軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

博之、ようやく準備をして京都へ向かう。旦那が店をしばらく空ける不安と寂しさが混じる。本人はいたって呑気に出発するwww

京都へ向かう日取りが、ようやく見えてきた。

朝廷から挨拶を受けるとの返事があり、寄進も受けてもらえる。松坂の城主にも筋を通し、

九鬼水軍にも船の話をした。港では牡蠣まで試した。

もう、逃げ道はない。

博之は松坂本店の座敷で、ごろりと横になったまま言った。

「とりあえず、京都に正式に出ようか」

ヨイチが帳面を開く。

「荷の整理ですね」

「そうや。銭だけ持っていくのは怖い。松阪から持っていけるものをひと通り集める。

伊勢の小物、木綿、瀬戸物、飯の元、布団、古布、あと寄進用の銭」

お花が頷く。

「全部が現金ではなく、物と銭を混ぜる形ですね」

「そう。道々で渡すものもいるし、途中で買い替えるものもある。京都に持っていくもの、

道中で寺社に置いていくもの、拠点の不足を補うもの、分けよう」

ヨイチが書き込む。

「寄進用、道中施し用、拠点補充用、京都土産用」

「あと、わしの道中用の布団もな。各拠点に置いていきながらや」

お花が少し呆れた。

「それは旦那様の趣味でしょう」

「趣味やない。巡回の効率化や」

「寝床を増やす趣味です」

「否定はせん」

座敷に笑いが起きた。

博之は指を折りながら続ける。

「一応、一千万文相当は持っていくつもりや」

料理番や女衆たちが、少しざわついた。

「一千万文……」

「全部が銭やない。物も入れてや。けど、それぐらいの規模で動く。

京都への挨拶と寄進やからな。小さく見せすぎてもあかんし、派手すぎてもあかん。そこは調整や」

ヨイチが言う。

「道は、松阪から北勢、白子方面へ出て、草津を経由し、京都入りですね」

「うん。白子から草津。そこから京都。途中で近江の様子も見る。荷を入れ替えながら、

必要なところに落としていく」

「伊賀越えではなく、今回は北回りですね」

「行きはな。帰りは状況見て考える」

荷の一覧を確認しているうちに、博之はふと顔を上げた。

「ただ、いきなり松阪の港で牡蠣試作みたいなことは、もうせえへんぞ」

お花が笑った。

「旦那様が一番怪しいです」

「今回は京都行きや。道中で飯を拾うのはええけど、主目的を忘れたらあかん」

夜市が冷静に言う。

「前回は、牡蠣の天ぷら、牡蠣鍋、卵入り牡蠣雑炊まで増えましたからね」

「うまかったやろ」

「うまかったですが、荷の整理が後回しになりました」

「はい」

博之は素直に頷いた。

その日の夕方、本店の主だった者たちが集められた。

料理番、女衆、下働き、帳場、買い付け係、師範代、まとめ役。皆、どこか緊張した顔をしている。

博之は座敷の真ん中で、少しだけ真面目な顔をした。

「わしら、京都へ行く」

ざわ、と空気が動いた。

「ただ、二、三日で帰ってくるわけやない。道々で拠点を見て、荷を下ろして、寄進して、

様子を聞いて、京都へ入る。ざっくり二週間は空けると思う」

女将役の女衆が、少し不安そうに言った。

「二週間もですか」

「うん。だから、その間の松坂本店は、みんなで回してくれ」

ヨイチが補足する。

「帳簿も一度、私なしで締めてもらいます。もちろん簡易で構いません。

出入り、売上、仕入れ、支出、揉め事、炊き出し分。最低限を記録してください」

帳場の者たちが、顔を引き締めた。

お花も言った。

「私がいない間、女衆同士、下働き同士で揉めないように。何かあれば、すぐまとめ役に

上げてください。隠す方が悪いです」

博之は頷く。

「そうや。失敗は許す。裏切りは許さん」

座敷が静かになった。

「これは、みんな分かってると思う。飯を焦がした、帳面を間違えた、客の流れを読み違えた、

催しで詰まった。そういう失敗はええ。直せる。わしらが戻ってきたら、一緒に立て直せる」

博之は、一人一人を見るように続けた。

「でも、銭をごまかす。荷を抜く。下働きに責任を押しつける。客や寺に嘘をつく。

そういう裏切りは許さん」

「はい」

全員の返事が揃った。

「それから、催し物も一回くらいやってみなはれ」

料理番たちが顔を上げる。

「旦那様なしで、ですか」

「そうや。わしがおらんとできへん催しなら、仕組みとして弱い。師範代、まとめ役、

女衆、帳場で回してみろ」

師範代の一人が、少し緊張した顔で頷いた。

「やってみます」

「気楽にやれとは言わん。けど、やってみろ。あかんかったら、戻ってきてから直す。

わしらがおらん時に回る状態にせなあかんからな」

女将役の女衆が、ぽつりと言った。

「そんな寂しいこと言わんといてください」

博之は少し笑った。

「寂しいことやない。独り立ちの話や」

「でも、旦那様がいない本店は、やっぱり少し不安です」

「そんなこと言うてたら、いつまでも伊勢松坂屋として独り立ちできへんぞ」

お花が静かに頷いた。

「旦那様もヨイチも私も、いつもいるとは限りません。だからこそ、今試すんです」

ヨイチが帳面を閉じた。

「二週間は、よい訓練になります」

「訓練って言うと、急に怖いな」

博之が言うと、少し笑いが戻った。

翌朝。

松阪本店の前には、荷車が並んだ。

伊勢の小物。

松阪木綿。

布団。

古布。

瀬戸物。

干物。

味噌。

飯の元。

寄進用の銭。

道中で配る小さな品々。

京都へ向かう荷であり、道中の拠点をつなぐ荷でもあった。

博之は荷を見て、少しだけ息を吐いた。

「でかい旅になるな」

ヨイチが言う。

「旦那様が大きくしました」

「はい」

お花が荷を確認しながら言った。

「布団は濡れないよう、上に油紙とむしろを重ねています」

「さすがお花さん」

「旦那様の道中布団も入っています」

「それは大事や」

「趣味です」

「まだ言うか」

出発の時、女衆や料理番たちが見送りに出てきた。

「旦那様、気をつけてください」

「京都の土産話、聞かせてください」

「催し、ちゃんと回します」

「帳簿も、できるだけやります」

博之は荷車の後ろに腰を下ろしながら、手を振った。

「頼むで。失敗してもええから、隠すなよ。飯を止めるな。揉め事は早めに言え。

あと、俺がおらんからって飯の試食会を毎晩やりすぎるなよ」

料理番たちが笑った。

「それは旦那様が帰ってきてからです」

「帰ってきたらまた太らされるんか」

女将役の女衆が目を潤ませながらも笑った。

「ほんまに、早う帰ってきてくださいね」

「帰ってくるって」

博之は照れ隠しのように言った。

「京都へ行くだけや。死にに行くわけやない」

荷車が動き出す。

博之はなぜか荷車の後ろに座っている。

お花が横を歩きながら言った。

「旦那様、そこに座っていると、あまり格好がつきません」

「歩くと疲れるやろ」

ヨイチが前から振り返る。

「京都へ正式に挨拶に行く大旦那が、荷車の後ろに座って出発ですか」

「合理的やろ」

「格好はつきません」

「ええねん。まだ松坂の港までや」

お花が笑った。

「やっぱり旦那様は、締まるようで締まりませんね」

「そこがええんちゃうか」

「自分で言わなければ、少しはよかったです」

松坂本店の者たちが、笑いながら手を振っている。

博之も荷車の後ろから手を振った。

京都へ向かう。

朝廷へ挨拶に行く。

寄進をする。

道中で拠点を見て、荷を動かし、人を見て、飯を拾う。

大きな旅だった。

けれど、その出発は、どこか伊勢松坂屋らしく、少し間が抜けていて、温かかった。

松坂の港へ向かう道で、博之はぽつりと言った。

「さて、独り立ちできるかな、本店」

ヨイチが答える。

「できます。できるようにしてきました」

お花も頷いた。

「信じましょう」

博之は荷車の上で、少しだけ笑った。

「そうやな。わしらも、行かなあかんしな」

松坂の港へ向かう道に、荷車の音がゆっくりと響いていった。