作品タイトル不明
松坂の城主が面白い話があるから来いと手紙が来る。行ってみると大げさに歓迎され長野の殿様が北畠と縁談をし隠居するとの話を受ける。わけわからんwww
北畠の松阪の城主から、博之のもとへ使いが来た。
「面白い話がある。お前も来い」
それだけなら、いつものことである。だが、添えられていた一文に、博之は妙な嫌な予感を覚えた。
「ついでに、巷で評判の海鮮焼きとやらも、実演しながら話を聞きたい」
「……これ、絶対に飯目当ても入ってるやん」
博之は畳の上でぼやいた。
とはいえ、呼ばれた以上は行かねばならない。まぜ飯、肉あん、魚のすり身揚げ、
そして海鮮焼きの金型と種、タコ、イカ、味噌醤油だれ、青のりまで用意させる。
「飯一膳と、海鮮焼きの支度を持って参ります」
そう伝えて、博之は松阪の城へ向かった。
城へ入ると、城主はすでに上機嫌だった。明らかに何か面白いことを聞かせたくて
仕方ない顔をしている。
そして博之の姿を見るなり、大げさに両手を広げた。
「おお、来たか、飯屋!」
そこで一度、言い直すように咳払いをする。
「いやいや、違うな。ようこそいらっしゃいました。伊勢松坂屋のお殿様ではございませんか」
「やめてください」
博之は即座に顔をしかめた。
だが城主は止まらない。
「おお、津のお殿様がいらっしゃったぞ。皆の者、道を開けよ。飯で港を回し、街道を潤し、
領地まで呼び込むお方や」
「ほんまにやめてください。私はただの飯屋です」
「ただの飯屋が、城に飯一式と鉄板を持ってくるか」
「呼ばれたからです」
「呼ばれたら城で海鮮焼きまで焼く飯屋か。たいした殿様やな」
「殿様ではありません。メシ屋です。ほんまに不敬で殺されます」
城主は腹を抱えて笑った。
「まあ待て。今から話す話を聞いたら、お前も少しは殿様気分になれるぞ」
「なりません。絶対になりません。ただのメシ屋です」
「では、そのただのメシ屋のせいで何が起きたか聞け」
城主はようやく座り直した。顔はまだ笑っている。
「長野の殿様から話が来た」
「長野様から?」
「ああ。北畠の縁の者と縁を結びたいとな。殿様は隠居し、子に家を継がせ、その後ろに
北畠の縁を入れる。つまり、長野は北畠の傘下に入る」
博之は一瞬、固まった。
「……え?」
「実質、津が北畠の領分になる。津の城には北畠の者が入り、家臣団も徐々に組み込む。
もちろん、いきなり首を取るとか、家を潰すとかではない。縁談や。実に穏やかな形やな」
上司はまた笑い出した。
「いやあ、笑わずにいられるか」
「いやいやいや、ちょっと待ってください。なんでそうなるんですか」
「お前もだいたい分かっとるやろ」
「分かりません。私は飯を出してただけです」
「飯を出してただけで、領地が転がり込むか」
「転がり込ませた覚えはないです」
「覚えがなくても、結果がこれや」
城主は楽しそうに説明を始めた。
「最近の長野はな、北の国人衆との小競り合いに相当疲れておったらしい。連中もいやらしくてな。
伊勢松坂屋の飯場や荷道、港には手を出さぬ。そこに手を出せば、北畠だけでなく、お前らと
つながる商いまで敵に回すからや」
「それは……まあ、面倒になりますね」
「だから、その外側をつつく。古い領分、伊勢松坂屋の匂いが薄いところへ、もめ事だ、領地の
境目だと難癖をつける。領地を取るほどではないが、小競り合いを続ける」
「嫌らしいですね」
「嫌らしい。しかも長野の兵は士気が上がらん。戦に駆り出されれば、田も荷も飯場も止まる。
疲れて戻ってくる。では、どうやって元気を取り戻すと思う」
城主は、もう笑いをこらえきれない顔だった。
「伊勢松坂屋の炊き出しを食うんや」
博之は頭を抱えた。
「それは……もう、長野様からしたら何してるか分からなくなりますね」
「そうや。殿様も思ったらしい。わしは何をしておるのだ、と。兵を出して疲れさせ、
その兵が飯屋の炊き出しで元気になる。家臣は家臣で、昔のように殿様の怒鳴り声で動くのではなく、
帳面を見て、港の荷を見て、飯場の人手を見て、淡々と対処しておる」
「それは殿様、しんどいですね」
「しんどいやろうな。飯屋に屈した家と笑われ、国人衆には舐められ、兵は飯屋で元気になり、
家臣は現実を見る。そこで殿様が、もう北畠と縁談を結び、わしは隠居すると言い出した」
「……」
「すると家臣どもがな、英断でございます、と即答したらしい」
城主は膝を叩いた。
「そこで長野の殿様が、なんだお前ら、少しは止めろ、わしは少しは惜しまれたいのだ、
と怒ったそうや」
博之は苦笑いするしかなかった。
「かわいそうなんですけど、ちょっと面白いですね」
「面白いやろ。だが、長野の殿様も最後はよう決めたと思うぞ。家を残し、民を残し、
無駄な小競り合いを減らす。そのために意地を捨てる。これは英断や」
「そうですね」
「だが、それを引き出したのが飯屋というのが、たまらん」
「だから私は飯を出してただけですって」
「その飯が、港を回し、街道を回し、兵の士気を戻し、家臣の目を覚まし、ついに長野を
北畠へ寄せた。飯を出してただけ、とはよう言うわ」
その頃、庭では海鮮焼きの支度が始まっていた。
金型に油が引かれ、種が流し込まれる。タコ、イカ、刻みネギが入り、じゅわっと音が立つ。
家臣たちは話を聞きながらも、自然と庭の方へ目を向けていた。
返し棒が差し込まれる。
くるり。
「おおっ」
家臣たちの口から、素直な声が漏れた。
城主はそれを見て、また笑った。
「見てみろ。あの家臣どもの腑抜けた顔を」
「初めて見たらそうなりますよ」
「この状態で領地が増えるんやぞ。慢心して兵の鍛錬を怠ったら、本当に弱くなるかもしれん」
「それは困りますね」
「困る。これからは周りの国人衆との小競り合いでも、ちゃんと鍛えねばならん。
北畠も、飯で釣られた家と笑われかねんからな」
「やめてください。不敬で殺されます」
「怯えとけ、怯えとけ」
城主は愉快そうに笑った。
「一兵も出さず、一矢も放たず、土地が転がり込んできたのだ。笑いが止まらん」
「それを私の前で言わないでください」
「お前の飯屋のおかげやからな」
「怖いです」
「怖がるくらいでちょうどええ」
焼き上がった海鮮焼きに、味噌醤油だれが塗られ、青のりが振られる。笹船に並べられたそれを、
家臣たちは興味津々で見つめていた。
「ほれ、持ってこい」
城主が言うと、女衆が海鮮焼きを運んでくる。
城主は一つ摘まみ、熱そうに口へ入れた。
「……うまいな」
「ありがとうございます」
「これを食って、兵が元気になるわけや」
「兵向けに出してるわけではありません」
「だが出せば食う。食えば元気になる。元気になった兵が、また小競り合いに出る。戻ってきて、
また食う。長野の殿様が頭を抱えるわけや」
「本当に申し訳ない気持ちになりますね」
「申し訳なく思う必要はない。民が飯を食えるなら、それは良いことや」
城主は、少しだけ真面目な顔になった。
「それでだ。津も北畠の内側になる。なら、お前も少し動きやすくなる」
「どういう意味ですか」
「今までは長野への気遣いがあった。津でやりすぎると長野の面子を潰す。だが、これからは
北畠の内側や。もちろん、雑にやってよいわけではないが、津への寄進は少し抑えてもよい。
代わりに、買い付け隊の動きを上げろ」
「買い付けを、ですか」
「そうや。津、松阪、伊勢、鳥羽、九鬼、北畠。このあたりはもうかなり通じておる。
津が安定するなら、荷をもっと回せる。魚、塩、米、器、木材、金物。動かせるものを動かせ」
「そんな政治的な話を私にされても分かりません」
「分かっておるくせに」
「分かってません。飯屋です」
「伊勢松坂屋のお殿様やろ」
「やめてください」
城主はまた笑った。
「お前は道を見ておる。飯を出す場所、荷を置く場所、炊き出しをする場所、人が集まる場所。
それは領地経営とあまり変わらん」
「変わります。大いに変わります」
「なら、変わると言い張りながらやれ」
博之はため息をついた。
「津への寄進を少し下げて、買い付けを厚くする。長野への気遣いを少し緩める。ただし、
地元の顔は潰さない。こういう感じですか」
「そうや。それでよい」
「結局、分かってるじゃないかって顔しないでください」
「しておらん」
「してます」
庭では、二回目の海鮮焼きが焼かれていた。家臣たちは、もう完全にそちらへ気を取られている。
上司はその光景を見て、ぽつりと言った。
「これ、伊勢神宮でやったら大変なことになるぞ」
「だから今、必死で運用を考えてるんです」
「御縁会、ふくふく焼き、肉あん、海鮮焼き。最近のお前は、縁ばかり扱っとるな」
「たまたまです」
「飯で人の縁を作り、寺の縁を作り、商いの縁を作り、とうとう長野と北畠の縁まで結ばせたか」
「それは本当に私のせいじゃないです」
「そのうち天罰が下るぞ」
「やめてください」
城主は腹を抱えて笑った。
「まあよい。退屈せんで済む。お前が飯を作るたびに、何かが動く」
「怖すぎます」
「怖がれ。そして飯を作れ」
「命令が雑です」
「北畠に領地が増えた祝いだ。今日はもう少し焼いていけ」
博之は、庭の金型を見た。
海鮮焼きが、またくるりと返る。家臣たちがまた声を上げる。
自分は本当に飯を出していただけだった。
けれど、その飯が人を集め、銭を動かし、士気を戻し、家臣の考え方を変え、ついには家と家の
縁談にまで影を落とした。
「……飯屋って何なんやろな」
博之が小さく呟くと、上司が笑った。
「一番怖いものや」
その日、北畠の城には、しばらく海鮮焼きの香ばしい匂いが漂っていた。