軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢神宮参拝後に松坂に戻り奈良のお坊さんを交えて布団と枕の寄進の形について考える。揉めたらやめるで!

奈良の僧たちと一緒に伊勢神宮へ向かった博之は、参拝を済ませたあと、

門前に出ている伊勢松坂屋の店や催し物を一通り見て回った。

茶屋、肉あん、海鮮焼き、土産物の小さな市、読み書きの場、炊き出しの場所。

それぞれに人がついている。忙しそうではあるが、乱れてはいない。列の流れも悪くない。

子どもが走りすぎると女衆がやんわり止め、年寄りには座る場所を案内している。

「……まあ、特に問題なさそうやな」

博之がそう呟くと、横にいたヨイチが頷いた。

「はい。伊勢神宮前は、だいぶ安定してきています」

ただ、店を任されている者たちは少し緊張していた。

久しぶりに旦那様が見に来た。

そういう空気が、あちこちで伝わる。

「旦那様、お疲れ様でございます!」

「お、おう。普通でええぞ」

「はい!」

普通でええと言われても、普段より動きが固い。皿を出す手も、少しだけ早い。

火加減を見ている料理番など、博之が近づくだけで背筋を伸ばした。

それでも、人の流れは止まらなかった。

参拝客は茶を飲み、海鮮焼きを買い、子どもは小物を見ている。伊勢松坂屋の店は、

すでに門前の一部として溶け込み始めていた。

その中で、何人かの客が博之に気づいた。

「あれ、旦那様ちゃうか」

「伊勢松坂屋の旦那や」

「ほんまや。前に炊き出しのとこで見た」

小さなざわめきが起きる。

博之は、それを聞いて少し口元を緩めた。

「だいぶ顔が知れてきたな」

にやりと笑う。

その瞬間、ヨイチが少しだけ距離を取った。

「旦那様、ちょっと気持ち悪いです」

「なんでや」

お花も横から静かに言う。

「今の笑い方は、よくありません」

「二人してひどいな」

「有名になって嬉しいのは分かりますが、にやにやしすぎです」

「ええやんけ。悪い噂やなくて、ええ噂で顔知れてるんやから」

「それを口に出さなければ、いい旦那様です」

「またそれか」

奈良の僧たちは、そのやり取りを見て笑っていた。

「伊勢松坂屋殿は、こういう空気で回っているのですな」

「まあ、だいたいこんな感じです」

博之は少し恥ずかしそうに頭をかいた。

その日は伊勢神宮前の様子を一通り見て、催し物や炊き出しにも大きな問題がないことを確認した。

奈良の僧たちも、伊勢神宮の人の流れ、門前の賑わい、そして伊勢松坂屋がそこに自然に

入り込んでいる様子を見て、何度も感心していた。

松坂へ戻る道中、博之は少し考え込んでいた。

そして屋敷に戻ると、ヨイチ、お花、奈良の僧たちを交えて話を始めた。

「布団と枕の話やけどな」

ヨイチがすぐに帳面を開く。

「はい」

「半月に一拠点一万文くらいで買おうかと思う」

「全拠点ですか」

「そう。だいたい三十拠点として、半月で三十万文やな」

ヨイチの筆が止まった。

「大きいですね」

「大きいけど、冬までにある程度揃えたい」

博之は指を折りながら言った。

「今が七月の三週目から八月頭の締めやろ。七月、八月、九月、十月、十一月。

十二月までに何回か回せる。

半月ごとに三十万文なら、そこそこの数は買えるはずや」

「高級布団ではなく」

「もちろんや」

博之はすぐに答えた。

「高い布団を何枚か買ってもしゃあない。雑魚寝用の敷物、安い布団、藁布団、枕、枕布、

古布。年寄りや子ども向けには少しええものを混ぜる。それぐらいやな」

奈良の僧が頷いた。

「それでも、かなり助かると思います」

「ただ、一気に買いすぎると、布団や古布の値が上がるかもしれん」

夜市が言う。

「はい。物流の需給を壊す可能性があります」

「だから、半月一万文ずつや。拠点ごとに少しずつ買う。地元で買えるものは地元で買う。

足りないところは、伊勢や尾張、三河あたりから回す」

「分散購入ですね」

「そうや。買い占めみたいになったら本意じゃない」

お花が少し心配そうに言った。

「配り方はどうしますか。布団は飯より揉めますよ」

「そこなんよ」

博之は腕を組んだ。

「飯は食ったら終わりやけど、布団は残る。誰がもろた、誰がもろてないで揉める。

だから、揉め事は寺に任せたい」

奈良の僧が静かに頷いた。

「帳面をつける形がよいでしょう」

「はい。誰に渡したか、どういう理由で優先したか、次に誰へ回すか。そこはお寺さんで

記録してほしいです」

「年寄り、病人、幼い子、子連れを優先する形ですね」

「そうです」

博之は続けた。

「それでも残りはくじ引きでもええ。けど、全部くじにすると、ほんまに困ってる人に

行かんかもしれん。だから優先順位はつける。外れた人にも、枕布とか手ぬぐいとか、

何か小さいものは渡せるようにする」

「よいと思います」

「それと、ただ受け取るだけやと、どうしても施しに見える」

博之は少し考えながら言った。

「だから、受け取った人には、できる範囲で手伝ってもらう。寺の掃除、炊き出しの手伝い、

薪を拾う、布団を干す、古布を直す。労働の対価というほど堅くはないけど、“一緒にやってる”

形にしたい」

奈良の僧の表情が少し明るくなった。

「それは大事です。ただもらうだけより、ずっと受け取りやすい者もいるでしょう」

「ですよね」

お花も頷いた。

「女衆や子どもの場所は、男衆とは分けてください」

「そこは絶対や」

博之は真顔で言った。

「雑魚寝所を作るにしても、男女一緒はあかん。子どもや女衆の場所は、

寺と女衆まとめで見てもらう。男衆は男衆で分ける。病人も別にする必要があるかもしれん」

夜市が書き込んでいく。

「寺社帳面管理。優先、老人、病人、幼子、子連れ。男女別。女衆管理。受け取り後は掃除、

炊き出し、薪拾い、布団干しなどの手伝い」

「あと、空いてる部屋や寺の一角があれば、雑魚寝できるように直すのもありやな」

博之は奈良の僧を見た。

「もし改修が必要なら、見積もりをください。全部出せるとは言いませんけど、支援の形は考えます」

「ありがたいことです」

「ただし」

博之はそこで少し声を強めた。

「揉めたらやめます」

場が少し静かになった。

「揉めるために買うんやない。布団が原因で寺の中や町の中が険悪になるなら、本意じゃない。

だから、揉め事が出たら一旦止める。配り方を変える。場合によってはその拠点ではやらん」

お花が静かに頷いた。

「それは徹底した方がいいです」

「うん。みんなにも言う。揉めたらやらん。揉めるくらいなら、銭があってもやらん。

支援のつもりで揉める種をまくのは違う」

夜市は、帳面に大きく書いた。

揉めたら止める。

博之はそれを見て頷いた。

「あと、働く気力がある人は、うちで雇ってもええと思う。最初は掃除からでもいい。

薪運び、炊き出し手伝い、布団干し、洗い場。見習いみたいな形でな」

「住み込みも考えますか」

「考える。ただし、いきなり店に入れるのは怖い。寺で様子を見て、

ちゃんと続けられそうなら拠点に回す」

「職業斡旋ですね」

「難しい言い方するな。飯食って、寝る場所があって、働けそうなら仕事を渡す。それだけや」

奈良の僧が、穏やかに笑った。

「それだけ、とおっしゃいますが、それができる場所は多くありません」

博之は少し照れたように頭をかいた。

「まあ、できる範囲でです」

お花が横から言った。

「旦那様、これはいいことだと思いますよ」

博之は少し驚いた顔をした。

「珍しく素直に褒めるやん」

「いつも褒めています」

「そうか?」

「にやにやしている時は止めているだけです」

ヨイチも静かに言う。

「今回の話は、飯屋の延長として筋が通っています。炊き出し、寝具、寝床、仕事。

冬前に整える意味もあります」

奈良の僧も頷いた。

「冬は、飯だけでは越せません。寝るものがあるだけで、助かる者は多いでしょう」

博之は、少しだけ黙った。

信長とのやり取りで、自分の飯や炊き出しが戦の道具として見られたことが、

まだ胸に引っかかっていた。

だが、今話していることは違う。

誰かを揺らすためではない。

誰かを従わせるためでもない。

寒い床で寝る者を少し減らすため。

子どもや年寄りが、冬に震えずに済むようにするため。

働ける者が、また立ち上がれるようにするため。

「こういうことをやりたいんやと思う」

博之はぽつりと言った。

「飯食わせて終わりやなくて、寝るもんがあって、ちょっと働けて、また笑えるようになる。

そういうのがええ」

お花が優しく言った。

「旦那様は、いいことをしていますよ」

その言葉に、博之は少しだけ目を伏せた。

「そう言われると、ちょっと救われるな」

「本当にそう思っています」

ヨイチも、帳面を閉じながら言った。

「では、次の半月締めから、全拠点一万文。冬支度寄進として寝具購入枠を作ります」

「名前、それでええな」

「冬支度寄進」

「うん。飯だけでは冬は越せん。寝るもんもいる」

奈良の僧が手を合わせた。

「多くの者が助かるでしょう」

「助かるとええな」

博之は静かに頷いた。

「ただし、揉めたら止める。そこだけは徹底で」

「はい」

全員が頷いた。

伊勢神宮で人の流れを見て、松坂で布団と枕の話を決める。

派手な新商品ではない。

だが、冬を越すためには、きっと必要な一手だった。

博之は少しだけ肩の力を抜き、茶をすすった。

「しかし、飯屋が布団まで買うか」

お花がすぐに返した。

「今さらです」

「今さらか」

「はい」

座敷に笑いが広がった。

けれど、その笑いは軽く、温かかった。