作品タイトル不明
松坂本店で師範代の催しが開催される。前売り券から既にもめるwww当日の1刻目が始まる。料理人も裏方も緊張www
松坂本店へ戻ってからも、料理番たちの熱は冷めなかった。
「旦那様、師範代の催し、いつですか」
「私、焼き魚で出たいです」
「港町風のつみれ汁、試してみたいです」
「肉あんは城下町向けと港向けで分けられます」
毎晩の試食会のたびにせっつかれ、博之はとうとう畳の上で起き上がった。
「分かった。さっさと枠だけ決めてしまおうぜ」
ヨイチは待ってましたと言わんばかりに帳面を開いた。
「日程は?」
「三日後や」
「早いですね」
「遅らせたら、毎日試作品持ってこられて俺が太る」
お花が横で笑った。
「結局そこですか」
「そこも大事や」
まず決めたのは、時間割だった。
「一刻ごとの入替制にする。五部制や」
「一刻ごとに、お客ではなく料理人十人ですね」
「そうそう。料理人十人が一刻ごとに出る」
ヨイチが帳面に書く。
「料理人一人につき、小皿または小椀で十五食前後。一刻あたり百五十食。
客は一人五品食べるので、一刻あたり三十人」
「それでいこう」
「五部制なら、客は合計百五十人。料理人は延べ五十人です」
「初回にしては十分でかいな」
「十分すぎます」
お花が即座に言った。
「旦那様の“小さくやる”は、もう信用できません」
「今回はほんまに小さくするつもりやったんやけどな」
「百五十人です」
「……まあ、そこそこやな」
「そこそこではありません」
次に、品目の整理に入った。
「同じ刻に、同じ料理ばっかり出すのは避ける」
博之は料理番たちを見渡した。
「焼き魚ばっかり三人、肉あんばっかり三人では、客も困る。五品食べるんやから、
焼き物、汁物、飯物、揚げ物、和え物をうまく散らす」
夜市が続ける。
「一刻につき、料理人十人。品目はなるべく分散。応募が多い品は、刻を分ける。
初回は、焼き魚、肉あん、つみれ汁、焼きおにぎり、すり身揚げ、混ぜ飯、
酢の和え物あたりを中心にしましょう」
「うなぎ飯と穴子天は?」
料理番の一人が聞いた。
「強すぎるから、別枠やな。うなぎや穴子は派手や。普通の焼き魚やつみれ汁と同じ土俵にすると、
飯の腕というより材料の強さになってしまう」
「なるほど」
「今回は日常飯を見たい。普段の店を支える飯や」
そして、味付けの区分も決めた。
「城下町の薄味と、港飯の濃い味で分ける」
博之が言うと、料理番たちは身を乗り出した。
「城下町向けは、塩を控えめにする。出汁や香りを立てる。年寄り、子ども、町の旦那衆、
女衆にも食べやすい味や」
お花が頷く。
「見た目や口当たりも大事ですね」
「そう。丁寧に整える飯やな」
博之は次に、港飯の方を指で叩いた。
「港飯は、塩を少し濃いめ。酒、味噌、油を利かせてもええ。船の者、荷運び、汗かく人向けや。
白子や鳥羽、津の港で受ける味やな」
夜市が整理する。
「つまり、同じつみれ汁でも、城下町向けは薄味で出汁を立てる。港飯向けは酒と味噌を利かせる。
焼き魚も、城下町向けは塩控えめ、港飯は飯に合う強めの塩」
「それや」
「審査も、城下町向けと港飯向けで分けましょう」
「分けた方がええな。薄味が好きな客と、濃い味が好きな客で評価が割れるからな」
こうして、案内文が作られた。
第一回・師範代焼印試し会。
三日後、松阪本店および近くの寺の広場で開催。
一刻ごとの入替、五部制。
一刻ごとに料理人十人が出る。
料理人一人につき十五食前後を小皿・小椀で用意。
客は一刻三十人。
客は二百五十文で竹串五本を受け取り、五品を食べる。
うまいと思った品の箱に竹串を入れる。
城下町向けの薄味、港飯向けの濃い味は別に評価する。
ただし、料理人の身内だから、友人だから、という贔屓はなし。
竹串は、飯そのものに向き合って入れること。
この案内を出すと、前売り札はあっという間に売れた。
「旦那様、一刻目、売り切れです」
「早すぎるやろ」
「二刻目もほぼ埋まりました」
「ちょっと待て」
「三刻目は、料理番の身内と常連が取り合いになっています」
「鬼のように集まってるやんけ」
お花は平然と言った。
「だから言いました」
ヨイチも冷静に頷く。
「前売り制にして正解でした。当日受けにしていたら、大混乱です」
博之はすぐに注意を足させた。
「飯と向き合ってくれ、って書いとけ。料理人としがらみで向き合うな。
友達やから竹串入れるのは寒い。身内ならなおさら、ちゃんと味で見ろって」
料理人たちにも言い渡した。
「お前らも、家族や友達に頼むなよ」
「頼みません!」
「ほんまか?」
「……頼みません」
「今、間があったやつおったな」
座敷に笑いが起きた。
だが、当日が近づくにつれ、笑いだけでは済まなくなった。
料理人たちは、緊張で顔つきが変わっていった。
城下町向けの薄味で勝負する者。
港飯の濃い味で勝負する者。
焼き魚の塩加減を何度も確かめる者。
つみれ汁に酒をどこまで入れるか迷う者。
肉あんを重くしすぎないよう調整する者。
すり身揚げを小さく丸める者。
客の前で出す説明を練習する者。
一方、運用側も必死だった。
前売り札の確認。
一刻ごとの客の入替。
竹串五本の配布。
品目別の箱。
城下町向け、港飯向けの札。
器の回収。
洗い場。
火元。
寺への寄進分。
不正防止の係。
博之は頭を抱えた。
「料理人より、こっちの方が緊張するな」
夜市は淡々と答えた。
「人の流れを間違えると詰まります。特に入替時です」
「鐘を鳴らす。終わったら退場。次の札を確認して入れる。客が残ろうとしたら、ちゃんと出てもらう」
「はい」
当日の朝、松阪本店の周囲はすでに熱気に包まれていた。
前売り札を持った客が、刻ごとに並ぶ。
女衆が受付をし、竹串五本を渡す。
料理人たちは持ち場につき、火を起こし、鍋を見つめ、魚を焼き、飯を整える。
箱には、それぞれ札が立っていた。
焼き魚・城下町向け。
焼き魚・港飯向け。
つみれ汁・城下町向け。
つみれ汁・港飯向け。
肉あん。
焼きおにぎり。
すり身揚げ。
酢の和え物。
客は、すでに楽しそうだった。
「五品しか食えへんのか。迷うな」
「港飯のつみれ汁、絶対うまいやろ」
「いや、城下町向けの焼き魚も気になる」
「身内贔屓は禁止やで」
「分かってる。飯で入れるわ」
博之は、料理人たちを集めて最後に言った。
「ええか。今日は師範代を目指す場や。竹串を集めるのはええ。けど、
不正や身内贔屓で勝っても意味がない。飯で勝て」
「はい!」
「城下町向けには、城下町向けの良さがある。港飯には、港飯の良さがある。濃いから偉い、
薄いから上品、そういう話やない。誰に食わせる飯かを考えろ」
「はい!」
「それと、焦るな。下働きに怒鳴るな。焦げたらごまかすな。失敗したら失敗として扱え。
師範代は、飯の腕だけやなく、人に見られる立場や」
料理人たちは、深く頭を下げた。
鐘が鳴った。
一刻目の客が入る。
小皿に盛られた飯が並ぶ。
湯気が立つ。
塩の香り、味噌の香り、焼き魚の香ばしさ、酒を利かせたつみれ汁の匂いが広がる。
竹串を握った客たちが、目を輝かせる。
第一回師範代焼印試し会は、想像以上の熱を帯びて始まった。
博之は会場の端で、ぽつりと言った。
「これ、ほんまに試しなんやけどな」
お花がすぐに返す。
「旦那様の試しは、だいたい本番です」
ヨイチはすでに次の入替を見ていた。
「一刻目、始まりました。ここからが本番です」
松坂本店の朝は、飯の熱で湧き立っていた。