作品タイトル不明
博之がごろごろしながら考えを古参衆に伝える。穴子もうなぎ同様に育てる。二階席も作る。話家を育てる催しをする。
博之は古参衆を集めると、いつものように畳の上でごろごろしながら言った。
「うなぎと穴子は、育てよう」
夜市が帳面を開き、お花が少し嫌な顔をする。
「旦那様が寝転びながら言う話は、だいたい大きくなります」
「大きくする気はない」
「今、“育てよう”って言いましたよ」
「育てるだけや」
博之は、悪びれもせず続けた。
「うなぎはうな重とうなぎ巻。これはもう強い。高くても売れる。問題は職人や。
ぬめり取って、開いて、骨外して、焼いて、蒸して、また焼いて、タレ塗る。
ここを覚えさせなあかん」
「はい」
ヨイチが頷く。
「穴子は?」
「穴子は、うなぎの真似をしたらあかん。蒸してふっくらさせて、
白焼きで酒のあて。で、本命は天ぷらや」
博之は手を上げた。
「横丁の天ぷら屋に渡す。野菜天を乗せて、その上に穴子の半身をどーんと乗せる。穴子天丼や」
料理番の一人が頷いた。
「見た目が強いです」
「そうやろ。うな重は蓋を開けた時の匂いと嬉しさ。穴子天丼は、見た目の迫力や」
「値段はどうします。
ヨイチが聞くと、博之は少し考えた。
「穴子は百五十文ぐらい取ってもええかな。うなぎは二百文やろ」
「穴子も二百文取れませんか」
「海辺なら取れるかもしれん」
博之は起き上がった。
「九鬼水軍から仕入れられるし、海沿いの拠点なら穴子は強い。けど、安売りはせん。
手間がかかる。蒸して、揚げて、つゆをくぐらせて、野菜天もつける。安くしたらあかん」
夜市は帳面に書き込む。
「うなぎ二百文。穴子天丼、百五十文から二百文。海沿い拠点中心」
「あと、二階席も作ってもええ」
お花が眉を上げる。
「また二階ですか」
「うん。うなぎだけやなくて、穴子でも使える。海辺で湯浴みして、潮風に当たって、
穴子天丼食って、ちょっと寝る。ええやん」
「旦那様がやりたいだけでは」
「ちょっとある」
「認めるの早いですね」
博之は笑った。
「うちは安い豚汁屋から始まった。けど、今は余裕がある。なら、滞在できる場所を作ってもええ。
湯浴み、飯、昼寝、近くの市で買い物。この流れや」
「熱田の形を、海辺にも応用するんですね」
「そう。高めの湯浴みも、うなぎのためだけやと重い。穴子にも使う。海鮮焼きにも使う。
酒席にも使う。使い回せばええ」
夜市が頷く。
「高単価の飯と、滞在時間を合わせるわけですね」
「そうや。飯だけやなくて、時間を売る」
博之はさらに続けた。
「常設の市も、徐々に増やす。大きな市は寺社の前や広場でええ。普段は小さく、物販の横に瀬戸物、
伊勢小物、干物、手ぬぐいを置く。飯を食って、湯浴みして、気分が良くなったら、何か買って帰る」
「下衆ですね」
お花が言う。
「商売や」
「下衆な商売ですね」
「でも、客も楽しいやろ」
「それは否定できません」
そこで博之は、少し声を変えた。
「もう一つ、考えてることがある」
ヨイチが警戒した。
「何ですか」
「話家を育てたい」
「……話家?」
お花が首をかしげる。
「飯と関係あります?」
「ある」
博之は即答した。
「蟹江の話でも、織田様の話でも分かったけど、情報には価値がある。
どこの町が荒れてる。どこに人が戻ってる。どこの寺社が怒ってる。どの道が通りやすい。
そういう話を集める人間がいる」
「それは分かります」
夜市が言う。
「でも、話家とは?」
「情報を集めるだけやなくて、面白く話せる人間や」
博之は指を折った。
「一つは町の流れを話すやつ。最近どこの市が賑わってるとか、どこで米が高いとか」
「はい」
「一つは面白い話。失敗談、変な客、笑える話」
「はい」
「夏なら怖い話もええ」
「怖い話ですか」
「ええやろ。暑い日に怖い話を聞く。涼しくなる」
「下品な話も入れる気でしょう」
お花が冷たい目で見る。
「……少しはな」
「やっぱり」
「でも、そういうのも場を作るんや」
博之は真面目に言った。
「宴会の余興でもええ。市の夕方でもええ。旅人が集まる場所でもええ。我こそはという者を四、
五人集めて、組を作る。順番に話させる」
ヨイチが少し興味を持った顔になった。
「評価はどうします」
「客に竹串を渡す」
「竹串?」
「入場料を払った客に、四本か五本の竹串を持たせる。面白かった話家の壺に入れる。
その本数に応じて、うちが銭を払う」
「なるほど」
夜市が筆を走らせる。
「客が直接評価する。話家は反応を見る。伊勢松坂屋は、誰が受けるか分かる」
「そうや」
博之は嬉しそうに頷いた。
「訓練にもなる。聞く側も、誰が面白いか判断できる。話す側も、どの話が受けるか分かる」
「入場料は?」
「四十文か五十文ぐらいか。飯や茶と組み合わせてもええ」
「高すぎると人が来ません。安すぎると場が荒れます」
「そこは調整やな」
お花も少し考える。
「でも、これは面白いですね。飯を食べながら話を聞く。怖い話の日、笑い話の日、旅の話の日、
下品な話の日」
「下品な話の日は分けた方がええな」
「分けないと女衆が怒ります」
「それは困る」
博之は素直に頷いた。
ヨイチが言った。
「年の瀬に、評判のよかった話家を集めて大きな場を任せるのもありですね」
「そうそう」
博之は身を乗り出した。
「一年で一番竹串を集めたやつに、大きな宴会の場を任せる。賞金を出す。
銭だけやなくてもええ。うなぎ券、湯浴み券、湯あみ、瀬戸物、旅の手形でもええ」
「旅をして話を集める者なら、現物支給も喜びますね」
「やろ」
「しかも、各地を回る話家が育てば、情報も入ります」
ヨイチの目が少し鋭くなった。
「どこで何が流行っているか。どこで不満が出ているか。どこの道が危ないか。
客の反応を話として持ってくる」
「飯屋の間者やないぞ」
博之が慌てて言う。
「分かっています。ですが、商いには必要です」
「そういうことや」
お花が笑った。
「旦那様、飯屋から興行主になりそうですね」
「やめてくれ。うちは飯屋や」
「もう誰も信じてません」
「ひどい」
だが、古参衆の反応は悪くなかった。
穴子は海辺の高単価商品として育てる。
うなぎは川筋と門前で育てる。
湯浴みと二階席は、滞在できる拠点として活用する。
常設市を増やす。
そして、話家を育てる。
飯と物と時間に、今度は「話」が加わる。
「戦が少ないから言えることやけどな」
博之は少しだけ真面目に言った。
「戦続きなら、話家どころやない。けど、今のうちに笑える場を作るのは大事やと思う」
ヨイチが頷く。
「人が笑う場所には、人が戻ります」
「飯と同じやな」
「はい」
お花が茶を置いた。
「でも旦那様、また仕事が増えましたね」
「まだ考えただけや」
「旦那様の“考えただけ”は、だいたい始まります」
「……それは否定できん」
古参集が笑った。
博之は畳に寝転がりながら、天井を見上げた。
うなぎ。
穴子。
湯浴み。
常設市。
話家。
どんどん豚汁から離れていく。
それでも、根っこは同じだった。
人を集める。
飯を食わせる。
笑わせる。
少し休ませる。
また明日も来ようと思わせる。
「まあ、ありやな」
博之が呟くと、ヨイチが筆を置いた。
「制度化するなら、また詰めます」
「怖いなあ」
「旦那様が言い出したことです」
「それを言われると弱い」
座敷には、いつものように笑いが広がった。