軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

堺の郊外でまとめ役と和尚さんが話している。魚が扱えればとぼやくまとめ役に漁場へ行くよう促す。流れで屋台をすると受け入れられそう

堺の郊外で、伊勢松坂屋のまとめ役は、寺の和尚と並んで歩いていた。

京都ほどではないにしても、堺もまた難しい土地だった。

商人の町である。

港があり、銭があり、人が集まり、品が動く。だが、その分だけ古い商人たちのつながりも強い。

外から来た飯屋が、いきなり良い場所を取り、良い魚を仕入れ、店を広げるような真似はできない。

「魚が仕入れられたら、また状況が変わるんですけどねえ」

まとめ役は、半分ぼやくように言った。

和尚さんは、少し笑った。

「堺は難しいですぞ。魚も、良いものは町の商人や店が押さえております。取れたとしても、

下魚や雑魚、売り物になりにくいものが多いでしょうな」

「それでもいいんです」

まとめ役は、すぐに答えた。

「下魚でも、作れるものがあります。小魚なら揚げてもいい。骨ごと食べられるようにしてもいい。

タコやイカがあれば、それも使えます。鯛みたいな立派なものじゃなくても、サバでも、雑魚でも、

魚の出汁が取れるものなら活路はあります」

和尚さんは、少し感心したように頷いた。

「さすが伊勢松坂屋さんですな。普通は下魚と言われると嫌がりますが」

「うちは、余り物や捨てられるものから飯を作るのに慣れていますから」

まとめ役は苦笑した。

「伊勢でも、港ごとにいろいろやってきました。良い魚だけで商売しようとすると、

すぐ詰まります。むしろ、他の人が見向きしない魚をどう食えるものにするか、そこが大事なんです」

和尚さんは、少し考えてから言った。

「ならば、一度、近くの漁場へ行ってみなはれ」

「よろしいので?」

「ええ。私の名前を出してよいです。伊勢松坂屋さんは、こちらの郊外で炊き出しもしておりますし、

読み書きの場も少しずつ作っている。すぐに信用されるとは言いませんが、“和尚に聞いて来た”と

言えば、話くらいは聞いてくれるかもしれません」

「ありがとうございます」

まとめ役は深く頭を下げた。

その日のうちに、まとめ役は数人を連れて、堺近くの漁場へ向かった。

漁師たちは、最初からあまり期待していない顔だった。

「魚を買いたい?」

「はい」

「町へ出すような魚は、もう決まった先があるで」

「承知しています」

「ええ魚は無理や。鯛も、上物のサバも、タコもイカも、先に持って行かれる」

「では、雑魚はありますか」

その言葉に、漁師たちは顔を見合わせた。

「雑魚?」

「はい。小魚でも、形の悪い魚でも、町で売りにくいものでも構いません」

一人の漁師が、思わず笑った。

「おいおい、雑魚を買うんか」

「はい。値は払います」

「そんなもん、猫か鳥にやるか、干して安く売るくらいやぞ」

「それでもいいんです」

まとめ役は真面目だった。

「うちでは、そういう魚で作る飯があります。揚げたり、汁にしたり、つみれにしたりできます」

「つみれ?」

「魚を叩いて、すり身にして、丸めて汁に入れるんです。揚げてもいい」

漁師たちは、また笑った。

「そんなもん、うまいんか」

「うまいです」

まとめ役は言い切った。

「魚のすり身を挙げたものは伊勢神宮の方でも出している、うちの名物の一つです」

その言葉で、笑っていた漁師たちの顔が少し変わった。

「伊勢神宮?」

「はい」

「伊勢神宮で、雑魚を使った飯を売っとるんか」

「雑魚と言うと聞こえは悪いですが、魚の味はあります。手をかければ、ちゃんと飯になります」

「ほんまかいな」

「よければ、少し買わせてください。こちらで作ってみせます」

漁師たちは半信半疑だったが、売り物になりにくい魚なら失っても惜しくはない。

まとめ役は、いくつかの魚を買い取り、港の端に簡易の屋台を出した。

まずは小魚を洗い、内臓を取り、塩を振る。

粉を薄くまぶして、油で揚げる。

じゅわっと音がして、香ばしい匂いが広がった。

次に、身の柔らかい魚を叩き、少し味噌を混ぜ、丸めて汁に落とす。

湯気とともに、魚の出汁が立つ。

さらに、骨の多い魚は丁寧に火を入れ、身をほぐし、飯に混ぜる。

漁師たちは、最初は笑って見ていた。

だが、匂いが変わると、少しずつ近づいてきた。

「……なんや、ええ匂いやな」

「これ、さっきの雑魚か」

「ほんまに飯になっとる」

まとめ役は、小皿に揚げた魚のすり身を乗せて出した。

「まず、これをどうぞ」

漁師の一人が、恐る恐る口に入れる。

ぱりっとした食感。

中には魚の旨味がある。

「……うまいやんけ」

別の者が、つみれ汁をすすった。

「こっちもええな。魚の味が出とる」

「これ、どうやって作ってんねん」

「魚を叩いて、味噌を少し混ぜています。魚によって、混ぜるものや火の入れ方を変えます」

「伊勢神宮でも売ってるって、ほんまか」

「はい。形は違いますが、魚のすり身や、港で出る魚を使った飯は、伊勢の方ではよくやっています」

漁師たちは、今度は真剣な顔で見始めた。

雑魚だと思っていたものが、飯になる。

しかも、売れるかもしれない。

それは、漁師たちにとっても悪い話ではなかった。

「これ、もっとええ魚なら、もっとええもんできるんか」

一人が聞いた。

まとめ役は頷いた。

「もちろんです。ただ、良い魚だけに頼ると値が上がります。まずは、こちらで手に入るもので

作りたい。堺の港で無理なく続けられるものを探したいんです」

「なるほどな」

「タコやイカがあれば、それも試したいです。サバなら焼いても、煮ても、汁にもできます。

小魚は揚げる。身の柔らかい魚はすり身。骨が多い魚は出汁。使い方はいろいろあります」

「おもろいな」

漁師たちの空気が、少し変わった。

最初は外から来た飯屋を見る目だった。

今は、自分たちの魚に値をつけてくれる相手を見る目になっていた。

その日、港の端で出した小さな屋台は、思った以上に人を集めた。

漁師。

荷運び。

近くの子ども。

暇をしていた町人。

みな、揚げた小魚やつみれ汁を食べて、口々に言った。

「雑魚でも、こうしたら食えるんやな」

「飯に合う」

「酒にも合いそうや」

「もう少し濃い味でもええな」

「いや、汁はこのくらいがええ」

その反応を見ながら、まとめ役は手応えを感じていた。

堺の中心へいきなり入るのは難しい。

だが、港の端なら違う。

郊外で炊き出しをしてきたこと。

和尚の紹介があること。

売り物になりにくい魚を買い取ること。

それらが重なれば、少しずつ入れる隙間がある。

夕方、和尚さんのところへ戻ると、まとめ役は少し興奮した様子で報告した。

「和尚様、魚、いけるかもしれません」

和尚さんは笑った。

「雑魚で?」

「はい。雑魚で十分、飯になります。小魚の揚げ物、つみれ汁、魚飯。まずは港の方で

簡易の屋台として始められそうです」

「それはよろしい」

「しかも、漁師の方々も少し乗り気です。売り物になりにくい魚に値がつくなら、悪くないと」

和尚は、ゆっくり頷いた。

「そうなれば、横丁一つ、見えてくるかもしれませんな」

「はい」

まとめ役は、港の方を見た。

堺の商人たちは強い。

町の中に入り込むには、まだ時間がかかる。

だが、港の端に魚の屋台を出し、下魚を買い、すり身や揚げ物を作り、炊き出しと結びつける。

そこから、少しずつ人が集まれば、小さな横丁くらいは作れるかもしれない。

「状況が変わりそうです」

まとめ役は、静かに言った。

「堺の中へ正面から入るのではなく、港の端から飯で入る。伊勢松坂屋らしいやり方かもしれません」

和尚は笑った。

「良い魚を押さえられぬなら、誰も見向きせぬ魚から始める。博之殿らしいですな」

「旦那様なら、きっとそう言います」

まとめ役は少し笑った。

「下魚でも、飯になる。飯になれば、人が来る。人が来れば、市が立つ。市が立てば、道ができます」

堺の郊外に、まだ小さいが、確かな流れが生まれ始めていた。

魚の匂い。

揚げ油の音。

つみれ汁の湯気。

それは、堺の中心に入るための正面門ではない。

だが、伊勢松坂屋にとっては、十分な裏口になりそうだった。