軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

北伊勢の国人衆たちがあわただしく連絡交換、会合を重ね、伊勢松坂屋に仲介に立ってもらうことを考え博之のもとに挨拶に来る

北伊勢の国人衆たちは、蟹江の騒動以降、目に見えて落ち着かなくなっていた。

白子、四日市、関、亀山。

それぞれが文を飛ばし合い、時には顔役を集めて会合を開き、今後どう動くべきかを探っていた。

もともと北伊勢は、簡単な土地ではない。

南には北畠。

北西には六角。

東には織田。

その間に、一向衆、商人衆、寺社、港の者、地侍たちが入り組む。

今までは、それぞれが小競り合いをしながらも、どうにか均衡を保っていた。ところが蟹江で、

織田が砦を取り、奪い返され、住民が逃げ、伊勢松坂屋が百五十万文を出して半年の停戦をまとめた。

その衝撃は小さくなかった。

「織田には、つけんやろ」

ある国人衆の一人が、会合の場でそう言った。

「蟹江であれだけ強引にやられたら、こちらも同じ目に遭うかもしれん」

「だが、北畠にそのまま入るのか」

「それも飲み込みがたい」

別の者が腕を組む。

「今まで国人としてやってきた。いきなり庇護下に入れと言われても、家中の者が納得せん」

「六角はどうや」

「縁が薄い。近江筋では力があるが、こちらが全面的に寄るには遠い」

「では、どうする」

場は何度もそこで止まった。

誰か一人が旗を振って「北伊勢でまとまろう」と言ったところで、簡単にまとまるはずがない。

昨日まで小競り合いをしていた相手である。塩を送ったこともあれば、荷を止めたこともある。

寺社への寄進を巡って争ったこともある。

同じ土地にいるからこそ、かえってまとまりにくい。

その時、一人がぽつりと言った。

「伊勢松坂屋に、仲介を頼むのはどうや」

場が静まった。

「飯屋にか」

「飯屋や。だが、蟹江を見たやろ」

「百五十万文を出した」

「それだけやない。逃げた者を郊外と港で受け入れ、飯と湯浴みを出し、九鬼水軍と話をし、

北畠の者まで連れてきた」

「しかも、織田方も一向衆も国人衆も、とりあえず話を聞いた」

その事実は重かった。

伊勢松坂屋は、武家ではない。

だから、すぐにどこかの旗に見えない。

伊勢松坂屋は、寺社でもない。

だから、宗派や格式に縛られにくい。

伊勢松坂屋は、商人でもある。

だが、ただ銭を取るだけではなく、飯を出し、炊き出しをし、逃げ場を作る。

「変な話やが」

白子の顔役が言った。

「わしらは、みんな伊勢松坂屋の荷と飯に頼っとる」

誰も反論できなかった。

白子も、四日市も、関も、亀山も、伊勢松坂屋の買い付け隊や飯場の恩恵を受けている。

荷が通れば銭が落ちる。飯場があれば人が集まる。市が立てば周囲の店も潤う。寺社も

炊き出しや寄進を受ける。

税収に近いところでも、伊勢松坂屋の動きが関わり始めていた。

「飯屋を前に出すというのも、おかしな話や」

「だが、同じ釜の飯を食っている仲間として、北伊勢で固まろうと言うなら、まだ顔が立つ」

「北畠にいきなり下るのではない。織田につくのでもない。まず、北伊勢の者同士でまとまり、

その間に伊勢松坂屋に立ってもらう」

「伊勢松坂屋を通して、北畠にも礼を通す形なら、北畠の顔も潰れん」

「六角にも、敵対ではなく、物流を整えるためと言える」

少しずつ、話が形になっていった。

北伊勢国人衆の連合。

ただし、いきなり一つの家に従うのではない。

伊勢松坂屋に仲介を頼み、飯場と荷の道を中心にして、互いの小競り合いを減らす。

そして必要なら、北畠へも伊勢松坂屋を通して話を通す。

「それでまとまるか」

「まとまるしかない」

「織田に飲まれるよりはましや」

「北畠に丸ごと入る前に、こちらの形を作れる」

そうして、代表数人が松阪へ向かうことになった。

伊勢松坂屋の博之に、正式に挨拶をするためである。

その報せを受けた博之は、屋敷の奥で露骨に嫌な顔をした。

「来たか……」

お花が静かに頷く。

「来ましたね」

「ほんまに来るんやな」

「蟹江の件がありましたから」

「嫌やなあ」

博之は頭を抱えた。

自分としては、蟹江で困っている人を見捨てられなかっただけである。百五十万文も

出したくて出したわけではない。戦で逃げた住民がかわいそうで、郊外と港に飯場を作り、

半年の時間を買った。

それが、北伊勢の国人衆の目には「仲介役」と映った。

しかも最近では、蟹江や桑名のあたりで、妙な呼ばれ方までしているらしい。

蟹江の守。

飯の神様。

飯で戦を止めた旦那。

「ほんまやめてほしい」

博之はうめいた。

「私は松坂でごろごろしてる飯屋やぞ」

「ですが、蟹江と桑名では、住民からの評価がかなり高いようです」

ヨイチが帳面を見ながら言う。

「蟹江では避難民を受け入れました。桑名では受け入れ先を整えました。港と郊外で飯、

湯浴み、寝床、仕事を用意した。その信頼は大きいです」

「信頼が重い」

「重いです」

お花が続ける。

「白子、四日市、関、亀山に関しては、また別の理由があります。六角との兼ね合いもあり、

交通網として重要です。彼らは伊勢松坂屋の荷の道がどれほど効くか分かっています」

「だから真っ先に挨拶に来る」

「はい。敵に回すより、間に立ってもらう方が得だと見たのでしょう」

「飯屋を間に立てるなよ」

「もう立っています」

博之は、さらに深く頭を抱えた。

「これ、北畠様にも話通さなあかんやつやろ」

「もちろんです」

「官位の話もまた出るやろ」

「出るでしょうね」

「大膳亮とか、ほんま嫌や」

ヨイチが淡々と言った。

「ですが、今回のように北伊勢国人衆の代表が来るなら、肩書きは必要になります」

「飯屋の旦那ではあかんのか」

「相手が勝手に“飯の神”と言い始めています」

「それよりは大膳亮の方がまし、みたいな話にするな」

「その通りです」

「言い切るな」

お花は少し笑ったが、すぐに真面目な顔へ戻った。

「旦那様。これは危険でもありますが、機会でもあります」

「分かってる」

博之は、地図を見た。

白子、四日市、関、亀山。

そこがまとまれば、北伊勢の荷の道は太くなる。

織田への防波堤にもなる。

六角、北畠、織田の間で、飯と物流を使った緩衝地帯が作れるかもしれない。

だが、それを飯屋がやるのか。

「ほんま、何なんやろな、伊勢松坂屋って」

博之が呟くと、お花が答えた。

「同じ釜の飯を食った者たちが、少しだけまとまれる場所ではないでしょうか」

その言葉に、博之は黙った。

格好いい。

だが、重い。

「とりあえず、代表の方々には飯を出す」

「はい」

「話は聞く。ただし、勝手に引き受けん。北畠様に通す。六角との兼ね合いも見る。

織田を刺激しすぎん」

「承知しました」

「あと、“飯の神”は禁止や」

「それは難しいかもしれません」

「なんでや」

「噂は止められません」

博之は畳にごろりと倒れた。

「蟹江で百五十万文払った時より頭痛いわ」

「それだけ、名前が重くなったということです」

「名前なんかいらんかったのに」

外では、北伊勢の代表たちを迎えるため、女衆が飯の支度を始めていた。

まぜ飯、汁物、肉あん、伊勢小物、信楽焼の器。

また飯から始まる。

そしておそらく、飯だけでは終わらない。

博之は天井を見上げながら、小さく言った。

「同じ釜の飯、か」

その飯が、今度は北伊勢をまとめる火種になるかもしれなかった。