作品タイトル不明
織田信長の伊勢神宮参りのあと、伊勢松坂屋本店で諸々問題整理と対策を考える博之
織田信長の一行が尾張へ帰ってから、伊勢松坂屋は逆に大騒ぎであった。
博之は本店の奥でごろりと転がりながら、天井を見上げて唸っている。
「……旦那様」
お花が呆れた顔をする。
「なんであんな“尾張全部任せてもええ”みたいな話になってるんですか」
「知らんがな……」
博之はぐったりした声を出した。
「わし、飯食わせただけやぞ……」
「いや、天下語ったでしょう」
「語ったけど、あんな無茶ぶり飛んでくると思わへんやん」
ヨイチも苦笑する。
「熱田神宮なんとかしろは、さすがに笑いましたわ」
「笑い事ちゃうねん」
博之はごろんと寝返りを打った。
「伊勢神宮見た直後のテンションで言うてるだけやろ、あれ……」
「でも殿様、本気ですよ」
「せやろなぁ……」
博之は頭を抱えた。
「ほんで、本気やから困るねん」
だが、困ってばかりもいられない。
しばらくして、博之はむくりと起き上がった。
「……よし、とりあえず手紙や」
「手紙ですか」
「北伊勢の国人衆に、一年休戦になったって送らなあかん」
ヨイチが帳面を持ってくる。
「蟹江、津島、常滑、あと避難してる連中にも回しますか」
「全部や」
博之は指を折りながら数える。
「半年が一年になったってだけで、みんな動き変わる。城下戻るやつも出るし、
商売再開するやつもおる。こっちが先に知らせな混乱する」
「確かに」
「あと、“炊き出しは続けるけど、自分でも立て直し考えてな”って一言添えといて」
「はい」
「一年ある。逆に言うたら一年しかない」
博之は真面目な顔になる。
「この一年で立て直せへんかったら、次また戦起きた時、もっときつい」
お花も静かに頷いた。
「……ほんまですね」
「で、次や」
博之は机に広げた地図を叩く。
「瀬戸物」
「あー、始まりますか」
「始まる」
博之は少し楽しそうに笑った。
「信楽焼の買い付け隊から、何人か選抜やな」
「瀬戸へ?」
「せや。見る目あるやつ連れていく。あと、“なんで売れるか”を考えられるやつ」
「器を見るんやなくて、流れを見る、と」
「そう」
博之は頷いた。
「瀬戸物は絶対強い。高いもんも強いけど、日用品が特に強い」
「飯椀とか湯呑みですか」
「せや。毎日使うもんやからな」
博之は指で円を描く。
「しかも熱田や尾張全体で回り始めたら、今度は“伊勢松坂屋で買うた瀬戸物”って価値が乗る」
「ブランドですな」
「そういうことや」
ヨイチが感心する。
「ほんま、旦那様は銭の流れ見るの好きですね」
「飯の道や」
「また始まった」
お花が笑う。
博之も苦笑した。
「まあ、あと大きいんは官位やな」
「京都ですか」
「せや」
博之は天井を見た。
「官位来たら、京都に一つ二つ店出したい」
「いきなり京都ですか」
「いきなりやない。順番や」
博之は指を立てる。
「まず飯屋」
「海鮮焼きは?」
「無理」
即答だった。
「海ないねんから」
一同が笑う。
「でも、混ぜ飯とか汁物とか、小皿とか、そういう“伊勢っぽさ”は持っていける」
「なるほど」
「あと、京都は人多い。話も集まる。情報が早い」
広行は少し真顔になる。
「官位持って、京都に店持ったら、飯屋やけど“公家とも武家とも話できる場所”になる」
「怖いこと言いますねぇ」
「怖い怖い」
博之は自分で言って肩をすくめた。
「でも、その前に人や」
「人、ですか」
「ヨイチとお花さんの分身作らなあかん」
二人が顔を見合わせる。
「分身」
「帳面見れて、現場見れて、人の機嫌も見れるやつ」
「難しいですね」
「難しいからやるねん」
博之は頷いた。
「伊勢松坂屋心得会、定期開催や」
「また変な名前つけて」
「名前はなんでもええ」
博之は笑った。
「お茶会でも勉強会でも座談会でもええ。とにかく、“なんでこうするか”を共有する場がいる」
「掟だけやと、死にますもんね」
「せや」
博之は指を鳴らす。
「“炊き出ししろ”だけ書いてもあかん。“なんでやるか”が抜けたら、ただの配給や」
「気持ちが乗らないですね」
「そう」
博之は嬉しそうに頷いた。
「だから、エピソード残す」
「旦那様の失敗談ですか」
「失敗談や」
一同が笑う。
「名張の顔役が地侍に捕まった話とか、布団二百組即買いした話とか、伊勢神宮でボラれた話とか、
そういうのや」
「教訓になるんですか、それ」
「なるなる」
博之は真顔だった。
「“敵作らん”“筋通す”“困ってるやつ切り捨てへん”“銭は回す”っていうのを、笑いながら覚えてもらう」
「読み聞かせみたいに?」
「せや」
博之は少し遠くを見る。
「新しく来た根無し草の子らとか、不安やろ。文字読めるやつは読んで、読めへんやつは誰かが
話して聞かせる」
「伊勢松坂屋の昔話、ですな」
「まあ、そんな感じや」
そして最後に、博之は地図の蟹江を叩いた。
「あと、蟹江」
「立ち上げ急ぎますか」
「急ぐ」
博之の声が低くなる。
「城下、今ならまだ勢いある。人が“戻れるかも”って思ってるうちに、店作る」
「金、かなり飛びますよ」
「飛ばす」
「常滑も津島もありますし」
「全部や」
博之は笑った。
「多少金かかっても、今流れ止めたらあかん」
お花がため息をつく。
「旦那様、また忙しくなりますね」
「せやなぁ……」
博之はごろんともう一度寝転がった。
「……でも、まあ」
「まあ?」
「飯の道、めっちゃ面白くなってきた」