軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

比叡山の使者が帰ったのち、博之達は対策をたてる。もし何らかの処置がきたら六角と三好に500万文ずつ投げる。飯屋に喧嘩を売ったことを後悔させてやるwww

比叡山の使いが去ったあと、京都郊外の寺の座敷は、しばらく重い空気に包まれていた。

お花も、ヨイチも、寺の住職も、先ほどの物々しい僧兵の姿を思い返していた。

あれはただの挨拶ではない。明らかに脅しを含んでいた。

博之はしばらく黙っていたが、やがてゆっくり口を開いた。

「延暦寺……比叡山の勢力って、京都まで殴り込みに来ることがあるって聞いたことあります」

住職は険しい顔で頷いた。

「ございます。何か事があれば、僧兵を集め、神輿を担ぎ、都へ押し寄せる。公家も武家も、

手を焼いております」

「やっぱりそうですか」

「ただ、まったく放置されているわけではありません。あまりに周辺を荒らし、火を放ち、

人を脅せば、治安の乱れになります。三好方も六角方も、必要とあらば兵を出して押し返します」

「なるほど」

博之は地図を広げた。

京都郊外。

大津。

堅田。

草津。

比叡山。

指で順に押さえていく。

「今、仏罰とやらが落ちる可能性があるのは、京都郊外と大津やと思っています。

少し広めに見たら草津」

お花が不安げに聞いた。

「そこまで来ますか」

「来る可能性はある」

博之は淡々と言った。

「だから最悪、拠点は放棄してもええ」

お花が息を呑んだ。

「旦那様、そこまで大事になるんですか」

「なる可能性がある。もちろん、ならんかもしれん。向こうも脅してるだけかもしれん。

でも、うちは最悪を見て動く」

ヨイチが静かに聞いた。

「人命優先、ということですね」

「そうや。人が生きていれば、やり直せる。店が焼けても、また建てられる。荷を取られても、

また買える。うちの銭具合を見誤ってもらったら困る」

博之は少しだけ笑った。

「うちは、あかんくても何度でもやり直す」

住職は、博之の顔をじっと見た。

「大旦那、何をなさるつもりです」

「うちが屈せへんということを、知らせなあかん」

「武力で、ですか」

「違います」

博之は首を振った。

「銭と飯でやります」

お花とヨイチが、同時に博之を見る。

博之は、地図の大津と京都のあたりを指した。

「もし、比叡山筋が本当に“仏罰”として、うちの拠点を荒らしたり、荷を止めたり、

人を脅したりしたら、六角と三好に五百万文ずつ渡す」

座敷が静まり返った。

お花が思わず声を上げる。

「五百万文ずつ、ですか」

「合わせて一千万文や」

ヨイチが眉をわずかに動かした。

「それは、かなり大きいです」

「大きいから意味がある」

博之は、静かに続けた。

「兵を出してくれ、比叡山を攻めてくれ、とは言わん。そんなことを言えば、

うちは武家の争いに突っ込むことになる」

「では、何を求めるのですか」

「自分たちの領内で、僧兵が暴れたり、荷を奪ったり、民を脅したりしたら、

取り締まってください。それだけや」

ヨイチは頷いた。

「治安維持への協力金、という形ですね」

「そう。うちはどこの家につくわけやない。三好にも六角にも、同じ額を出す。

どちらかに肩入れしたと見られんようにな」

お花は不安げに言った。

「それにしても、払いすぎではありませんか」

「払いすぎるぐらいが縁や」

博之は、そこで少し悪い顔をした。

「たぶん、延暦寺はうちから一千万文を取れると思って絡んできてる」

「はい」

「その一千万文を、うちが延暦寺に払わず、三好と六角にまく」

ヨイチが、わずかに口元を動かした。

「それは、相手からすれば腹が立つでしょうね」

「腹立つやろなあ」

博之はにやりと笑った。

「俺を脅して取れると思った銭が、自分たちを取り締まる側に流れるんやからな」

お花が小さく言った。

「旦那様、顔が悪いです」

「今は悪くてええ」

博之は、さらに地図の堅田を指した。

「それと、堅田にも飯と市を出す」

「堅田ですか」

「湖の要所や。大津、堅田、京都郊外。ここを押さえる。比叡山を殴るんやない。囲うんや」

住職が目を細めた。

「飯と市で、ですか」

「そうです」

博之は続けた。

「比叡山の圧に苦しんでる者がいるなら、逃げてきてもらう。難民を受け入れる。

仕事を渡す。飯を出す。布団を出す。あかんかったら拠点放棄して引きなはれ、と言う」

お花は、少し顔をこわばらせた。

「それは、比叡山から見れば、人を抜かれているように見えるのでは」

「そう見えるやろな」

「危険です」

「危険や。けど、脅されて黙って銭を出すより、まだ筋がある」

ヨイチが帳面を開く。

「対応案を整理します。京都郊外、大津、草津は警戒。堅田にも飯と市の可能性。比叡山筋から

圧迫を受ける者の受け入れ。仕事の斡旋。布団・古布の支給。三好・六角へ治安維持協力金、

各五百万文。ただし、発動条件は実害発生時」

「それでええ」

住職が静かに尋ねた。

「悪行を広める、というお考えもありますか」

「あります」

博之は即答した。

「ただ、噂を撒くだけではあかん。こちらが先に悪口を言いふらした形になると、こっちが悪く見える」

「では」

「京都郊外の寺社には、きちんと寄進を続ける。炊き出しをする。小さな市を開く。

そこへ来た人に、自然に話が広がるようにする」

ヨイチが頷く。

「つまり、事実を記録して、必要な時に見せる」

「そうや。延暦寺筋からこういう要求がありました。こちらは炊き出しから始めたいと答えました。

もし荷が襲われたら、いつ、どこで、誰が、何をしたか記録する」

「噂ではなく記録」

「そう」

博之は、少し声を低くした。

「うちは根なし草からここまで来た。元々失うものなんか大してなかった。

ボロ小屋で飯炊いて、子どもらに食わせて、そこから始めたんや」

お花が静かに聞いていた。

「だから、店を一つ焼かれたぐらいで終わると思ってもらったら困る。

荷を取ったら終わると思ってもらったら困る。銭を脅し取れば黙ると思ってもらったら困る」

博之は、地図の上に手を置いた。

「金に無頓着なやつが一番怖いということを、思い知らせてやろう」

ヨイチがわずかに笑った。

「銭を粗末にするわけではなく、使うべきところで使うということですね」

「そうや。銭は溜めるためだけにあるんやない。道を作る。人を守る。飯を出す。敵を困らせる。

味方を増やす。そのためにある」

お花が、少し心配そうに言った。

「旦那様、どんどん顔が悪くなっています」

「失うものがないやつの怖さを、ほんまに思い知らせてやろうな」

博之がヨイチを見る。

ヨイチは、珍しくにやりとした。

「ええ。銭と飯で」

お花が二人を見て、さらに不安そうになった。

「ヨイチまで悪い顔になっています」

「必要な顔です」

ヨイチは淡々と言った。

「ただし、感情で動いてはいけません。発動条件を明確にします」

「それは頼む」

ヨイチは帳面に書き始めた。

一、延暦寺筋からの要求はすべて記録する。

二、直接の銭は出さない。炊き出し一回からの関係作りを原則とする。

三、京都郊外・大津・草津の拠点は、実害が出た場合、即時撤退も可。人命優先。

四、荷の護衛、見張り、連絡役を増やす。

五、実害が出た場合、三好・六角へ各五百万文を治安維持協力金として出す。

要求は「領内の乱暴狼藉を取り締まること」のみ。

六、堅田に飯と市の拠点を検討。湖上と陸路の逃げ道を作る。

七、比叡山の圧に苦しむ者の受け入れ、仕事、飯、布団を用意。

八、噂ではなく、事実の記録を京都郊外の寺社と共有する。

書き終えたヨイチは、筆を置いた。

「これで、まずは防御と布石です」

「布石か」

「はい。喧嘩ではありません。こちらは飯屋です」

住職が深く頷いた。

「大旦那、これは危うい道です。しかし、無理な寄進に屈しないためには、必要な備えでもあります」

「ありがとうございます」

「ただし、山科様には必ずお伝えください」

「はい」

「そして、三好方や六角方へ金を出す話は、まだ内々に。実害がないうちに出せば、

逆に話が大きくなります」

「分かっています」

お花は、まだ心配そうだった。

「旦那様、本当に拠点を捨てる覚悟があるんですか」

「ある」

博之は即答した。

「店はまた作れる。器はまた買える。布団もまた仕入れる。けど、人が死んだら戻らん」

その言葉に、お花は黙った。

「だから、もし危ないと思ったら、すぐ逃げろ。荷を守ろうとするな。銭を守ろうとするな。人を守れ」

ヨイチが頷いた。

「その命令は、各拠点へ文で出します」

「頼む」

座敷の空気は重かった。

だが、最初の混乱は薄れていた。

方針が決まったからだ。

延暦寺と真正面から戦うわけではない。

だが、脅しに屈して銭を差し出すわけでもない。

飯を出し、銭を撒き、味方を増やし、人を逃がす道を作る。

博之は、地図を見ながら小さく笑った。

「喧嘩売る相手を間違えたな」

お花がため息をついた。

「旦那様、本当に顔が悪いです」

ヨイチが言う。

「ですが、飯屋らしい戦い方です」

「戦いたくないけどな」

「戦わずに済ませるための備えです」

「そうやな」

博之はようやく背を伸ばした。

「よし。今日の炊き出しは予定通りやる。怖がって止めたら、向こうの思うつぼや」

「護衛は増やします」

「うん。あと、笑顔で飯を出す」

「それが一番難しいかもしれません」

「飯屋やからな」

住職が静かに手を合わせた。

「どうか、無事に進みますように」

博之も頭を下げた。

「仏罰が来るなら、まずは見てから考えます」

お花が小さく言った。

「そんな言い方をするから心配なんです」

博之は少し笑った。

「でも、怯えて銭を出すよりは、ずっとましや」

京都郊外の寺で、伊勢松坂屋は最初の大きな線引きをした。

銭は出す。

飯も出す。

けれど、脅しには出さない。

もし仏罰が来るなら、銭と飯で受けて立つ。

それが、博之という飯屋の旦那の答えだった。