作品タイトル不明
第一回話家会をする。情報系は需要あるしためになるなと。下世話系は盛り上がったが女衆に冷たい目で見られてしんどいwww
第一回の「話家会」は、伊勢松坂屋の本店で試すことになった。
博之は、畳に転がりながら言った。
「いきなり外でやるより、まず本店でええやろ」
ヨイチが帳面を開く。
「誰に話させますか」
「買い付け係やな」
「買い付け係ですか」
「そう。あいつら、いろんな国を回っとるやろ。大和、堺、京都、近江、尾張、伊勢、
北伊勢。普通の店の者より、よっぽど見てるものが多い」
お花が少し考える。
「確かに、買い付け係は話の種を持っていますね」
「せやろ。最初から話芸を求めるんやなくて、まず“見てきた話”をしてもらう」
第一回は五人。
大和を回った者。
信楽焼や近江の方を見た者。
堺の商人と話した者。
京都郊外の市を見た者。
尾張や熱田、瀬戸を回った者。
それぞれに、持ち時間を与える。
客は一人五十文。
入る時に竹串を五本渡される。
面白いと思った話家の壺に、竹串を入れる。
一人一回、一本ずつでもいいし、気に入った者に何本も入れてもいい。
最後に竹串の数を数え、その分だけ伊勢松坂屋が話した者へ銭を出す。
「これ、投げ銭みたいなもんやな」
博之が言うと、夜市が頷いた。
「分かりやすいです。客の反応も見えます」
「五十人入ったら、五十文で二千五百文か」
「はい。竹串は一人五本なので、合計二百五十本。仮に一本十文で評価すると、最大で一人五百文ほど
入る計算です」
買い付け係の一人が、目を丸くした。
「一回の話で五百文ですか」
「うまくいけばな」
「私らの日当より高いじゃないですか」
「だから頑張れ」
「急に緊張します」
当日、本店の座敷には思った以上に人が入った。
従業員、近所の常連、買い付けに興味のある者、暇を持て余した客。五十人ほどで
座敷はいっぱいになった。
最初に話したのは、大和を回った買い付け係だった。
「ええ、私は大和の方へ行っておりまして、葛を見てきました」
声は硬い。
話し慣れていないのが分かる。
それでも、客たちは意外と真剣に聞いていた。
「葛というのは、ただ粉にすればええというものではなく、手間がかかります。水にさらし、
沈ませ、また水を替え……」
「そんなに手間かかるんか」
「葛餅が高いわけやな」
客の反応が返ってくると、話す方も少しずつ楽になっていった。
次は、近江と信楽を回った者だった。
「信楽焼は、やっぱり土が違います。瀬戸物のような繊細さとはまた違って、重くて、
土の力があります」
そう言いながら、持ち帰った小皿を見せる。
「これは少しゆがんでおりますが、酒の肴を置くには味があります」
「おお、ええな」
「瀬戸物とは全然違うな」
客は器を見ながら、興味深そうに話を聞く。
三人目は、堺の話をした。
「堺は、やはり商人の町です。値切るにも、笑いながら刺してくるようなところがあります」
その言い方で、座敷に笑いが起きた。
「ある店では、こちらが値を聞く前に、“伊勢松坂屋さんなら、これぐらい出せますやろ”
と言われまして」
「足元見られとるやないか」
「はい。見られております」
笑いが増える。
四人目は、京都郊外の話だった。
「京都の中は、なかなか入りにくいです。ですが、郊外では少しずつ伊勢松坂屋の市が
知られてきております。いろんな国の小物がある、飯も出る、子どもに読み書きを教える日もある。
そういう噂が出始めています」
客たちは、京都という言葉に弱かった。
「京では何が流行っとるんや」
「菓子は高いんか」
「肉あん屋は入れそうなんか」
質問が飛ぶ。
話し手は少し慌てながらも答えた。
五人目は、尾張と熱田、瀬戸の話だった。
「熱田は、伊勢神宮とはまるで違います。参る人はおりますが、伊勢ほど
門前で銭が落ちる形にはなっておりません」
「ほう」
「ただ、余白があります。肉あん、蜂蜜柚子茶、寝転び処、常設市。少しずつ試しております」
「瀬戸物は売れるんか」
「売れます。伊勢ではすぐ売れます。小皿や湯呑みは、殿様向けの高い品より、
日常で使えるものが喜ばれます」
客たちは、思った以上に食いついていた。
普段、店の者たちは買い付け係が何をしているか詳しく知らない。
荷を運んでいる。
品を買っている。
それくらいの認識だった。
だが、実際に話を聞くと、見えてくる世界が違った。
大和には大和の品がある。
堺には堺の商人がいる。
京都には京都の敷居がある。
近江には近江の土がある。
尾張には尾張の動きがある。
座敷の空気は、予想以上に温まった。
話が終わると、客たちは竹串を持って、それぞれの壺に入れていった。
「葛の話、面白かったわ」
「堺の商人の話、もっと聞きたい」
「瀬戸物の話はためになる」
「京都はやっぱり怖いな」
五人の買い付け係は、少し照れた顔をしていた。
ヨイチが集計すると、かなり差は出た。
堺の話をした者が一番多い。
次に瀬戸と熱田。
大和の葛も悪くない。
「なるほどな」
博之は腕を組んだ。
「情報の中身も大事やけど、話し方でも差が出るな」
「はい」
ヨイチが頷く。
「買い付け係を話家見習いにするのは、かなりありです。各地を回って話を集め、
それを本店や拠点で話す。すると、従業員も情報通になります」
「物流にも効くな」
「はい。どこで何が売れているか、どこで何が嫌われるか、どの道が危ないか。
話として聞けば覚えやすいです」
博之が少し身を乗り出す。
「間者にするつもりはないぞ」
「分かっています」
「そんなことして、また殿様や信長公に聞かれたら嫌やからな」
お花が笑った。
「でも、考え方はすごいと思いますよ」
「ほんまか」
「旦那様が自分で言わなければ、もっとすごいです」
「またそれ言う」
第一回の話家会は、思った以上に手応えがあった。
問題は、その数日後である。
今度は、男性だけを集めた「下世話な話の会」を試すことになった。
博之としては、これも需要を見るためだった。
笑い話。
失敗談。
女に振られた話。
酒場での恥。
少し色のある話。
男だけなら、そういうものも盛り上がるだろう。
実際、盛り上がった。
座敷の外まで、笑い声が響いた。
「うわははは!」
「それはあかんやろ!」
「お前、よう生きて帰ってきたな!」
あまりに大きな笑い声だったので、お花が様子を見に来た。
障子の隙間から中を覗く。
その瞬間、顔がすっと冷えた。
中で話されていたのは、ほとんど猥談だった。
博之は、片隅で腕を組みながら聞いていた。
客は大笑いしている。
竹串もよく入っている。
だが、内容はひどい。
お花は、音もなく障子を閉めた。
しばらくして、博之が座敷から出てくると、お花が待っていた。
目が冷たい。
「旦那様」
「はい」
「最悪です」
「いや、あれは需要の確認で」
「最悪です」
「でも、笑いは取れてたやろ」
「最悪です」
近くにいた女衆たちも、博之を見る目が明らかに冷たかった。
まるで、床に落ちた生ごみを見るような目だった。
博之は少し身を縮めた。
「……これは、ちょっと時間と場所を考えなあかんな」
ヨイチが横から静かに言った。
「制度設計が必要ですね」
「はい」
「話の種類を分ける。下世話な話は夜、男性限定。ただし、店の品位を落としすぎないよう、
一定の線を決める」
「はい」
「女衆が通る時間にはやらない」
「はい」
お花がさらに言った。
「あと、旦那様がにやにやしながら聞かない」
「それは関係ある?」
「あります」
「すみません」
第一回の話家会は成功した。
だが、第二回の下世話会は、成功したのか失敗したのか分からない結果になった。
客は笑った。
竹串も入った。
しかし、女衆からの評価は地に落ちた。
博之は畳に正座させられながら、しみじみ思った。
「話家を育てるのも、飯と同じで難しいな……」
お花が冷たく言った。
「まず旦那様の品性を育ててください」
座敷にいたヨイチだけが、そっと帳面に書いた。
話家会。
情報系は有望。
下世話系は要管理。
そして、その横に小さく付け足した。
旦那様、要注意。