軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

朝廷で一通り挨拶を終えると京都の市街地の端の店を視察。細いが根を張り出している。

一通りの挨拶が終わると、博之はようやく肩の力を抜いた。

山科言継との会談。朝廷への礼。寄進の筋。どれも大事ではあったが、

普段の博之には慣れないことばかりだった。

「もう、今日は十分やろ」

博之が言うと、ヨイチがすぐ返した。

「まだ京都の拠点確認があります」

「やっぱりあるんか」

「あります」

お花も頷いた。

「せっかく京都まで来たのですから、店を見ないわけにはいきません」

「まあ、それはそうやな」

京都の店は、都の中心ではなく、やや端の方に細々と数軒ある。大きな横丁というほどではない。

寺社や町人、旅人が通る筋に、小さく飯を出す場所を作っている程度だった。

博之も話には聞いていたが、実際に見るのは初めてである。

店へ近づくと、思っていたより人は入っていた。

派手ではない。

だが、途切れてもいない。

椀をすすっている僧。

握り飯を買う職人。

女衆が忙しそうに動き、若い料理番が鍋を見ている。

「まあまあ、人来てるな」

博之が言うと、京都のまとめ役が慌てて頭を下げた。

「大旦那様、遠いところをようお越しくださいました」

その声を聞いて、店の者たちも一斉に背筋を伸ばす。

伊勢から大旦那が来た。

しかも官途を持ち、朝廷への挨拶を済ませたばかりだという話は、すでに届いていたのだろう。

料理番も女衆も、緊張で動きが少し固くなっている。

博之は手を振った。

「気にせんでええよ。今日は見に来ただけや。挨拶もひと通り終わったから、

あとは方々に顔出しながら、炊き出しでもして帰ろうかなってところや」

「帰られるのですか」

「すぐではないけどな。京都の様子も見るし、寺社にも挨拶する。機会があれば奈良ぐらいまでは

行くかもしれん。堺までは、ちょっとよう出ん」

ヨイチが横から言う。

「荷と人の都合があります。無理に南へ伸ばす段階ではありません」

「そうそう。今は京都まで来ただけで十分大仕事や」

博之は店の中を見回した。

出されている飯は、松坂本店とは少し違っていた。

豚汁や握り飯の基本はある。

だが、京の寺社や町人に合わせて、味はやや軽い。

小鉢も、酢の物や炊き合わせに近いものがある。

「他の老舗さんとかぶらん飯を中心にしてるんやな」

京都のまとめ役は頷いた。

「はい。都には都の飯屋が多くございます。こちらが松坂と同じ勢いで濃い飯を出しても、

最初は珍しがられても長くは続かぬと思いまして」

「なるほどな。薄味というか、上品寄りやな」

「はい。ただ、腹にたまる飯も必要なので、握り飯や汁は残しております」

「ええと思う」

料理番たちの顔が少し明るくなる。

博之は一つ小鉢を取って食べた。

「これは、ええな。京向けや。酢が強すぎんし、飯の邪魔もしない」

「ありがとうございます」

「ただ、旅人向けにはちょっと弱いかもな。別で濃いめの汁も置いといた方がええ」

ヨイチがすぐ帳面に書く。

「京都店、町人・寺社向け薄味は良。旅人向けに濃い汁を追加検討」

京都のまとめ役は少し困った顔で言った。

「ただ、材料がどうしても限られます」

「小豆と砂糖か」

「はい。大旦那様も気にされておられましたが、小豆や砂糖は、関係がかなり固くて、

簡単には入りません」

「やっぱりか」

「寺社、公家、商人、古くからの筋がございます。こちらが銭を出せばすぐ手に入る、

というものではありません」

博之は腕を組んだ。

「砂糖と小豆があればなあ」

「また何か考えておられたのですか」

「あるねん。回転焼きの鉄板、あるやろ。あれで、甘い餡を入れた丸い焼き菓子みたいなんを作れると

思っててな」

「甘い餡ですか」

「そう。小麦の生地に、甘い小豆を入れて焼く。熱々で食う。寒い時なんか絶対うまい」

お花が少し呆れながらも笑った。

「砂糖と小豆があれば菓子ができるな、ってずっと思ってたんや」

京都の料理番たちは、興味深そうに聞いていた。

「それは、都でも売れそうですね」

「売れると思う。けど、材料がなあ」

「小豆はまだしも、砂糖は厳しいです」

「分かってる。無理に取りに行くつもりはない。けど、手に入りそうな筋があったら教えてくれ」

「承知しました」

ヨイチが書く。

「京都、小豆・砂糖の流通筋は堅い。無理に買わず、情報収集。甘味鉄板菓子は保留」

博之はさらに店を見た。

「でも、京都店は京都店でちゃんと考えてるな」

「ありがとうございます」

「松坂の真似だけしてないのがええ。京には京の客がおる。寺社向け、町人向け、旅人向け。

そこを分けようとしてるのは分かる」

まとめ役は、少し安心したようだった。

「大旦那様にそう言っていただけると、助かります」

「ただし、遠慮しすぎてもあかんぞ」

「遠慮、ですか」

「うちは伊勢松坂屋や。京の店に合わせすぎて、ただの薄味飯屋になったら意味がない。

伊勢の物、木綿、瀬戸物、味噌、魚、うなぎ、そういううちの強みも少しずつ見せなあかん」

お花が頷く。

「京に溶け込むことと、伊勢松坂屋らしさを失わないこと。両方ですね」

「そうや」

博之は汁を飲み干した。

「この店は、まだ細い。けど、悪くない。都の端で、ちゃんと根を張り始めてる」

店の者たちは、静かに頭を下げた。

その様子を見ながら、博之はふと思った。

松阪本店の熱。

白子の港飯。

港の荒っぽさ。

草津の街道飯。

そして京都の端の、控えめで整った飯。

同じ伊勢松坂屋でも、土地によって飯の顔が変わる。

それでいいのだと思った。

「よし」

博之は立ち上がった。

「今日は無理に焼印は押さん。けど、京都店は京都店の味を育ててくれ。小豆と砂糖は、

焦らず探す。甘味は、いつかやる」

料理番の一人が、ぽつりと言った。

「大旦那様、いつか本当に京で甘い焼き菓子を出せますかね」

「出せる」

博之は笑った。

「銭と道と人が揃えば、飯はだいたい形になる」

ヨイチが横で静かに言う。

「ただし、また仕事が増えます」

「それは言わんでええ」

店の中に、少し笑いが広がった。

京都の端の小さな店。

まだ細々としている。

けれど、そこには確かに伊勢松坂屋の根があった。

博之は、都の空気を感じながら、次にどこへ顔を出すべきかを考え始めていた。