ですから」

「まあ、敦賀は分かる。朝倉全部は無理でも、敦賀ぐらいは話に出るかもしれんな。

鯖街道もある。京へ魚を運ぶ道でもある」

「そうなんです。だから、比叡山との手打ちの中で、浅井領内、できれば敦賀筋に

飯場や市の許可が出るなら、こっちとしてはかなり得です」

「見えてるところは、わしと似たり寄ったりやな」

お殿様は少し満足そうに頷いた。

「ただし、噂が噂を呼ぶぞ」

「もう呼んでます」

「もっと呼ぶ。伊勢の城主はたぶん呼ぶやろう。九鬼水軍は直接関係ないかもしれんが、

海の話になれば首を突っ込んでくるかもしれん。信長公も、話が面白そうやからと

声をかけてくる可能性がある」

「勘弁してほしいです」

「無理やろな」

「三好の偉いさんもですかね」

「ある。三好方に五百万文を流すんや。しかも京都郊外の寺を通して話が行く。向こうの誰かが、

直接話を聞きたいと言うてもおかしくない」

博之は首筋の布に手をやった。

「また出向くんですか」

「出向くか、呼ばれるかは分からん。けど、命を狙われる危険は考えろ」

「そこまで行きますか」

「行く可能性はある。ただし、ここは北畠の領内や」

城主の顔が少し真面目になった。

「お前はうちの領内にいる。伊勢松坂屋がどれだけでかくなろうと、松阪に本店がある限り、

お前を守る義務はこちらにもある。そこは、ある程度頼ってくれていい」

博之は少し頭を下げた。

「ありがとうございます」

「ただし、無茶はするな」

「それ、みんなに言われます」

「言われるだけのことをしたからや」

お花が横で強く頷いた。

「本当にそうです」

「味方がいない」

「いません」

座敷に笑いが起きた。

城主は、さらに声を落とした。

「しかし、比叡山も散々無茶苦茶してきて、飯屋に立てつかれて、まあ気の毒やな」

そう言って、げらげら笑った。

博之は苦笑した。

「全然笑い事じゃないんですけどね」

「そらお前は当事者やからな」

「飯踏まれて、首切られかけてますから」

「それでも生きて帰ってきたんやから、笑えるうちに笑っとけ」

お殿様は湯呑みを持ち直し、少し苦々しい顔をした。

「ただな、比叡山については、こちらも思うところはある。都でも無茶をする。

神輿を担いで押しかける。商いでも、悪どい儲け方をする連中がおると聞く。

もちろん全員がそうとは言わんがな」

「はい」

「女を山に入れるだの、肉を食らうだの、いろいろ噂もある。どこまで本当かは知らん。

だが、少なくとも印象はよくない」

お殿様は、窓の外へ目を向けた。

「伊勢の寺や、伊勢神宮の筋と比べると、どうにも荒い。わしとしても、

一泡吹かせてやれという気持ちはある」

「お殿様」

「ただし、無理せん範囲でや」

城主はすぐに釘を刺した。

「比叡山を潰せなどとは言わん。そんなことをしたら火の粉が大きすぎる。お前は飯屋や。

飯屋らしくやれ」

「飯と銭で、ですね」

「そうや。飯場を荒らすな、人を狙うな、六角や三好の筋で商いをさせろ。

浅井や敦賀まで道が開くなら、なおよし。そんなところやろう」

「はい」

「で、もう一つ」

「まだありますか」

「お前、自分だけで考えるな」

博之は黙った。

「今みたいな話を、古参にも、ヨイチにも、お花にも、少しずつ分かる形で落とせ。

全部分からんでもええ。だが、比叡山が浅井を使うかもしれん、朝倉が絡むかもしれん、

敦賀は飯屋として価値がある。そういう見立てを共有しろ」

「統括筋ですね」

「そうや。お前の代わりを作るんやなくて、お前の目を分けるんや」

博之は、静かに頷いた。

「分かりました」

「ほんまか」

「ほんまです」

「なら、まずは生きろ」

「そこに戻りますか」

「戻る。何度でも戻る」

城主は笑った。

「師範も作れ。統括も作れ。軽口を叩けるやつも二十人育てろ。そこまでやってから、

ようやくお前は少し楽してええ」

「今でも結構ゴロゴロしてますけど」

「そのゴロゴロの裏で国が動くから怖いんや」

お花が小さく笑った。

「本当にそうです」

博之は肩をすくめた。

飯の話から始まった見舞いは、結局、比叡山、浅井、朝倉、敦賀、三好、六角、

統括育成の話にまで広がった。

お殿様は最後に立ち上がり、博之へ言った。

「一泡吹かせるなら、きれいに吹かせろ。飯屋らしくな」

「はい」

「そして、死ぬな」

「はい」

その日、博之は改めて思った。

比叡山との揉め事は、ただの喧嘩では終わらない。

これは、伊勢松坂屋が飯屋としてどこまで広がれるか、そして自分なしでも考えられる者を

どれだけ育てられるか、その試験でもあるのだと。