軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

鳥羽の朝ごはんを食べながら緊張する料理番達を誉めたあと、鳥羽以南の拠点の必要性について情報を得る

鳥羽の屋敷で迎えた朝は、松坂とは違う匂いがした。

潮の匂い。湿った木の匂い。遠くで船を動かす音。港の者たちの声。

博之が寝床から出ると、すでに若い衆たちがそわそわしていた。昨夜、博之が鳥羽の屋敷に

自分用の布団を置いたことで、鳥羽の者たちは妙に張り切っている。

「旦那様、朝げの用意ができております」

「おう」

座敷に行くと、膳が並んでいた。

焼き魚、つみれ汁、海藻を混ぜたすり身揚げ、肉あん、小さな焼きおにぎり、

干物を炙ったもの、貝の汁。

明らかに多い。

「いやいや、こんなに俺食えへんし」

博之が言うと、若い料理番が緊張した顔で頭を下げた。

「旦那様に食べていただく機会など、そうそうありませんので」

「気持ちはありがたいけどな。残ったらみんなで食えよ」

「はい!」

その返事も、少し硬い。

お花が横で小さく笑った。

「皆、旦那様に見てもらいたいんですよ」

「そら分かるけど、朝から戦みたいな膳やな」

博之は箸を取り、一つずつ味を確かめた。

まず焼き魚。

皮は香ばしく、身はふっくらしている。塩が強すぎず、飯に合う。

「これ、うまいな」

料理番たちの顔が一気に明るくなる。

「焼き魚、誰が見てる?」

「私です」

若い男が一歩前に出た。

「火の当て方、ええわ。港の魚は身が柔らかいから、焼きすぎると固くなる。これはちょうどええ」

博之は木札を見た。

「焼き魚の任せ印、あげてええんちゃうか」

ヨイチが眉を上げる。

「旦那様、少し軽くありませんか」

「軽くない。食うたら分かるやろ」

お花も焼き魚を一口食べた。

「……これは、よいと思います」

「ほら」

博之が得意げに言うと、ヨイチは少しだけ息を吐いた。

「では、鳥羽焼き魚任せ印で」

焼印が押されると、その若い料理番は目を潤ませた。

「ありがとうございます!」

「泣くな泣くな。これから人に教える側やぞ」

「はい!」

次に肉あんを食べる。

肉の脂と味噌の香りが、港の朝飯としては少し重いが、力仕事の男衆には合いそうだった。

「この肉あんもうまいぞ」

「本当ですか!」

「魚ばっかりやと飽きるからな。鳥羽で肉あんが強いのはええ。船頭も荷運びも腹にたまる飯がいる」

お花も食べて頷いた。

「味がまとまっています。少し濃いですが、朝から働く方にはよいでしょう」

「肉あん見習い印やな。任せ印はもう少し安定してから」

「はい!」

若い衆たちは、緊張しながらもどこか嬉しそうだった。

焼印をもらえる者、まだ届かない者。どちらも、目が真剣だった。

「ほのぼのしてるな」

博之が呟くと、ヨイチが言った。

「旦那様が珍しく真面目に褒めているからです」

「いつも真面目や」

「そういうことにしておきます」

朝げが一段落したところで、博之は膳を見ながら言った。

「しかし、鳥羽は鳥羽で強いな」

「何がですか」

「魚もある。港もある。船もある。ここまでは分かる。でも、鳥羽より

南に横丁を出す意味ってあるんかなと思ってな」

鳥羽のまとめ役が、少し驚いた顔をした。

「旦那様、鳥羽より南をあまり侮らない方がよろしいです」

「そうなんか」

「はい。紀州の方から船が来ます。尾鷲、熊野、新宮、紀州筋。荷は色々です。

魚、干物、炭、木材、薬草、柑橘、塩。それに、向こうからの話も入ってきます」

「紀州から船か」

博之は腕を組んだ。

「陸で行くなら、伊賀を通る道の感覚があるんやけどな」

「陸では少なすぎます。人足が食います。けど、船なら量が運べます」

その言葉に、博之の目が少し細くなった。

「なるほどな」

ヨイチが帳面を開く。

博之は荷物の中から地図を出させた。

「ちょうどええ。今のうちの道を見せるわ」

若い衆たちが集まってくる。

「今、うちは伊勢国全体に拠点がある。松坂、伊勢、津、白子、鳥羽。で、

尾張にも入ってる。熱田、津島、瀬戸、常滑」

「常滑までですか」

「そうや。さらに伊賀上野を通って、大和、奈良へ行く。そこから摂津、堺やな。

奈良から生駒の方に抜ける道、藤井寺から摂津へ入る道も見てる。

京都は京都の端、南近江まで伸びてる」

鳥羽の若い衆たちが、ざわついた。

「めちゃめちゃ伸びてますやん」

「ちゃんと把握できてへんな、鳥羽では」

博之は苦笑した。

「それも分かっただけ良かったわ。情報便がいるな」

ヨイチが頷く。

「鳥羽には本店だよりを厚めに送りましょう」

「そうやな」

博之は地図の南側を指した。

「で、今の鳥羽より南や。ここから志摩、九鬼浦、尾鷲、熊野、新宮。さらに紀州へ回る道がある。

もう一つは、堺から南へ伸ばして、和歌山、雑賀、根来の方へ入る道や」

「両側から紀州へ入れるわけですね」

「そうや。北から行くか、海を回るか。どっちも一長一短や」

鳥羽のまとめ役が言った。

「港だけ整えれば、通り道にはなります」

「横丁を大きく作る必要はないかもしれんな。船待ち飯、干物焼き、つみれ汁、

海鮮焼き。小さい港横丁でええ」

「それなら、あります」

「手紙は陸でええ。けど物資は船やな」

博之は膝を叩いた。

「特に摂津の酒と酢や」

「酒と酢ですか」

「うん。摂津の酒は料理に使える。うなぎ、穴子、魚の臭み消し、肉あん、焼きおにぎりだれ。

酢は魚に強い。夏にも使える。あれを米のまま伊賀越えで運ぶとか、正気やない。人足が死ぬ」

若い衆が笑った。

「けど、酒や酢にして船で回せば腐らへん。時間はかかってもええ。

港をじゅんぐり回してこっちに持ってくる」

夜市が帳面に書く。

「摂津酒、酢、油。船便候補」

「帰りの便もいる」

博之は続けた。

「今、全拠点で冬支度寄進を考えてる。安い布団と枕や。高級布団やなくて、雑魚寝用、

年寄りと子ども向けの少しええもの。三河や尾張は木綿や古布が取れる。常滑や知多、

三河湾から船に乗せて戻せる」

「布団を船で、ですか」

「陸で運ぶより船や。ただし湿気と雨は怖い。むしろで包む。船底に直置きせん。

着いたら必ず干す。濡れた布団は配らん」

お花が強く頷く。

「そこは徹底してください。濡れた布団を配るのは支援ではありません」

「分かってる」

鳥羽の者たちは、すっかり話に引き込まれていた。

「酒が大量にこちらへ来るなら、鳥羽でも捌けます」

まとめ役が言った。

「港の者は酒を飲みますし、酒肴も出せます。うなぎ巻き、干物焼き、つみれ、海鮮焼き。

かなり合います」

「そうか。鳥羽で酒がはけるか」

「はけます。というより、欲しいです」

若い料理番も言う。

「酒があれば、魚の下ごしらえが変わります」

「酢があれば、夏場の魚も扱いやすいです」

「油が安定すれば、すり身揚げと穴子天がもっと出せます」

博之は少しにやりとした。

「また道が増えそうやな」

お花がすぐに言った。

「その顔です」

「なんや」

「また仕事を増やす顔です」

「増やすんやない。見つかったんや」

「同じです」

ヨイチは静かにまとめた。

「鳥羽より南は、今すぐ大拠点を作る必要はありません。ただ、港横丁と情報便は意味があります。

摂津酒、酢、油を海で回し、帰り荷に三河・尾張の布団、古布、木綿を積む。鳥羽はその中継として

かなり重要です」

「せやな」

博之は地図を見つめた。

伊賀越えは人と急ぎの道。

北伊勢から近江は商いの道。

鳥羽から南は、荷と海の道。

道が増えれば、飯は止まりにくくなる。

だが同時に、人も仕組みも必要になる。

「まずは鳥羽を太くする」

博之は言った。

「南は急がん。けど、港の話と相場だけは拾え。紀州から来る船が何を積んでるか。

尾鷲や熊野で何が余ってるか。酒や酢をどう回せるか。布団をどう濡らさず運ぶか。そこを見よう」

「はい」

鳥羽の者たちは力強く頷いた。

朝げの席は、いつの間にか物流会議になっていた。

けれど、若い衆たちの顔は明るかった。

自分たちの港が、ただの端の拠点ではない。

伊勢松坂屋の海の道の入口になるかもしれない。

そう分かったからだった。

博之は焼き魚の残りを一口食べて、ぽつりと言った。

「この焼き魚、やっぱりうまいな」

焼印をもらった若い料理番が、また深々と頭を下げた。

「ありがとうございます!」

お花が笑う。

「旦那様、今日は褒めてばかりですね」

「たまにはええやろ」

「はい。鳥羽の者たちも、かなり励みになったと思います」

博之は港の方を見た。

船の音がする。

まだ見ぬ南の港。

摂津の酒。

三河の布団。

紀州の炭と柑橘。

また新しい道が、かすかに見え始めていた。