軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

博之のいない松坂の港での師範代催し。開始前に若干荒れるも飯が出ると意外と回る。最終審査方法。規準が博之任せになっていたと気付き課題になる

一方、港の師範代催しは、松坂本店とはまるで空気が違っていた。

会場は松坂の港近く。魚の匂い、潮の匂い、荷を担ぐ男たちの声、船頭たちの笑い声が

混じる場所である。

事前にお花とヨイチは言っていた。

「港は荒れるかもしれません」

「前売り札の扱いは、かなり厳しく見た方がいいです」

博之は郊外の和尚さんのところへ行っていたため、港の会そのものには顔を出していない。

だから運営は、古参衆、港のまとめ役、師範代になったばかりの者たち、

そして何人かの本店の手伝いに任された。

案の定、始まる前から少し荒れた。

「おい、わしの方が先に並んどったやろ!」

「何言うとんねん、札はこっちが先や!」

「そっちの刻の札やないか、それ!」

「いや、替えてもろたんや!」

前売り札の譲り合いというより、半分取り合いのような声が飛ぶ。

港の者たちは気が荒い。悪気はなくても、声が大きい。少しでも順番が怪しくなると、すぐに揉める。

港のまとめ役が、慌てて前に出た。

「揉めるなら、今日の催しはなしにしますよ!」

その一言で、場が一瞬静まった。

「なしは困る」

「せっかく札買うたんやぞ」

「ほな、ちゃんと並べや」

「お前が先でええから、わしは次でええ」

不思議なことに、そこから急に譲り合いが始まった。

荒っぽいが、催しそのものを潰したいわけではない。飯を食いたい。竹串を入れたい。

港の料理番がどれほどのものか見たい。

その気持ちは皆同じだった。

何とか一刻目が始まると、会は思ったよりも順調に回り出した。

港町らしく、薄味の城下町向けは少なかった。

出てくる飯は、どれも力強い。

塩を利かせた焼き魚。

酒と味噌を強めに入れたつみれ汁。

魚のすり身の揚げ物。

マグロの血合いや端肉を使った汁物。

干物をほぐした混ぜ飯。

油の香りが強い海鮮焼き。

飯にぶつける味、汗をかいた後に食う味、船の者が喜ぶ味。

城下町の者なら少し濃いと言うかもしれない。

だが港では、それがよく売れた。

「これや、これ」

「薄い飯なんか食えるかい」

「このマグロ汁、ええな」

「すり身揚げ、酒欲しなるわ」

客たちは竹串を握り、真剣に食べた。

前回の本店開催を手伝った者たちは、今回は少し落ち着いて動けた。

器の回収。

竹串の箱。

刻ごとの入替。

火元。

客の導線。

一度経験しただけで、ずいぶん違った。

もちろん、港特有の勢いに押されて冷や汗をかく場面はあったが、それでも

会そのものは崩れなかった。

古参衆の一人が、終わり際に小さく息を吐いた。

「回ったな」

港のまとめ役も頷く。

「荒れると思ってましたけど、飯が始まると案外まとまりますな」

「飯の力やな」

だが、問題は最後の審査だった。

竹串の集計を始めると、港飯らしい偏りがはっきり見えた。

焼き魚、すり身揚げ、マグロ汁、濃い味のつみれ汁には竹串が集まる。

一方で、酢の和え物や、薄めに整えた魚汁のような品は、どうしても数が伸びない。

けれど、食べてみると悪くない。

むしろ、夏場や女衆、年寄りには必要な味だった。

古参衆の一人が腕を組んだ。

「竹串が多いものは分かりやすい。けど、少ないものをどう見るかやな」

港のまとめ役も悩んだ。

「港の客は濃い飯に串を入れますからな。薄い飯は、うまくても目立たん」

「師範代水準とは何か、まだ固まってへんのやな」

結局、客の竹串だけでは決めきれなかった。

上位者を品目別に呼び、改めて小皿で作らせる。

味はいい。

だが、これは港向けなのか、城下町でも出せるのか。

人に教えられるのか。

原価はどうか。

客に説明できるのか。

そうした基準を、運営側も手探りで考えなければならなかった。

「旦那様が最後に決めていた意味が、少し分かりました」

後でヨイチは、そう言った。

「現場だけでは、どうしても竹串の多さに引っ張られます」

お花も頷いた。

「でも、旦那様の勘だけで決めるのも、もう限界ですね」

港の会が終わった後、二人は松阪本店に戻り、博之へ報告した。

博之は畳の上でごろごろしながら聞いていたが、話が進むにつれ、少し真面目な顔になった。

「会自体は回ったんやな」

「はい。多少荒れましたが、無事に終わりました」

「評判は?」

「上々です」

「なら、まずは合格や」

博之は頷いた。

「入れなかった者たちの不満がかなりありました。もっと回数を増やせ、札を増やせ、という声も」

「それはええ不満やな」

「よい不満ですか」

「飯がまずかったら、二度とやるなになる。入れんかったから怒るのは、行きたかったということや」

ヨイチは帳面を開いた。

「ただ、審査基準が課題です。竹串の数が多い品は評価しやすいですが、

品目的に串が集まりにくいものをどう見るかが難しい」

「せやな」

「港では濃い味が強いです。薄味や酢のものは、役割があっても票が伸びません」

博之は腕を組んだ。

「そこはやっぱり、最低限の基準がいるな」

「はい」

「竹串は客の声。けど、師範代は客の人気だけでは決められへん。

品目ごと、役割ごとに見る必要がある」

お花が言った。

「あと、運営側にも基準が必要です。今は、最後に旦那様が食べて、これはよい、これはまだ、

と決める形に近いです」

「それではあかんな」

博之は素直に言った。

「わしが毎回おるわけやない。港で俺なしで回したんやから、基準も俺なしで回るようにせなあかん」

ヨイチが書き込む。

「審査基準案。味、安定、品目の役割、客層、原価、説明力、教える力、下働きへの態度」

「それやな」

「加えて、港飯、城下町飯、寺社向け飯、子ども・年寄り向け飯で評価軸を分ける必要があります」

「そこまでいるか」

「いります」

博之は少し笑った。

「どんどん学校みたいになってきたな」

「旦那様が始めたことです」

「はい」

お花が言った。

「師範代の扱いが変わったのを見て、なりたい者は増えています。炊き出しで褒められ、

料理教室で頼られ、店でも一目置かれる。それを見れば、目指す者は増えます」

「やろうな」

「だからこそ、雑に出すと危ないです」

「分かる」

博之は天井を見上げながら言った。

「まずは地元のうまいものを作るやつを、たくさん出すのが目的やな」

「はい」

「松坂には松坂の飯。郊外には郊外の飯。港には港の飯。白子には白子の飯。

そういう地元の飯を育てる」

「いずれは、別の会にも出られるようにしますか」

ヨイチが聞くと、博之は少し考えた。

「ありやな。武者修行ならぬ、飯者修行や」

「また変な言葉を」

「でも、ええやろ。港の師範代候補が松坂本店の会に出る。松坂の料理番が白子で港飯を学ぶ。

鳥羽の焼き魚を津で出す。そうやって広げてもええ」

「ただし、まずは地元ですね」

「そう。最初からあちこち出したら、地元の者が育たん。まずは地元で腕を上げる。次に外を見る」

報告を聞き終えた博之は、少し安心したように息を吐いた。

「港で俺なしで会が回ったなら、十分や」

「課題は多いです」

「課題が見えたなら、それでええ」

「次回もやりますか」

「やる。ただし、基準を作ってからやな」

ヨイチが頷く。

「では、師範代審査の心得と、品目別の評価札を作ります」

「頼む」

お花が微笑んだ。

「旦那様、また仕組みが増えましたね」

「必要な仕組みや」

「そうですね」

博之はごろりと寝返りを打った。

「飯の腕にも、道がいる。港の飯は港で育つ。城下の飯は城下で育つ。

けど、それをちゃんと見る目も育てなあかん」

ヨイチは、その言葉を帳面の端に書いた。

地元の飯を育てる。 客の竹串を聞く。ただし、師範代は人気だけで決めない。 見る目も育てる。

松坂港の師範代催しは、荒っぽく、熱く、少し危なっかしく、しかし確かに成功した。

そして同時に、伊勢松坂屋が次に整えなければならないものを、はっきり見せたのだった。