作品タイトル不明
博之44才7月3週目。3億7,670万文→4億1,122万文。博之が色々企画するから費用計上あるがそれ以上に儲かるwww
「旦那様、ここらで一回、締めておきましょう」
ヨイチが帳面を抱えて、そう言った。
博之は畳の上でごろごろしていたが、その言葉に少しだけ顔をしかめた。
「締めるって、帳簿か」
「はい」
「嫌やなあ」
「嫌でも見ます」
「最近、数字がでかすぎて怖いねん」
「怖いのは分かりますが、見ない方がもっと怖いです」
お花が横で茶を置きながら笑った。
「旦那様、うなぎだ穴子だ話家会だふくふく焼きだと、どんどん増やしてますからね」
「増やしたくて増やしてるわけやない」
「毎回それ言ってます」
博之は言い返せず、渋々起き上がった。
ヨイチは、今回はかなり分厚い帳面を広げた。
「今回は、全拠点を一度洗い出しました」
「全部か」
「はい。松坂、伊勢、津、伊賀、北伊勢、熱田、津島、瀬戸、京都郊外、京都中心部、堺郊外、
堺港、奈良、大和、近江、その他小拠点も含めて見ました」
「聞くだけで疲れるな」
「実際、集計する側も疲れました」
ヨイチは淡々と言った。
「まず、うなぎです。松坂、伊勢、津、伊賀で職人を育てながら、少しずつ出しています。
特に伊賀の山間部では、川魚を使える高単価の飯として立ち上がっています」
「伊賀、そんなにええんか」
「はい。山間部では、海鮮焼きやマグロ汁が使いづらい分、うなぎの価値が高いです。
湯浴みや座敷まではまだ小さいですが、うなぎを食べられるというだけで、かなり人が来ています」
「ええことやないか」
「ええことです」
ヨイチは続けた。
「穴子も、海沿いで少しずつ試しています。九鬼水軍向け、堺港、津島・常滑方面。
まだ職人育成中ですが、穴子天丼は見た目が強いので、十分見込みがあります」
「うなぎと穴子、両方育てなあかんか」
「はい」
「ほんま、何屋なんやろな」
「飯屋です」
お花が即答した。
「便利な言葉やな、それ」
ヨイチは帳面の本題へ入った。
「それで、拠点利益です」
博之は少し身構えた。
「拠点だけで、二千四百七万文です」
「……二千四百七万文?」
「はい。拠点だけで、です」
博之は、しばらく黙った。
「なんか、とんでもないことになってないか」
「とんでもないことになっています」
ヨイチは平然と答えた。
「特に、うなぎを始めた拠点が強いです。松坂、伊勢、津、伊賀。このあたりがかなり
押し上げています」
「高単価やからな」
「はい。しかも数を絞っているため、安売りになっていません。
職人育成の費用や湯浴みの整備費も引いていますが、それでも十分に利益が出ています」
「伊賀でうなぎが立ち上がったのはでかいな」
「はい。山間部で高単価の飯が立つのは大きいです」
ただし、全部が黒字ではなかった。
ヨイチは別の紙を出した。
「京都は、中心部に一軒入れました。肉あん屋です」
「ようやくやな」
「はい。ただ、京都の中心部へ入ったことで、寄進や挨拶、場所代、周辺への配慮に使う
銭が増えました。以前はぎりぎり黒字でしたが、今回は赤字です」
「まあ、しゃあないな」
博之はすぐに言った。
「京都は顔つなぎや。最初から黒を出す方が怖い」
「そう言っていただけると思っていました」
「京都は、急いだらあかん」
「はい」
ヨイチは頷き、次を示した。
「堺も同じです。郊外だけだったところから、港の方へ少し入り始めました。雑魚や下魚を買い、
揚げ物やつみれ汁を出す動きです」
「それは良さそうやったな」
「良さそうです。ただ、港の漁師や寺社への筋を通すため、撒く銭が増えました。結果として、
今回は堺も赤字です」
「これもしゃあない。堺は港に入れたなら勝ちや」
「はい。京都と堺は、今は黒字より足場作りです」
「それでええ」
ヨイチは、少しだけ表情を和らげた。
「それ以外は、ほぼ全部プラスです」
「おお」
「特に、既存の松坂、伊勢、伊賀、津島、瀬戸、熱田周辺は強いです。
熱田はまだ大きくはありませんが、肉あん、蜂蜜柚子湯、常設市が少しずつ伸びています」
「寝転び処は?」
「まだ弱いです」
「やっぱりか」
「ただ、うなぎ屋と湯浴みが本格化すれば変わると思います」
「そこやな」
博之は腕を組んだ。
「で、買い付けは?」
ヨイチは次の帳面を開いた。
「買い付け利益が一千七十五万文です」
「相変わらずでかいな」
「瀬戸物、信楽焼、常滑焼、伊勢小物、干物、雑貨、布団。このあたりが回っています。
京都と堺に撒く分が増えたので、多少調整していますが、それでも強いです」
「遊び代は?」
「半月ごとの遊び代、三十万文を引きます」
「忘れたいけど、忘れられんな」
「忘れてはいけません」
ヨイチは筆で計算した。
「買い付け利益一千七十五万文から、遊び代三十万文を引いて、一千四十五万文」
「うん」
「拠点利益二千四百七万文に足します」
「うん」
「合計、三千四百五十二万文です」
博之は、ゆっくり繰り返した。
「今回だけで、三千四百五十二万文」
「はい」
「もう桁が分からん」
「分かってください」
「で、前期はいくらやったっけ」
「三億七千六百七十七万文です」
「そんなあったか」
「ありました」
「それに三千四百五十二万文足したら」
ヨイチは、すでに答えを書いていた。
「四億一千百二十九万文です」
博之は固まった。
「四億……」
「はい」
「四億文ぐらいあるって思っとけばええな」
ヨイチの目が少し鋭くなった。
「千百二十九万文を消さないでください」
「いや、もう四億でええやろ」
「よくありません」
「ざっくりや。私の頭の中では四億文」
「帳面上は四億一千百二十九万文です」
「ヨイチ、細かいなあ」
「細かくないと帳面係は務まりません」
お花が笑った。
「旦那様、千百二十九万文を“ぐらい”で済ませるのはさすがに雑です」
「桁が大きすぎるんや」
「旦那様が大きくしたんです」
「それを言われると弱い」
博之は畳に突っ伏した。
それでも、数字は大きかった。
四億文。
それだけの銭が、伊勢松坂屋の中を回っている。
飯屋と言い張るには、あまりにも大きい。
だが、やることは変わらない。
飯を出す。
人を雇う。
市を立てる。
寺社に筋を通す。
炊き出しをする。
職人を育てる。
「まあ、銭が増えても、やることは変わらんな」
博之が言うと、ヨイチは頷いた。
「はい。ただし、ふくふく焼きの試作が始まれば、また別で費用がかかります」
「そうやな」
博之は少し顔を上げた。
「小豆、砂糖、鉄板、焼き型、餡子作り、茶との組み合わせ。そこらへんの費用は別で引かんとな」
「はい。特に焼き型や鉄板代は、まだきちんと全体に入っていません」
「やっぱりな」
博之はヨイチを見た。
「これ、多分、鉄板代とかちゃんと引いてないやろ」
ヨイチは少しだけ目を逸らした。
「一応、各地に撒く代金や立ち上げ費として余剰で引いています」
「ざっくりやん」
「ですが、引いていてもこの数字です」
「まあ、そこは分かる」
博之は腕を組んだ。
「どっかのタイミングで、一千万文ぐらいバーンと引いたらええんちゃうか」
ヨイチが深いため息をついた。
「ざっくりですね」
「設備準備金や。ふくふく焼き、うなぎ、穴子、湯浴み、二階席、話家会、全部まとめて
一千万文引いとく」
「気持ちは分かりますが、何に使ったかは分けたいです」
「ヨイチは真面目やな」
「旦那様が雑すぎるんです」
お花が横から言った。
「でも、一千万文を準備金として置くのはありかもしれませんね」
「お花さんまで」
「旦那様はすぐ新しいことを始めますから。最初から“旦那様がまた何か言い出す金”として
置いておいた方が、ヨイチさんも楽では?」
ヨイチは少し考え込んだ。
「……確かに、特別準備金として置くのはありです」
「ほら」
博之が少し得意げになる。
「ただし、名前は“旦那様思いつき金”ではなく、“新規事業準備金”にします」
「思いつき金でもええやん」
「駄目です」
「厳しい」
ヨイチは帳面に新しい欄を作った。
「次期以降、新規事業準備金として一千万文を仮置き。内訳は、ふくふく焼き、鉄板、焼き型、
小豆、砂糖、うなぎ職人育成、穴子職人育成、湯浴み整備、話家会管理費」
「多いな」
「旦那様が増やしたものです」
「それを言われると弱い」
それでも、博之の顔は少し明るかった。
京都は赤字。
堺も赤字。
だが、赤字の理由は、足場を作るためだった。
伊賀のうなぎは立ち上がった。
穴子も海沿いで芽が出ている。
瀬戸物の買い付けも強い。
遊び金からも、流しそうめんや西瓜割りのような種が出ている。
そして、ふくふく焼きも始まる。
「四億文か」
博之は小さく呟いた。
「なんか、怖いな」
ヨイチが静かに言った。
「怖がるくらいでちょうどいいです」
「そうか」
「はい。銭があるから何でもできると思うと危険です。でも、銭があるから守れるものもあります」
お花も頷いた。
「従業員の飯と寝床。炊き出し。寄進。職人育成。そういうものは、銭があるから続けられます」
「そうやな」
博之は少し真面目な顔になった。
「金は寝かせるだけやなく、回す。けど、流されすぎんようにする」
「それが大事です」
夜市は帳面を閉じた。
「今回の締めは、四億一千百二十九万文。次期から新規事業準備金を設定。
京都と堺は赤字でも足場作り。うなぎと穴子は職人育成を継続。ふくふく焼きは別枠で管理」
「よし」
博之は大きく息を吐いた。
「なんか、締めたら余計に仕事増えた気がする」
お花が笑った。
「締めたから見えただけです」
「見えない方が幸せやったかもしれん」
ヨイチが即答した。
「見ないと潰れます」
「はい」
博之は素直に頷いた。
四億文。
大きすぎる数字だった。
だが、伊勢松坂屋は、その数字の上で浮かれているだけの店ではない。
飯を作り、人を雇い、土地に入り、寺社に筋を通し、職人を育て、時には遊びまで銭に変える。
そのすべてが、また次の飯の道につながっていく。
博之は畳に寝転がりながら、ぽつりと言った。
「とりあえず、ふくふく焼きやな」
お花がすぐに言う。
「まずは鉄板代からですね」
ヨイチも続ける。
「小豆と砂糖の仕入れもです」
博之は目を閉じた。
「やっぱり仕事増えとるやないか」
座敷に、いつもの笑いが広がった。