作品タイトル不明
蟹江の国人衆や一向宗は城下に人が戻らなくて悩んでしまう。伊勢松坂屋は飯と仕事がある。織田も25万文支払い謝罪した。あなた方は?
蟹江の国人衆や、一向一揆衆たちは、表向きは平静を装っていた。
半年だった休戦が一年になった。
それ自体はありがたい。織田勢がすぐに押し寄せてくる心配は減ったし、
城の補修や兵の立て直しもできる。
だが――。
「……なんか、流れがおかしないか」
蟹江の寄合で、誰かがぽつりと漏らした。
「おかしいな」
「完全に伊勢松坂屋に持っていかれとる」
一同が黙る。
最初は良かったのだ。
戦で取られたものを取り返した。織田を押し返した。それだけなら、武の誉れとして話は
綺麗に終わった。
だが、問題はその後だった。
城下の民が戻らない。
いや、正確には――戻る前に、伊勢松坂屋の港と郊外へ流れてしまった。
「飯がある」
「寝る場所がある」
「炊き出しがある」
「しかも働き口まである」
そうなれば、人は動く。
しかも伊勢松坂屋は、難民扱いしなかった。
避難してきた者を、“働き手”として扱った。
港の荷運び、横丁の整備、飯場の手伝い、器の仕分け。子どもには読み書きを教え、
女衆には炊き出しや帳場を覚えさせた。
結果、蟹江の人間たちは、じわじわと伊勢松坂屋側へ馴染み始めていた。
そこへ来て、蟹江会談である。
最初は半年休戦。
さらに信長との会談で一年休戦。
しかも、信長本人が伊勢神宮へ参った。
そして、その道案内をしたのが伊勢松坂屋。
さらに追い打ちのように、信長が蟹江へ二十五万文を落としていった。
“詫び”として。
“復興に使ってくれ”として。
その話が広まると、城下の空気が変わった。
「……で、あんたらは?」
という視線が、国人衆や一向衆へ向き始めたのである。
「いや、我らも城の復旧を」
「城下整備も」
「炊き出しも――」
やっている。
確かにやっている。
だが、目立たない。
というより、比較対象が悪すぎた。
伊勢松坂屋は、炊き出し一つ取っても違った。
飯がうまい。
汁物に具が多い。
配るだけではなく、“話を聞く”。
働ける者には仕事を振る。
子どもには甘味を渡す。
そして何より、そこに活気がある。
一方、国人衆や一向衆の炊き出しは、どうしても“施し”になった。
兵が配り、列を作らせ、粥を渡す。
それだけだ。
しかも、城下を荒らした張本人たちでもある。
だから民の反応は冷たかった。
「……松坂屋さんの方がうまいし」
「いや、あんたら街めちゃくちゃにしといて、今さら炊き出し言われてもなぁ」
「怖いんよ」
面と向かって言われることすらあった。
国人衆の若い衆などは、拳を握りしめて怒鳴りそうになったが、年寄りが止めた。
「やめとけ……」
「でも!」
「今怒鳴ったら、ほんまに人おらんなるぞ」
それが現実だった。
実際、港の方へ流れる者は増えていた。
蟹江の復旧をしていても、腕の立つ大工が途中で伊勢松坂屋へ引き抜かれる。
「向こう、飯出るんやもん」
「しかも日当ええ」
「夜は風呂まであるらしいぞ」
そんな話が広まるたび、国人衆たちは頭を抱えた。
「なんやねんあの飯屋……」
「飯屋ちゃうやろ、もう……」
「半分、国やぞ」
そして決定的だったのは、“信長が伊勢松坂屋を信用している”という噂である。
尾張の方で、熱田だの瀬戸物だのを任せるらしい。
そんな話まで流れてきた。
「終わりや……」
「織田とも繋がっとるやないか」
「しかも北畠とも繋がっとる」
つまり、どちらにも顔が利く。
それは戦乱の世では、とてつもなく強かった。
そしてある日、とうとう国人衆の一人が言った。
「……教え、乞うか」
場が静まり返る。
「何をや」
「伊勢松坂屋にや」
「はぁ!?」
「いや、でも実際、わしら分からんやろ」
年配の者が苦い顔をした。
「戦は分かる。守りも分かる。けど、人が戻る流れとか、商いとか、
飯で人まとめるとか、全然分からん」
「……」
「しかも向こう、やり方隠してへん」
確かにそうだった。
炊き出しも、働き口も、横丁の作り方も、全部ある程度公開している。
見に来るなら見ろ、という姿勢ですらあった。
「教えてくれるんか」
「分からん」
「せやけど、聞くだけ聞いてみる価値はあるやろ」
さらに一向衆側からも声が上がる。
「実際、民衆まとめるんは、あっちの方がうまい」
「悔しいけどな」
「悔しいけど、腹減った時に飯くれる方に人は行く」
その言葉に、誰も反論できなかった。
結局。
武だけでは、人は残らない。
城だけでは、人は戻らない。
その現実を、蟹江の者たちは、じわじわと思い知らされ始めていた。
そして――。
「……伊勢松坂屋さんに、話聞きに行くか」
とうとう、そんな流れが本当にでき始めてしまうのであった。