軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

朝早くに松坂を出て港→白子→関→草津まで強行軍。道中、催し会に関してヨイチに紙に書かせて通過する

朝早く松坂本店を出たおかげで、荷車の列は思ったより順調に進んだ。

松坂の港で荷の一部を確認し、船便に回すものと陸路で持つものを改めて分ける。

そこで余計な長話をすると、また牡蠣だの港飯だの新しい話が増えかねない。

博之は、港の者に声をかけられても、今日は少しだけ手を振るに留めた。

「今日は急ぐ。京都行きの道中やからな」

「旦那様が急ぐなんて珍しいですね」

お花が言うと、博之は荷車の後ろで少し背筋を伸ばした。

「わしも、やる時はやる」

「荷車に座りながら言われても、あまり締まりません」

「そこは言わんでええ」

松坂から白子までは、思いのほかすんなり進んだ。

白子のあたりで昼飯にしてもよかった。港飯も気になる。つみれ汁も見たい。

前に任せ印を出した者がどうしているかも知りたい。

だが、博之は少し迷ってから言った。

「いや、もうちょっと進んどきたいな」

ヨイチが顔を上げた。

「白子では休みませんか」

「飯は食いたいけど、ここで腰据えたら、また話が広がるやろ」

「広がりますね」

「今は京都に向かわなあかん。白子には手紙だけ残す」

白子の拠点に短く立ち寄ると、料理番やまとめ役たちが集まってきた。

「旦那様、催し会の件、手紙をいただきました」

「おう。どうや、やったか?」

まとめ役は少し気まずそうに笑った。

「実は、まだでして」

「ほうか」

博之は責めなかった。

「松阪では二回やった。本店と港やな。やって分かったことは多い。けど、最初は怖いわな」

「はい。前売り札、竹串、品目分け、客の入替、どこまで準備したものかと」

「そらそうや」

博之はヨイチの方を見た。

「ヨイチ、さらさらっと概要を書いてくれ。白子向けに」

「承知しました」

ヨイチは荷の上に板を置き、筆を取った。

前売り札制。

一刻ごとの入替。

一刻につき料理人十人。

客は三十人を目安。

客は二百五十文で竹串五本。

五品を食べ、品目別の箱に竹串を入れる。

港飯の濃い味と、城下町向けの薄味は分けて見る。

竹串の数だけで師範代を決めない。

品目の役割、客層、原価、説明力、人に教えられるかも見る。

不正や身内贔屓は禁止。

師範代は偉くなる印ではなく、人に見られ、人に教える印。

ヨイチは迷いなく書いていく。

白子の者たちは、その筆の早さに少し驚いていた。

「これを一枚物にして、料理場に貼っとけ」

博之は言った。

「ほんまは任せ印や見習い印の見直しもしたい。けど、今回は急ぐ。関ぐらいまでは行って、

そこで少しゆっくりしたいんや」

「京都へ向かわれるんですよね」

「うん。朝廷に挨拶と寄進や。道中で荷も下ろすし、施しもする。全部見て回りたいけど、

全部に腰据えてたら京都に着かへん」

白子のまとめ役は、少し不安そうに言った。

「旦那様なしで、催しを回せますでしょうか」

「回してみてくれ」

博之は少しだけ真面目な顔になった。

「わしがおらな回らん仕組みでは困る。松坂本店でも、わしなしでやれと言ってきた。失敗してもええ。隠すな。揉めたら記録しろ。竹串が偏ったら、それも記録しろ。うまくいった飯、

全然刺さらんかった飯、全部書け」

お花も言った。

「特に白子は港飯が強いです。濃い味ばかりに寄りすぎないよう、城下町向けや女衆向けの

軽い飯も少し残してください」

「はい」

ヨイチが書き終えた紙を渡した。

「この通りに一度やってください。人数は無理に増やさないこと。初回は小さく」

博之がぼそりと言う。

「小さく言うても、わしらの小さくは大きくなりがちやからな」

「旦那様だけです」

「そうか?」

「そうです」

白子の者たちは、紙を受け取り、少し不安そうに、それでも目を輝かせていた。

「頑張ります」

「うん。わしらが動かんでも、動けるように。頼むで」

博之は荷車に戻った。

見送る白子の者たちの顔には、期待と不安が混じっている。

お花が小さく言った。

「皆、不安そうでしたね」

「そら不安やろ。旦那様が来て、飯食って、焼印押して、あれこれ決める方が楽や。

でもそれでは育たん」

ヨイチが頷く。

「任せることでしか、見えないものがあります」

「そうやな」

一行は白子を後にし、関へ向かった。

道中、博之はあまり口数が多くなかった。

荷車の音、馬の息、道の砂埃。

京都へ向かうという実感が、少しずつ強くなってくる。

関に着く頃には、昼を少し過ぎていた。

ここでは、ようやく軽く飯を取ることにした。

焼きおにぎり、汁、少しの漬物、干物。

博之は椀を受け取って、ほっと息をついた。

「こういうのでええねん」

お花が笑う。

「牡蠣雑炊ではなく?」

「あれはあれでうまいけど、道中は軽いのがええ」

夜市は飯を食べながらも、帳面を開いていた。

「関にも、白子へ渡したものの写しを残しますか」

「残してくれ。ここもいずれ催しやるやろ。街道飯の品目でな」

「焼きおにぎり、肉あん、汁物、旅人弁当あたりですね」

「うん。港飯とは違う。街道には街道の飯がある」

関のまとめ役にも、簡単に話をした。

「白子にも言うたけど、催し会は各地で一回やってみてくれ。失敗してもええから、

記録だけは残す。飯の腕を育てるのも大事やけど、運用できるかも見たい」

「承知しました」

「わしら、しばらく松坂を空ける。京都へ行く。だからこそ、各地で回せるようになってほしい」

関の者たちは、白子より少し落ち着いていたが、それでも緊張は隠せなかった。

「旦那様がおられない間に、ですか」

「そうや。おらん間にやるから意味がある」

博之は、焼きおにぎりを一口食べて言った。

「焦げてもええ。揉めてもええ。だけど隠すな。次に直せばええ」

昼飯を終えると、一行は長く休まずに出た。

草津につきたい。

今日のうちにそこまで行ければ、京都への道がだいぶ見えてくる。

午後の道は、少し足が重かった。

荷も多い。

銭もある。

布団もある。

伊勢の小物、木綿、瀬戸物、飯の元、寄進の品。

京都へ向かうということは、ただ自分たちが移動するだけではない。

伊勢松坂屋の力そのものを、道に沿って動かすことだった。

夕方にかけて、ようやく草津の気配が見えてきた。

旅人の数が増える。

荷の流れも太くなる。

近江と京都をつなぐ道の空気がある。

博之は、荷車の後ろから周囲を見ながら呟いた。

「草津まで来たな」

お花が少し疲れた顔で頷く。

「今日はよく進みました」

ヨイチは、それでも冷静に言う。

「白子、関で手紙を残せました。最低限の仕事はできています」

「最低限か」

「旦那様にしては、寄り道が少なかったです」

「褒めてるんか、それ」

「褒めています」

博之は笑った。

草津の拠点へ入ると、出迎えた者たちは驚いていた。

「旦那様、もう草津まで」

「急いだ。今日はここで泊まる」

荷を下ろし、銭の管理を確認し、布団を濡れていない場所へ移す。

お花がすぐに干し場と寝床を見た。

ヨイチは到着時刻と荷の増減を記録する。

博之はようやく腰を下ろした。

「京都へ行く前から、もう疲れたな」

お花が言う。

「まだ京都ではありません」

「分かってる」

ヨイチが帳面を閉じる。

「明日は、京都に入る前の段取りを確認します。寄進品、挨拶の文、持参する銭、同行者、服装」

「服装もあるんか」

「あります。荷車の後ろに座ったまま朝廷へ行くわけにはいきません」

「さすがにそれはせん」

お花が小さく笑う。

「少し心配でした」

「そこまでではない」

草津の夜、博之は横になりながら白子の者たちの顔を思い出した。

不安そうだった。

でも、やる気もあった。

松坂本店も、白子も、関も、自分たちがいない間に少しずつ試される。

「俺らが動かんでも、動けるように、か」

博之は小さく呟いた。

京都へ向かう旅は、ただ京都へ行く旅ではなかった。

自分がいなくても伊勢松坂屋が回るか。

各地の者たちが、自分たちの飯と催しを育てられるか。

それを見る旅でもあった。

草津の夜は、静かに更けていった。