軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

長野家が北畠家の傘下になることで一旦役目が終わる津、長野家の調整役と若武者たちが挨拶にくる。殿様の引退劇と今後について話す

それからしばらくして、長野家で働いていた若者たちと、調整役を務めていた者たちが、

伊勢松坂屋へ挨拶にやって来た。

表向きは、今までの長野家とのやり取りがひと区切りとなり、これからは津が北畠の内側として

動くことになる、その挨拶である。加えて、長野家の家臣団が北畠方へ組み込まれるにあたり、

それぞれの適性を見るための調整も始まっているらしい。

「まあ、つまりは配置換えみたいなものですな」

調整役の男が、少し苦笑しながら言った。

「長野の者として働いてきましたが、今後は北畠の家中に組み込まれます。とはいえ、

すぐに全部が変わるわけではありません。津のことを知っている者は津に残るでしょうし、

使いどころが違うと見られれば、別の場所へ回されることもあるでしょう」

博之は、畳の上で座って話を聞いていた。

その横には、以前長野とのいざこざの中で伊勢松坂屋にかくまわれていた若者たちもいた。

彼らは、話を聞きながら明らかにほっとした顔をしていた。

「これで、今までみたいな長野とのいざこざは、なくなるんですね」

一人がぽつりと言った。

調整役は頷いた。

「少なくとも、今までのような形ではなくなる。長野の殿様も隠居される。若君が立ち、

北畠との縁の中で家を残す。だから、長野の名は残るが、これまでとは扱いが変わる」

「殿様、納得されたんですか」

若者が聞くと、調整役は少し遠い目をした。

「納得、というか……最後はご自身で決められた」

別の者が小さく笑った。

「その時の話、聞きましたよ。家臣の皆さんに、北畠と縁談をしようと思う、と言ったら、

英断でございます、と即答されたとか」

その場にいた何人かが、思わず笑いをこらえた。

調整役も肩を震わせた。

「殿は怒っておられた。『少しは止めろ』『わしは少しは惜しまれたいのだ』と」

その言葉に、とうとう若者たちは吹き出した。

「いや、笑ったらあかんのですけど」

「でも、殿様らしいというか」

「最後まで面倒くさいというか」

博之も苦笑した。

「長野の殿様も、大変やったんやろうな」

「それは確かです」

調整役は真面目な顔に戻った。

「北の国人衆には舐められ、小競り合いは止まらず、兵の士気も上がらない。けれど、

街道や港は伊勢松坂屋のおかげで潤っている。兵は疲れて戻れば伊勢松坂屋の炊き出しを食べて

元気になる。家臣は殿の怒鳴り声より、帳面と飯場と荷の流れを見る。殿からすれば、

もう何が何やらだったでしょう」

「申し訳ないような、申し訳なくないような話ですね」

博之が言うと、調整役は笑った。

「飯を出しただけ、とは言えませんぞ」

「私は飯屋ですから」

「その飯屋に、津はだいぶ助けられました」

少し場が落ち着いたところで、博之はふと若者たちの方を見た。

「ところで、あなた方」

「はい」

「今日この場で、うちに来ると決めてくれるなら、倍の給金を出します」

空気が止まった。

若者たちはぽかんとした。

調整役たちも目を丸くした。

「……倍、ですか」

「はい。長野のこと、津のこと、現場のことに詳しい。しかも、いざこざの中で何が起きたかを

肌で知っている。そういう人材は、うちとしては欲しい」

お花が横から少し呆れたように言う。

「旦那様、急に何を言い出すんですか」

「いや、思いついたから」

「思いつきで給金を倍にしないでください」

若者たちは顔を見合わせた。

しばらくして、そのうちの一人が、恐る恐る言った。

「あの……その代わり、普通の仕事をさせてください」

「普通の仕事?」

「はい。揉めごとの後始末とか、誰かの顔色を見るとか、そういうのではなくて。

飯場の調整でも、荷の確認でも、護衛でもいいです。普通に働けるなら、

私はすぐにそちらへ行きたいです」

それを聞いて、別の若者も手を上げた。

「私もです。津に詳しいだけでよければ、役に立てると思います」

「私も、北畠の家中でどこに回されるか分からないよりは、伊勢松坂屋で働きたいです」

あっという間に、数人の希望者が決まった。

周りはぽかんとしていた。

「いや、早いな」

博之が言うと、若者の一人は苦笑した。

「飯と寝るところがある職場は強いですよ」

「それはそうですね」

「それに、伊勢松坂屋さんの仕事は、実際に津で見ていましたから。大変なのは分かっています。

でも、ちゃんと回っているのも分かっています」

調整役の一人が、少し困ったように言った。

「私は……武士として、津の者たちとも付き合いたい気持ちはあります」

博之は頷いた。

「それも分かります。むしろ、それは自然です」

「分かっていただけますか」

「はい。今後、北畠方があなた方を使えると見れば、津で使うでしょう。そうでなければ、

別の場所へ割り振るでしょう。侍としての道もあります」

博之は少し姿勢を正した。

「ただ、今日みたいに倍の給金を出すという話は、今この場での話です。配置が決まって、

またこちらに来た時には、津で働いていたことは考慮しますが、普通に採用します」

「試されたようですな」

調整役が笑う。

「半分は試しです。でも、半分はきっかけです」

「きっかけ?」

「武士だけが道ではないでしょう。長野が北畠に下るということは、言い方は悪いですが、

陪臣になるということでもあります。部下の部下になる。看板は北畠に変わるかもしれませんが、

立場が良くなるかどうかは分からない」

博之は続けた。

「一方で、今の伊勢松坂屋の勢いは、私自身も自覚しています。飯場、港、買い付け、炊き出し、

護衛、調査、寺社との調整。仕事はいくらでもあります。こっちの方が、今はやりがいが

あると思う人もいるでしょう」

「ただし、津に残れるとは限らない」

「はい。そこは正直に言います。津以外に行ってもらうこともあります。侍の仕事というより、

護衛、調査、現場調整、荷の見張り、顔つなぎ。そういう仕事になります」

「武士とは、少し違いますな」

「違います。うちのやり方でやってもらいます。給金が出る分、厳しく見られるところもあります。

飯がある、寝床がある、給金がある。だからこそ、働きはちゃんと見ます」

若者の一人が笑った。

「飯は悪くないですからね」

博之も笑った。

「そこは保証します」

別の若者が言った。

「それは、私らが一番知ってます。領地経営の中で、淡々と松坂屋さん絡みの仕事をしてましたから」

その場に笑いが起きた。

「そうか。敵でも味方でもなく、現場でずっと見てたわけやな」

「はい。炊き出しの段取り、荷の回し方、飯場の人の使い方、揉めた時の札の配り方。

正直、武家の仕事より筋が通っていると思うこともありました」

「それは言いすぎです」

お花が苦笑する。

調整役は、少し真面目な顔で博之を見た。

「ただ、旦那様」

「はい」

「この若者たちは、長野の中で苦労した者たちです。倍の給金を出すなら、その分、

ちゃんと使ってやってください」

「もちろんです」

「飯と寝床で釣るだけでは、いずれ不満が出ます」

「分かっています。働き場所を作ります。本人が腐らないように、ちゃんと役割を渡します」

博之はそう言ってから、少しだけ照れくさそうに付け加えた。

「まあ、私はごろごろしながら考えるだけですけど」

「そこはごろごろしないでください」

お花が即座に突っ込む。

また笑いが起きた。

長野家は、北畠の内側へ入る。

その流れの中で、人もまた動き始めていた。

武士として残る者。

北畠家中に組み込まれる者。

伊勢松坂屋へ来る者。

迷う者。

ただ一つ確かなのは、これまでの長野とのいざこざが、少しずつ過去に

なり始めているということだった。

若者たちは、胸を撫で下ろしながらも、新しい道を見ていた。

そして博之は、その若者たちを見ながら思った。

銭だけではない。

飯だけでもない。

人の行き場を作ることこそ、今の伊勢松坂屋の一番重い仕事なのかもしれない、と。