軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奈良からきている僧と交流も兼ねて一緒に伊勢神宮に行きながら最近の悩みを話す。寺社に安い布団やまくらを冬に向けて少しずつ寄進することを相談する

奈良から定期的に来ている僧たちと、博之が久しぶりにゆっくり話す機会ができた。

いつもなら、奈良と松坂の間で、炊き出しや読み書き、寺社への寄進、

物資のやり取りについて、定期的に話はしている。だが、ここしばらく博之は、尾張、熱田、瀬戸、

堺、京都、うなぎ、穴子、話家会、料理札と、あまりにも立て込んでいた。

「すみません。最近、ちょっと顔を出せてませんでした」

博之が頭を下げると、奈良の僧は笑った。

「伊勢松坂屋殿は、もうあちこちから呼ばれておられるでしょう。

こちらこそ、こうして時間を取っていただけるだけでありがたいです」

「せっかくなので、伊勢神宮まで一緒に行きませんか。私もちょっと息抜きしたいですし」

「それはありがたい」

そうして博之は、奈良の僧たちを連れて伊勢神宮へ向かった。

道中、初めて伊勢へ来た若い僧たちは、ずっと周囲を見ていた。

参拝客の流れ。

門前の賑わい。

茶屋や土産物。

伊勢松坂屋の小さな店。

炊き出しの横で、子どもが字を習っている光景。

それらを見て、若い僧の一人が小さく呟いた。

「……これは、気持ちが変わりますな」

「そうですか」

「はい。伊勢神宮へ参る、ということ自体に力があるのはもちろんですが、その周りで人が休み、

飯を食べ、土産を買い、また誰かに話して帰る。こういう流れを見ると、寺社のあり方を

考えさせられます」

別の僧も頷いた。

「松坂郊外の和尚様とも話しました。お金がなく、炊き出しどころか、寺の維持にも困る寺は

多いと聞きました。その中で、我らがどれほど恵まれているか、よく分かりました」

博之は少し照れたように笑った。

「いや、うちもできる範囲でやってるだけです」

「その“できる範囲”が大きいのです」

僧はそう言って、伊勢松坂屋の市を見た。

「奈良でも、少しずつ染み込んできています。伊勢松坂屋が、寺社や町の周りで催しを作り、

炊き出しをし、名産品を売り、その銭がまた寄進になる。そういう回し方です」

「ああ、そうですか」

「はい。ただ米を配るだけではない。人が来る理由を作る。寺社に顔を出す理由を作る。

そういうやり方は、奈良の寺でも話題になっています」

博之は少し頷いた。

「奈良のお坊さんたちが、いろんな本を持ってきてくれてるとも聞いてます。

あれはありがたいです。うちの者も、知識欲が刺激されてると思います」

「旅など、そう簡単にできませんからな」

「そうなんです。だから、外の話や本があるだけで、かなり違う」

話は自然と、尾張での出来事へ移った。

博之は少し間を置いてから、信長とのやり取りを話した。

話家会のこと。

炊き出しのこと。

土地の飯を聞いて、一緒に作るという考え。

それが、東美濃への調略に使えるのではないかと言われたこと。

「理屈は分かるんです」

博之は言った。

「でも、ちょっと嫌になったんです。こっちは、飯を出して、人が笑って、寺社に銭が回って、

地域が少し元気になればいいと思ってやってる。でも、それが戦や調略の道具として見られると、

なんか冷めるんです」

奈良の僧たちは、黙って聞いていた。

「もちろん、戦国の大名ですから、信長公がそう見るのは当然かもしれません。けれど、

私は飯屋です。話家会も、元は買い付け係の話をみんなで楽しむために始めたものですし」

「飯屋だからこそ、できることもありますな」

年配の僧が静かに言った。

「そうなんですかね」

「ええ。戦をする者が炊き出しをすれば、どうしても先が見えます。どちらへ寄れ、

どちらへ従え、という匂いが出る。けれど、飯屋が出す飯は、まず腹に届く」

博之は、少しだけ目を伏せた。

「だからこそ、私はそっちへ行きすぎたくないんです」

「その感覚は大事だと思います」

僧は頷いた。

その後、博之は、今考えている仕組みの話もした。

「料理札を作ろうと思ってます。うなぎの開き方、穴子の天ぷら、海鮮焼き、豚汁、

肉あん。私がいなくなっても、ある程度同じ味で回せるように」

「それは良いことです」

「あと、焼印ですね。料理検定みたいなものを作って、この者はうなぎができる、

この者は穴子ができる、と分かるようにする。料理頭も育てたい」

「大きな店になれば、人を育てる仕組みが要りますからな」

「そこは何となく見えてきました」

博之は少し考え込んだ。

「ただ、食のことは思いつくんです。けど、衣食住で言うたら、衣と住が弱いなと。

あと、三大欲求で言えば、寝ることですかね」

「寝ること」

「はい。飯を食っても、寝る場所が悪かったら、人は戻らない。

布団とか枕とか、そういうものの支援もした方がいいんかなと」

その言葉に、奈良の僧たちは顔を見合わせた。

そして、年配の僧がゆっくり頷いた。

「それは、地味に効きます」

「やっぱりそうですか」

「特に冬は効きます。炊き出しに来る者の中には、布団が満足にない者もおります。

藁の上に薄い布だけで寝る者、枕もなく、荷物を丸めて頭を置く者、

子どもを抱えて震えている母親もおります」

博之は黙った。

「飯はその場で助かります。しかし、夜に冷えて体を壊す者も多い。布団と枕は、命をつなぐものです」

「高級なものではなくても、ですか」

「もちろんです。高級な布団は、買いたい者に買わせればよい。ですが、最低限の敷物、

掛けるもの、枕。それだけでも違います」

博之は、少しずつ考えを口にした。

「全部は無理です。けど、伊勢、尾張、三河あたりで、安い布団や古布、枕を見繕って、

寺社に寄進する。そこから、幼い子、老人、病人、子連れを優先して、少しずつ渡す」

「それがよいと思います」

「でも、ただ配るだけやと、施しに見えてしまいますよね」

博之がそう言うと、僧は少し笑った。

「旦那様らしい考え方ですな」

「いや、飯でも同じなんです。もらうだけやと、誇りが削れることがある。だから、

できるなら一緒にやりたい」

「ならば、寺の掃除、炊き出しの手伝い、薪割り、布団干し、子どもの世話。

そういう仕事と組み合わせるのがよいでしょう」

「住み込みもありですかね」

「ありです。寺の使っていない部屋や、古い建物を直して、雑魚寝できる場所を作る。

そこに一時的に住み、働ける者は炊き出しや掃除を手伝う。働き口が見つかれば、

伊勢松坂屋の拠点へ回す」

博之は大きく頷いた。

「それ、いいですね。家を建てるんじゃなくて、空いてるところを借りる。

寺の部屋、古い家、倉の横。それを少し直して、寝られる場所にする」

「ただし、男女は分けた方がよいです」

「それは絶対ですね」

「子どもと女衆の場所は、お花殿のような方に見てもらう必要があるでしょう」

「はい。そこを雑にしたら終わります」

話は、どんどん具体的になっていった。

布団や枕は寺社に預ける。

寺が帳面をつける。

誰に渡したか、誰がまだかを記録する。

全部くじ引きではなく、幼い子、老人、病人を優先する。

残りは順番札やくじで決める。

外れた者にも、手ぬぐい、枕布、敷物の端切れなどを渡す。

住み込みの者には、掃除や炊き出しを手伝ってもらう。

働ける者は、伊勢松坂屋の拠点で試す。

「飯から寝床へ、寝床から仕事へ、ですか」

僧の一人が言った。

博之は小さく笑った。

「また何屋か分からんようになりますね」

「飯屋でしょう」

年配の僧が言った。

「飯を食べた者が、どこで寝て、どう働くかを考える飯屋です」

「それ、飯屋ですか」

「少なくとも、旦那様らしい飯屋です」

博之は少し照れたように笑った。

「でも、こういう話をしてる方が、気持ちは楽です。戦や調略より、ずっと」

「それは大事です」

僧は静かに言った。

「旦那様が嫌な方へばかり引っ張られれば、飯も濁ります。こうして、自分がやりたい

支援の形を考えることは、必要な息抜きでもあります」

伊勢神宮へ着いた一行は、静かに参拝した。

若い僧たちは、門前の賑わいと、祈りの静けさの両方に圧倒されていた。

帰り道、博之はぽつりと言った。

「布団と枕、少しやってみましょうか」

「よいと思います」

「ただし、仕組みにしないと揉めますね」

「ええ」

「寺の帳面、優先順位、住み込みの手伝い、仕事への紹介。そこまで考えます」

年配の僧は、穏やかに笑った。

「飯だけでなく、眠れる場所まで考えてくださるなら、救われる者は多いでしょう」

博之は少し肩をすくめた。

「救うなんて大きなことは言えません。目の前の人が、少しでもましに寝られたらいいな、くらいです」

「それで十分です」

僧は言った。

「十分、大きなことです」

伊勢の道を歩きながら、博之は久しぶりに、自分の足元へ戻ってきた気がしていた。

飯を出す。

話を聞く。

寺社に寄進する。

寝る場所を整える。

働ける者に仕事をつなぐ。

それは、戦の道具ではない。

暮らしを少し支えるための道だった。

博之は小さく呟いた。

「やっぱり、こっちの方がええな」

僧たちは何も言わず、ただ静かに頷いた。