軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

帳簿の数字を切る前に今後の方針について古参衆と共有しようとする博之。規模がでかすぎて多少の調整は必要

帳簿を締める前に、博之が唐突に言った。

「なあ、数字を締める前に、ざっくり方向性だけ共有しとこうぜ」

ヨイチは、筆を止めて顔を上げた。

「旦那様が帳簿を切る前に方針を話すなんて、珍しいですね」

「珍しい言うな。さすがに、そうも言ってられへんやろ。いろいろありすぎた」

博之は畳の上でごろごろしながら、天井を見ていた。

鳥羽と伊勢を巡回した。

信長からは、伊勢松坂屋の仕組みそのものを見抜かれた。

焼印、料理札、料理頭、相場板、冬支度寄進、飯の元。

もう、思いつきで済ませられる規模ではなくなっている。

お花が茶を置きながら言った。

「それで、何から話しますか」

「まずは海やな」

博之は起き上がり、地図を広げさせた。

「鳥羽に行って思った。やっぱり海を見たい」

「鳥羽から南ですか」

「そうや。鳥羽から志摩、尾鷲、熊野、新宮、紀州。もう一つは、堺から南や。岸和田、

和歌山、雑賀、根来。この辺を見たい」

ヨイチの筆が動く。

「堺から紀州沿岸。鳥羽から熊野灘。両側から見る形ですね」

「そう。別に今すぐ大きな拠点を作る話やない。けど、定期便に品を乗せて運ぶくらいは、

やっていきたい」

「品とは」

「酒と布団や」

お花が少し首を傾げた。

「酒と布団ですか」

「そう。堺や摂津から酒、酢、油を運ぶ。帰りに三河や尾張、常滑の方から布団、古布、木綿、

甕を積む。船を空で返さん」

ヨイチが頷いた。

「行き荷と帰り荷を組むわけですね」

「うん。酒は料理に使える。うなぎ、穴子、魚、肉あん、焼きおにぎりだれ。酢は夏場と魚に強い。

油は天ぷらと海鮮焼きにいる。で、布団と古布は冬支度寄進に回せる」

「かなり筋はいいです」

「ただし、船は怖い。沈むし、濡れるし、遅れる。だから本格的にやる前に、

小さい定期便やな。荷と手紙を少しずつ乗せて、港の相場と顔を拾う」

お花が言った。

「布団は濡らさないようにしてください」

「そこは絶対や。濡れた布団は配らん。港に着いたら必ず干す」

博之は地図の別の場所を指した。

「次に、常滑より東や」

「三河ですか」

「そう。知多から三河湾、安城、岡崎。この辺を見たい」

ヨイチの筆が止まった。

「松平元康殿の領域に近づきますね」

「そこは慎重にやな。いきなり岡崎に突っ込むんやなくて、

まずは海沿いと木綿、古布、味噌、塩魚や。冬支度寄進をやるなら、三河は見とかなあかん」

「安城周辺は寺社勢力も強いです」

「そこも見る。今はまだ火種かもしれんけど、三河はそのうち荒れる気がする。

飯屋として、避難民に飯を出すことになるかもしれん」

お花が静かに言った。

「また大きな話ですね」

「まあ、今すぐやない。ここ一、二年の話や」

「旦那様のここ一、二年は、だいたい半年で始まります」

「それは否定できへん」

座敷に小さな笑いが起きた。

博之は、今度は伊勢周辺を指した。

「定期巡回については、津と白子やな。あと因縁のあるところも含めて、三泊四日くらいで回りたい」

「鳥羽、伊勢に続いて、津、白子ですか」

「そう。松阪から見れる範囲を太くする。飯場、港、街道沿い、寺社、布団寄進の現場。

焼印持ちがちゃんとやってるかも見る」

「旦那様用の布団も置くんですか」

お花が聞く。

博之は少し視線を逸らした。

「必要ならな」

「嬉しそうですね」

「巡回のためや」

「はいはい」

ヨイチは淡々と書き込んでいた。

「では、津・白子巡回は近いうちに。三泊四日。焼印確認、相場紙回収、布団寄進確認、港の荷の確認」

「それやな」

博之は次に、京都の方へ指を動かした。

「それと、冬までに一回、京都へ行きたい」

「京都ですか」

「うん。官位をもらったやろ。大膳亮や。せっかくやから、その理由で京都の方に荷を寄せたい」

「ただの挨拶ではなく、物流確認ですね」

「そう。寄進もする。けど、それだけじゃなくて、各地の道の状態を見ながら、

焼印持ちを押して回って、必要な荷を下ろしつつ、京都に運ぶ荷を順繰り入れ替えていく」

ヨイチが顔を上げた。

「二週間程度かかりますね」

「そのつもりや。二週間くらい使って、伊勢、伊賀、大和、南近江、京都の端を見たい。

どこで何が詰まるか、どこで荷を入れ替えるか、どこで人が足りんか」

「それは、大きな巡回になります」

「そうや。だから今すぐではない。帳簿を締めて、相場板を作って、焼印の整理をしてからやな」

お花が言った。

「京都はまだ全然入れていませんからね」

「そこが問題や」

博之は少し顔をしかめた。

「結局、欲しいのは砂糖と小豆なんよ。ふくふく焼きにしても、甘味にしても、

祝い飯の後の菓子にしても、そこが安定せんと広げにくい」

「京都と堺ですか」

「そう。京都で菓子筋、小豆、茶。堺で砂糖、油、薬種、刃物。そこから松坂まで、

少しずつ広げる道を作る感じになると思う」

ヨイチが地図の近江側を見た。

「六角領の方はいかがしますか」

「そこやな。堅田、佐和山、この辺の拠点も考えたい」

「佐和山ですか」

「琵琶湖の物流を見たい。南近江まで入ってるなら、湖を無視するのはもったいない。米、魚、船、

信楽焼、京都への道。北伊勢から近江へ抜ける道とも絡むやろ」

「ただ、六角領ですから、筋は通す必要があります」

「もちろんや。勝手に大きくはやらん。まずは小さい飯場と寄進、相場紙やな」

博之は、さらに摂津の方を指した。

「それから、堺から酒を運ぶにしても、摂津やな」

「上町台地、難波、堺、岸和田あたりですか」

「そう。あと播磨の酒どころも見たい。摂津の酒だけやなく、播磨あたりの酒も押さえられたら、

飯と酒席が強くなる」

「酒の道ですね」

「うん。酒は飲ませるだけやない。料理酒、たれ、魚の下処理、祝い飯。利幅が取れる」

お花が少し呆れたように笑った。

「話がだいぶ大きくなりましたね」

「なったな」

ヨイチが帳面を見ながら言う。

「鳥羽から紀州。堺から紀州。常滑から三河。津・白子巡回。京都二週間巡回。観音寺・佐和山。

摂津と播磨の酒。砂糖と小豆」

「こうして聞くと、機内の半分くらい押さえに行ってるみたいやな」

「押さえるという言い方は危ないです」

お花がすぐに言った。

「飯の道や」

博之が言い直す。

「国を取るわけやない。飯の道を作る。どこで米が高いか、どこで酒が安いか、

どこで布が余ってるか、どこで砂糖が手に入るか。それを見て、飯を止めへんようにする」

ヨイチが頷いた。

「相場板がますます必要になりますね」

「そうや。道を増やすなら、数字がいる。感覚だけでは無理や」

「統括も必要です」

「信長公に言われたやつやな」

博之は少し苦笑した。

「悔しいけど、その通りや。飯ごとの統括、道ごとの統括、人ごとの統括。拠点まとめだけでは足りん」

お花が静かに言った。

「旦那様がいなくても回るようにする、という話ですね」

「うん」

博之は少しだけ真面目な顔になった。

「尾張と距離を取るにしても、京都へ行くにしても、三河を見るにしても、海を見るにしても、

わし一人で全部できへん。焼印持ちと料理頭とまとめ役を育てる。相場板で値を見る。

定期便で情報を回す。それがないと、どこかで詰まる」

ヨイチは筆を置き、静かに言った。

「方向性としては、こうですか」

「言うてみ」

「一、松坂・伊勢・鳥羽・津・白子を定期巡回で固める」

「うん」

「二、堺と摂津で酒、油、酢、砂糖、小豆の道を探る」

「うん」

「三、常滑から三河へ入り、木綿、古布、味噌、塩魚、布団を押さえる」

「うん」

「四、鳥羽と堺の両側から紀州の海を調査する。ただし本格拠点は急がない」

「うん」

「五、京都へは官位を名目に二週間巡回し、荷と寄進と焼印確認を兼ねる」

「うん」

「六、南近江、堅田、佐和山、琵琶湖物流を見る」

「うん」

「七、その全部を支えるために、相場板、統括、料理札、焼印制度を整える」

博之は大きく頷いた。

「それやな」

お花が少し笑った。

「飯屋の話とは思えませんね」

「飯屋の話や」

「どの辺がですか」

「飯を出すには、米がいる。味噌がいる。酒がいる。油がいる。器がいる。人がいる。道がいる。

せやから全部飯の話や」

ヨイチが静かに頷いた。

「確かに、飯の道です」

博之は畳にごろんと戻った。

「まあ、帳簿締める前に、これだけ共有できたらええやろ」

「締めたら、また数字を見て調整ですね」

「楽しくない帳簿の時間やな」

「必要な帳簿です」

「はいはい」

お花が茶を注ぎ直した。

「旦那様、かなり先を見ていますね」

「見えてるというより、見ざるを得んのよ。店がでかくなりすぎた」

「でも、楽しそうです」

「ちょっとだけな」

博之は、地図を横目で見た。

松坂から伊勢へ。

鳥羽から海へ。

常滑から三河へ。

堺から紀州へ。

大和から京都へ。

近江から湖へ。

線がいくつも伸びている。

それは国を取る線ではない。

飯を止めないための線だった。

「飯の道やな」

博之がぽつりと言うと、夜市が帳面にそのまま書いた。

飯の道。

それが、これから一、二年の伊勢松坂屋の方針になりそうだった。