軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六角の屋敷では博之の価値を測りかねていた。抜けてると思えば話がでかくなったりちぐはぐ。警戒はするが飯はうまいwww

博之たちが草津へ戻った頃、観音寺城では、六角の殿様が重臣たちを集めていた。

先ほどまで伊勢松坂屋の飯の匂いが残っていた部屋で、殿様はしばらく黙っていた。

肉あん、まぜ飯、魚のすり身揚げ、汁物。どれも確かにうまかった。うまかったからこそ、厄介だった。

やがて殿様は、控えていた者たちに問いかけた。

「あいつらを見て、どう思う」

最初に口を開いたのは、松坂まで使者として赴いた代表の男だった。

「旦那の博之は、少し抜けておりますな」

その言葉に、数人が小さく笑った。

「荷車の端にちょこんと座る。城に来ても、どこかおどおどしている。飯屋です、

飯屋ですと繰り返す。威厳というものは、正直あまりございません」

「だが」

殿様が促す。

「はい。話していることは、やけに大きゅうございます」

代表は続けた。

「信楽焼の道、草津、大津、京都郊外、砂糖、小豆、琵琶湖の水場。本人は飯の材料を

探しているだけという顔をしておりますが、言っていることは物流そのものです」

別の重臣が頷いた。

「根なし草からここまで来た、というのは本当かもしれませぬな」

「そう思います」

代表は答えた。

「抜けてはおります。ですが、妙に落ち着いている。武士の前で緊張してはいるのに、

飯や寝床や炊き出しの話になると、肝が据わる。そこは、ただの商人とは少し違います」

「人にも恵まれておるようだったな」

殿様が言う。

「はい。ヨイチという帳簿を見る者、お花という現場を締める女、買い付け隊、各拠点のまとめ役。

博之一人の才だけではございません」

「だが、それも含めて人徳かもしれん」

年嵩の重臣が静かに言った。

「尖っておらぬ。ぎらぎらしておらぬ。武士のように名を上げたい、領地を取りたいという顔ではない。

だからこそ、人が寄るのかもしれませぬ」

殿様は、軽く鼻を鳴らした。

「欲がないように見えて、飯への欲は深い」

「はい」

代表は苦笑した。

「飯の発想は確かにございます。実際、飯はうまかった。魚のすり身揚げなど、捨て値の

魚に価値をつけるという話も筋が通っております。器へのこだわりも、なるほどと思わされました」

「信楽焼か」

「はい。あれへのこだわりは強い。単に器を売りたいのではなく、飯の見え方を変えるものとして

見ております。肉あんを信楽焼に乗せるだけで、客の受け取り方が変わる。そこは、

実際に食うと分かります」

殿様は、先ほど使われた信楽焼の小皿を見た。

「飯は器で変わる、か。飯屋らしい言い分だが、商いとしては鋭いな」

「ただ」

別の重臣が口を挟んだ。

「飯の才だけで、あれだけの荷を通せるものですか」

部屋が少し静まった。

代表の男が頷いた。

「そこが疑問でございます。広がり方は、正直ちぐはぐです。松阪から伊勢、伊賀、信楽、

奈良、草津、大津、藤井寺、津、白子。普通の商人なら、もう少し整った広げ方をするでしょう」

「ちぐはぐだが、筋は通っている」

殿様が言った。

「はい。飯のために器を求める。器のために信楽へ行く。甘味のために砂糖と小豆を求める。

人を食わせるために飯場を作る。飯場を置くために地元と揉めないようにする。

話だけ聞けば、筋は通っております」

「だが、規模が大きすぎる」

「まさに」

代表は声を低くした。

「特に奈良のくだりです」

殿様は、そこで少し笑った。

「あれか。五十万文を求められて、百五十万文を投げつけたという話か」

「はい。あれは、銭を蓄えようとする者の発想ではございません」

「普通なら値切る」

「普通なら値切ります。あるいは、五十万文を払って済ませる。ところが、博之は三倍を出した。

腹が立ったから、と言っておりましたが、常人にはできませぬ」

「つまり?」

「二つ考えられます。一つは、本当にそれを投げられるだけの財が手元にあった。

もう一つは、後先を考えず、腹立ちだけで銭を動かす危うさがある」

「どちらにしても不気味だな」

「はい。しかも、その百五十万文をただの見栄で終わらせず、奈良との文化交流に変えた。

寺社を説教させ、書物や知識を伊勢へ流し、炊き出しと拠点作りへつなげた。銭を蓄えるより、

銭を使って道を作ることに長けております」

殿様は肘掛けに指を置いた。

「銭を持つ者より、銭を使える者の方が厄介なこともある」

「その通りです」

別の重臣が言った。

「ただ、少なくとも侍のいざこざに巻き込まれたくないというのは本音に見えました」

「そうか」

「はい。北畠の間者かと問われても、本気で困っておりました。飯屋でなくなったら終わる、

とも言っていた。あれは嘘には聞こえません」

代表も続けた。

「炊き出しを丁寧にしているという話も、各所で聞いております。食えない者に飯を出したい。

寝床を作りたい。湯浴みを整えたい。このあたりは、本人の根にあるものかと」

「きれいごとかもしれんぞ」

若い重臣が言うと、年嵩の重臣が首を振った。

「きれいごとだけで、飯場は回らん。だが、きれいごとを看板にして銭を動かせるなら、

それはそれで力だ」

「つまり、危ういのか、危うくないのか」

殿様が問う。

代表は少し考えた。

「今すぐ危うい、とは思いません。領地を取りたい顔ではない。兵を集めたい顔でもない。

武士の真似をしたいわけでもない。ただ、疑問は残ります。興味も残ります」

「ふむ」

「飯屋の顔をしているからこそ、町に入れる。寺に入れる。兵にも商人にも子供にも飯を食わせられる。

その柔らかさが、逆に広がりを作っております」

殿様は静かに頷いた。

「なら、当面はどう扱う」

「拠点を作ること自体は、許してよいかと」

代表は慎重に言った。

「草津、大津、信楽焼の道。そこに関しては、こちらにも利がございます。

荷が通れば銭が落ちる。信楽焼が売れれば、こちらの地にも利がある。市や炊き出しも、

うまく使えば民の不満を和らげます」

「ただし」

「はい。ただし、変な動きをすれば潰す。その気持ちは持っておくべきです」

部屋に、重い沈黙が落ちた。

飯屋を潰す。

言葉だけなら簡単である。だが、松阪の殿、九鬼水軍、北伊勢の国人衆、奈良の寺社、

草津や大津の拠点。その周りにあるものを考えると、軽々しく手を出せる相手ではない。

殿様はそれを分かったうえで、静かに言った。

「潰すというより、潰せる位置に立っておく、だな」

「はい。まさに」

「抱え込みすぎても逃げる。脅しすぎても北畠に寄る。放っておくと勝手に道を作る」

「厄介です」

「だが、役にも立つ」

「はい」

代表は頷いた。

「特に、信楽焼に対するこだわりは使えます。あれを太くしたいなら、こちらの顔を

立てざるを得ません。草津、大津も同じです。琵琶湖に手を伸ばすなら、なおさらです」

「琵琶湖の話もしておったな」

「はい。隠しきれないと思ったのか、見ているとは認めました。ただ、

詳しい話は避けております。堅田、佐和山、今浜。このあたりの名は、頭にあるはずです」

「飯屋が湖を見るか」

殿様は低く笑った。

「本当に飯屋かどうか、分からなくなってくるな」

「本人は、最後まで飯屋と言い張るでしょう」

「そこが面白く、怖い」

殿様は、しばらく考え込んだ。

大事なところは、まだ見えていない。

海鮮焼きの本当の力も、伊勢神宮前での売れ方も、帳簿の規模も、買い付け隊の実際の利益も、

こちらは知らない。

だが、知らないことがある、ということだけは分かった。

そして、それだけで十分に警戒する理由になる。

「よい」

殿様は、静かに言った。

「当面、草津と大津での動きは見守る。信楽焼の道も、こちらに利があるなら進めさせる。

京都の端に関しては、深入りさせすぎぬように見る。琵琶湖の水場は、勝手に押さえさせるな」

「はっ」

「それと、博之という男を侮るな。威厳がない、抜けている、飯屋だと言い張る。

そういう者ほど、周りが勝手に動くことがある」

「承知しました」

「だが、敵と決めつけるな。飯はうまい」

その一言に、少し笑いが戻った。

「飯がうまい者は、民を寄せる。民が寄れば銭が動く。銭が動けば道ができる。

道ができれば、城より厄介なこともある」

殿様は、信楽焼の器をもう一度見た。

「見られなかったものは多い。だが、見えたものだけでも警戒するには十分だ」

観音寺城の中で、その認識は共有された。

伊勢松坂屋は、ただの飯屋ではない。

だが、ただの敵でもない。

役に立つ。うまい。柔らかい。けれど、銭と道を動かす。

そして、何か肝心なものを隠している。

六角の殿様は、最後にこう言った。

「面白い飯屋や。だが、面白いものほど、目を離すな」

重臣たちは、静かに頭を下げた。