軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

六角の使者達は伊勢松坂屋で一泊。その後北畠の城主に挨拶にいく。面白い動きに笑いながらも博之に手の内を見せすぎるなと警戒するよう促す。

その日、六角方の使者たちは、伊勢松坂屋の拠点で一晩を過ごすことになった。

最初こそ、武士十五人ということで、周囲には少し緊張が走っていた。北畠領の中に、

六角の者が来ている。それも北畠の城ではなく、飯屋を訪ねてきている。

考えれば考えるほど妙な話である。

だが、湯浴みを使い、飯を食い、横丁を見て回るうちに、使者たちの顔つきはすっかり緩んでいった。

「いや……これは、うまいな」

「横丁というものは、こういうものなのか」

「まぜ飯も肉あんも、汁も、どれもようできとる」

「湯浴みの後に食う飯が、またよい」

六角方の一人が、湯上がりの顔で博之に尋ねた。

「この湯浴みは、従業員だけが使えるものなのですか」

「基本はそうですね。うちの者が仕事の後に使えるようにしております」

「なるほど。あれは士気が上がるでしょうな」

「はい。寝るところと飯と湯浴み、このあたりはできるだけ整えるようにしています。

食うところと寝るところが不安やと、人はちゃんと働けませんから」

「そこに銭をかける、と」

「はい」

博之は頷いた。

「逆に言うたら、そこを整えたら、みんななかなか辞めません。まかないがあって、

寝床があって、湯浴みがある。給金も残りやすい。そうなると、従業員も市で物を買いますし、

街にも銭が落ちます」

使者の一人が、感心したように唸った。

「飯屋の話とは思えませぬな」

「飯屋です」

「いや、飯屋であるからこそ、なのでしょうな。食うこと、寝ること、体を休めること。

そこを押さえられると、この世知辛い世の中では強い」

別の使者も続けた。

「大津や草津で、市を開いている話は聞いております。伊勢や信楽の品を並べ、

炊き出しもしているとか」

「はい。小さくですが」

「小さく、という規模ではないと聞いておりますが」

「うちとしては、まだまだです」

「それに、縁を結ぶ会のようなものもしていると」

博之は少し目をそらした。

「まあ、たまに」

「男女の縁まで扱う飯屋ですか」

「そこは、少し遊び心というか、場の賑やかしというか」

「それでいて、よそから大きな揉め事があまり聞こえてこないのが不思議です」

使者は首を傾げた。

「普通、これだけ人を集め、銭を動かせば、周りの店や寺社、地元の顔役と揉めるものです」

「そこは、かなり気をつけています」

博之は少し真面目な顔になった。

「よその飯を奪ったらあかん、とよく言っています。うちが売れすぎたら、周りが困ります。

ですから、お礼札を配って、よその店に流すこともありますし、炊き出しも、地元のお寺さんや

町屋さんに前に立ってもらうこともあります」

「そこまで気遣うのですか」

「津の長野様とのことで、だいぶ経験を積ませていただきました」

その言い方に、何人かが苦笑した。

「長野様で経験を積む、ですか」

「はい。やりすぎると面子を潰しますし、やらなさすぎると人が食えません。伊勢でも、伊勢神宮へ

話を通すために寄進をしたら、松坂のお殿様に怒られまして」

「怒られたのですか」

「はい。伊勢にだけ顔を立てすぎるな、松坂にも銭を落とせ、と。それで、なぜか大量の布団を

買うことになりました」

使者たちは一瞬ぽかんとし、それから笑った。

「布団?」

「はい。松阪で布団を大量に買いまして、従業員の寝床を整えることになりました」

「それはまた、妙な帳尻の合わせ方ですな」

「うちの帳尻はだいたい飯と寝床に向かいます」

博之は苦笑した。

「要は、揉め事を起こしたくないんです。けれど、食えない人には飯を食わせたい。

仕事がない人には仕事を渡したい。寝るところがない人には寝床を作りたい。規模が大きくなっても、

やっていることはあまり変わりません」

六角方の代表格の男は、静かに博之を見た。

「そこを徹底しているのが、かえって怖いのです」

「怖いですか」

「怖いです。普通は、規模が大きくなれば、欲が出る。領地が欲しい、権威が欲しい、

武士と並びたい。けれど、あなた方は飯屋ですと言いながら、飯と寝床と湯浴みを増やしていく。

その結果、領地の形まで変わっていく」

「私は変えたいとは思っていません」

「だから怖いのです」

博之は返す言葉に困った。

しばらくして、博之はぽつりと言った。

「六角様にご挨拶に行く件ですが、勝手には決められません。北畠のお殿様たちに筋を通さないと

絶対に無理です」

「それはもちろん」

「ですので、明日、一緒に松坂のお殿様のところへ挨拶に行きましょう」

六角方の者たちは、ぎょっとした。

「我らも、ですか」

「はい」

「いや、我らは六角の者ですぞ。北畠領の真っただ中で、松坂のお殿様のところへ行くのですか」

「大丈夫です。私とお殿様が少しおしゃべりするだけです。ついでに、魚のすり身揚げか肉あんを

持って行って、まあ、飯を食べながら話せばよろしいかと」

「それで済みますか」

「たぶん済みます」

「たぶん」

「なんなら、うちの袴をお貸しします」

「それはそれで、余計に妙ではありませんか」

「妙ですが、うちの者として動けば少し角が立ちにくいかもしれません」

使者たちは顔を見合わせた。

敵地というほどではないが、気楽な道中でもない。だが、ここで筋を通さずに六角へ

誘うわけにもいかない。結局、代表格の男が苦笑して頷いた。

「分かりました。明日、ご一緒いたします」

「ありがとうございます。では、今日はゆっくり休んでください」

こうして六角方の使者たちは、伊勢松坂屋で一泊することになった。湯浴み、飯、寝床。

最初は警戒していた者たちも、夜にはすっかり満足していた。

「これは確かに、人が集まるわけだ」

「飯屋というより、宿場のようでもある」

「いや、宿場より飯がうまい」

「六角にも一つ欲しいな」

そんな声が聞こえる中、博之は翌朝の段取りを考え、少しだけ胃を痛くしていた。

翌日。

博之は、六角方の使者たちを連れて、松坂の城主のもとへ向かった。もちろん、先に使いを出し、

事情は伝えてある。

松坂の城主は、博之の顔を見るなり、もう笑いをこらえきれない様子だった。

「来たか、飯屋」

「はい。飯屋でございます」

「今度は六角まで毒牙にかけようとしておるのか」

城主は、六角方の者たちを見ながら大笑いした。

「いえいえ、違います。ご飯屋さんですから。本当にそういう言い方はやめてください」

「長野を北畠に寄せ、北伊勢の国人衆に頭を下げさせ、今度は六角が飯を食いに来いと言う。

これで毒牙でなくて何だ」

「全部たまたまです」

「たまたまで済むか」

六角方の代表が丁寧に頭を下げた。

「このたびは突然のことで失礼いたしました。我らは争いに参ったわけではございません。

近江の草津、大津、信楽焼の流れ、そして伊勢松坂屋殿との今後について、

まずは筋を通してお話をしたく」

「ほう。筋を通しに来たのはよいことや」

松阪の城主は、少しだけ真面目な顔になった。

「だが、面白いな。六角の者が、北畠領を通って、飯屋に文を届けに来る。

長野が北畠に入ったことで、周りがざわついておるのは分かるが、真っ先に飯屋へ来るとはな」

博之は小さく言った。

「本当に、私は飯を作っているだけなんです」

「飯を作っているだけで、これだけ世の中が動けば苦労せん」

城主は笑いながらも、六角方を見た。

「まあよい。六角様が飯を食いながら話をしたいというなら、それはそれでよい。こちらとしても、

草津や大津、信楽焼の道は気にしておる。北畠の顔を潰さぬ形で、きちんと筋を通すなら、

話くらいは聞こう」

博之はほっと息を吐いた。

「ありがとうございます」

「ただし」

城主は博之を指差した。

「お前、調子に乗るなよ」

「乗ってません」

「乗っておらん顔で、いつも一番変なことをする」

「ひどい」

「それと、六角へ行くなら、持っていく飯は選べ。いきなり海鮮焼きみたいな火縄銃を撃つな」

「撃ちません。まだ早いと思っています」

「まだ、というところが怖いわ」

六角方の使者たちは、そのやり取りを見ながら、ようやく少し緊張を解いた。

北畠と伊勢松坂屋は、ただの領主と商人ではない。

互いに茶化し、牽制し、利用しながらも、妙な信頼でつながっている。

それが分かっただけでも、来た意味はあった。

松坂の城主は最後に、にやりと笑った。

「で、飯は持ってきたんやろうな」

「もちろんです」

「なら話はそれからや」

六角方の使者たちは、また顔を見合わせた。

結局、飯なのか。

だが、その飯が、今や国と国の間の話を動かしている。

その事実を、彼らは湯浴みとまぜ飯と肉あんの後で、嫌というほど思い知ることになるのだった。