軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

博之、京都に行く予定を松坂城主に相談する。方々の顔を立てろ、ただたかられるな。無事に帰ってきてくれたらいいと優しい言葉を博之にかける

京都へ行く話が、いよいよ現実味を帯びてきた。

とはいえ、今日明日で出立するわけではない。だが、博之としては、

そろそろ筋を通しておかねばならない相手がいた。

松阪の城主である。

博之は、いつものように飯を持って挨拶に行った。うなぎの祝い飯、少し酒を利かせた肉あん、

焼き魚、つみれ汁、そして手土産に瀬戸物の小皿を少し。

屋敷に入ると、松阪の上司は笑った。

「なんや、博之の方から来るとは珍しいな」

「いや、まあ、いろいろありまして」

「お前が飯持って来る時は、だいたい相談やな」

「否定できません」

博之は頭を下げ、飯を並べてもらった。

城主はうなぎの祝い飯を見て、少し目を細めた。

「相変わらず、見た目も考えとるな」

「祝いの場に向けて、ちょっと作っております。みんなで見て、混ぜて、分ける飯です」

「うまそうやな。で、本題はなんや」

博之は姿勢を正した。

「京都へ、一度行こうと思っています」

城主の箸が止まった。

「いよいよ京都か」

「はい。冬に入る前に、一度は顔を出しておきたいと思っております」

「理由は」

「官位をいただきましたので、そのお礼とご挨拶を口実にできます。あとは寄進です。

現金で一千万文ほど。それに、小物、布団、古布、飯の元、瀬戸物、そういうものを

持っていこうかと」

「一千万文か」

「はい」

「お前、さらっと言うようになったな」

「さらっと言うてるつもりはないです」

城主は少し笑った。

「今のお前なら、一千万文くらい屁でもないやろ」

「屁でもないことはないですよ」

「ほんまか?」

「ほんまです。京都へ行くまでに道々で荷を下ろすことも考えてますし、寺社にも顔を出しますし、

朝廷筋にも礼を通すとなれば、簡単に飛びます」

「まあ、そうやな」

上司は飯を一口食べて、ゆっくり頷いた。

「道はどうする」

「北西方面から近江に入り、南近江、京都郊外、京都の店へ入る形を考えています。

途中で佐和山や六角の方にも、必要なら顔を出すことになるかもしれません」

「なるほどな」

「別に今日明日ではありません。ただ、その前に、何か教えていただければと思いまして」

城主はしばらく黙っていた。

そして、静かに言った。

「敷居は高いぞ」

「はい」

「京都は松坂とも伊勢とも違う。古い家、寺、商人、朝廷、公家、職人、茶の者、菓子の者、

全部おる。飯がうまいだけで、明日から受け入れられる場所やない」

「それは分かっています」

「今日行って、明日成果が出るようなことはない。そこは最初から腹に入れておけ」

「はい」

博之は素直に頷いた。

「京都へ入るというより、まずは顔を出す。道を作る。荷を置く。話を聞く。そういうつもりです」

「それでええ」

上司は箸を置いた。

「まず、朝廷の方には文を書く。一応、官位をいただいた礼として顔を出したい。

寄進もしたい。そういう形でな」

「はい」

「いきなり荷を積んで押しかけるな。まず文や。返事が来てから動け」

「やっぱりそうですか」

「当たり前や。京都は顔と順番や。飯屋の勢いで乗り込む場所やない」

「耳が痛いです」

「お前は勢いでなんでもやりよるからな」

博之は苦笑した。

「そこは気をつけます」

「それから、六角にも道すがら筋を通す必要があるかもしれん」

「佐和山や観音寺の辺りですね」

「そうや。ただ、どこまで顔を出すかは考えろ。顔を出しすぎると、今度は全部に礼をせなあかん」

「それが怖いところです」

「そうや。礼は大事やが、広げすぎると首が回らん」

城主は少し身を乗り出した。

「京都のまとめ役、商人筋、寺社筋。そこには顔を出した方がええかもしれん。

けど、細かいところはわしにも分からん。正直、お前の商いはもうでかくなりすぎた」

「そんなことは」

「ある」

城主は、きっぱりと言った。

「松阪の一城主として言えるのは、顔を立てろ、順番を守れ、金は使え、ただし線を引け。

それくらいや」

「十分ありがたいです」

「本当にそう思ってるか」

「思ってますよ」

博之は真面目な顔で言った。

「これまで、節目ごとにいろいろ教えていただきました。今回もご報告を兼ねて来ました。

勝手に京都へ行って、あとから知られたとなるのは嫌でしたので」

城主は、少しだけ表情を和らげた。

「そういうところは、お前はちゃんとしてるな」

「飯屋ですから」

「飯屋は関係あるんか」

「筋を通さん飯屋は嫌われます」

「それはそうやな」

城主はまた箸を取った。

「しかし、京都へ一千万文持っていくか」

「現金だけで全部使うわけではないです。小物、布団、古布、瀬戸物、飯の元、

そういう物資も含めてです」

「布団も持っていくのか」

「はい。冬支度寄進の一環です。高級なものではなく、雑魚寝用や、子ども、

老人、病人向けのものを寺社に預ける形で」

「それは受けるやろうな」

「ただ、揉めたらやめます」

「そこはお前らしいな」

「揉めるために配るわけではないので」

城主は頷いた。

「京都でも同じや。くれくれと言う者は出る。あそこにも困ってる者は多い。

だが、全部助けようとしたら、お前が食われる」

「そこは線を引きます」

「引けよ。お前は情で動くところがある。しかも金を持っとる。あれもくれ、

これもくれ、うちにも寄進しろ、うちにも飯を出せ。そう言われ始めたら、きりがない」

「分かっています」

「ほんまか?」

「たぶん」

「そこは“はい”と言え」

博之は少し笑った。

「はい。線は引きます」

城主は、厳しい顔で言った。

「寄進はする。礼も尽くす。だが、伊勢松坂屋が続かなくなるほど出すな。

相手に失礼にならん程度に出し、続けられる形を作れ」

「はい」

「一度派手にやりすぎると、次も同じものを求められる」

「それは怖いですね」

「京都は特にそうや。見栄もある。格もある。だからこそ、最初の出し方が大事や」

博之は、夜市に言われた京都準備金の話を思い出した。

一千万文。

大きいが、京都なら足りないかもしれない。

けれど、ただ派手に使えばよいわけではない。

「まず文を書きます」

博之は言った。

「朝廷筋へ。官位のお礼と、寄進の意向。それから、京都郊外のまとめ役にも相談します。

六角や道中の寺社は、どこまで顔を出すか整理します」

「それでええ」

「荷の方は、道々で必要なものを下ろしながら、京都へ向かう形を考えています。

米、味噌、布団、古布、瀬戸物、飯の元、小物。全部を京都へ持っていくというより、途中でも使う」

「それは悪くない」

上司はうなぎの祝い飯を食べながら言った。

「ただ、荷が多いと目立つぞ」

「それもありますね」

「護衛もいる。道中の宿もいる。雨もある。荷崩れもある。京都へ着く前に疲れ切らんようにせえ」

「はい」

「あと、お前自身もや」

「私ですか」

「そうや。お前、最近あちこち行ってるやろ。鳥羽、伊勢、松阪、今度は京都。無理しすぎるな」

博之は少し黙った。

「……ありがとうございます」

「無事に帰ってくれ。それでええ」

城主の声は、少しだけ柔らかかった。

「京都で大成功せえとは言わん。成果がなくてもええ。まず無事に行って、

無事に帰れ。顔を出して、筋を通して、戻ってこい」

「はい」

「お前が帰ってこなんだら、伊勢松坂屋も困るやろ」

「最近は、私がいなくても回るように仕組みを作ってますけどね」

「そういう不吉なことを言うな」

「すみません」

城主はため息をついた。

「ほんまに、お前はでかくなりすぎた。けど、最初に飯を持って相談に来るところは変わらんな」

「そこは変えたくないです」

「なら、行ってこい。文が戻ってからやぞ」

「はい」

「金は使え。だが、たかられるな。顔は立てろ。だが、飲まれるな。飯は出せ。だが、全部背負うな」

博之は深く頭を下げた。

「肝に銘じます」

城主は、少し照れたように手を振った。

「まあ、わしが言えるのはそれくらいや」

「十分です」

「帰ったら、また飯を持って報告に来い」

「もちろんです」

「京都のうまいもんも、何か持ってこい」

「そこですか」

「そこも大事や」

博之は笑った。

相談に来てよかったと思った。

具体的な手順は、まだまだ詰める必要がある。

朝廷への文。

京都郊外のまとめ役。

六角への筋。

道中の寄進。

荷の量。

護衛。

そして、どこまで出して、どこで線を引くか。

だが、城主の言葉で、少し軸が定まった。

金は使う。

顔は立てる。

けれど、飲まれない。

無事に帰る。

博之は飯の残りを見ながら、静かに言った。

「京都、怖いですね」

城主は笑った。

「怖いと分かってるなら、まだ大丈夫や」

「そういうもんですか」

「怖くないと思った時が一番危ない」

博之は頷いた。

「では、まず文から始めます」

「そうせえ」

松阪の城主は、最後にもう一度言った。

「無事に帰れ。それが一番や」

博之は深く頭を下げた。

京都への道は、まだ始まったばかりだった。