軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

京都郊外の小さなお寺との交流。炊き出し一回からでもさせていただければ。どうやら安易に京都の中心を狙う人たちではないらしい

京都郊外の小さな寺に、伊勢松坂屋の者たちが挨拶に来た。

住職は、最初から少し戸惑っていた。

「伊勢松坂屋さん、ですか」

「はい。伊勢の方より参りました」

「伊勢から、わざわざ京都の外れまで」

住職は、目の前の者たちをじっと見た。

身なりはきちんとしている。荷も整っている。言葉遣いも丁寧だ。けれど、それだけに

少し警戒もあった。

京都には、いろいろな者が来る。名を売りたい商人、寄進を口実に顔を広げたい者、

都に憧れて上ってくる者。そういう者を、住職は何度も見てきた。

「京都にお登りさん、というところですかな」

少し皮肉を込めて言うと、伊勢松坂屋のまとめ役は、すぐに頭を下げた。

「いえ、京都の真ん中へ入りたい、というのとは少し違います。旦那様からも、

そこは急ぐなと言われております」

「ほう」

「我々は、伊勢の国で商いを始め、上野を通り、大和、奈良を通り、近江を通り、

ようやくこちらへ少しずつ近づいてきました。大津でも、小さな市や炊き出しをさせて

いただいております」

住職は、少し表情を変えた。

「大津の話は、聞いております。信楽焼を扱い、伊勢の小物を運び、炊き出しもしているとか」

「はい。まだまだ小さなことではございますが」

「小さなこと、と言うには、随分広く動いておられるようですがな」

「確かに、道だけ見れば広くなりました。ただ、やっていることは、飯を出し、品を運び、

困っているところへ少し銭を回す。それだけでございます」

住職は、ふむ、と息を吐いた。

「施しを受けるか受けないかで言えば、こちらも受けます。炊き出しをしてくださるなら、

助かる者はおります。子どもらも喜ぶでしょう」

「ありがとうございます」

「ただし」

住職は、少し声を低くした。

「京都で荒々しく動くと嫌われますぞ」

まとめ役は、真剣な顔で頷いた。

「そこは重々承知しております」

「京都は、見えるところも見えぬところも、しがらみが多い。格の高い寺もあります。

昔からの商いもあります。顔を立てねばならぬ者も多い。ややこしいぶん、

うまく肩にはまれば利益も乗るでしょう。けれど、外せば厄介です」

「はい。ですので、まずは小さく、無理のない範囲でと考えております」

まとめ役は、持参した包みを静かに差し出した。

「本日は、まぜ飯と肉あん、それから少しだけ伊勢の小物と信楽焼をお持ちしました。

大きな市を立てたいという話ではなく、まずはご挨拶です」

「信楽焼まで」

「大津方面とのご縁で入っております。もし檀家の方に見せる機会がございましたら、

話の種にもなりますし、寄進のきっかけにもなるかもしれません」

住職は、包みを見ながら少しだけ笑った。

「ただ飯を持ってきたわけではないのですな」

「旦那様が、そういうことをよく考える方でして」

「その旦那様は、どのような方ですか」

まとめ役は、少し困ったように笑った。

「普段は屋敷でごろごろしていると聞いております」

「ごろごろ?」

「はい。ただ、飯のこと、人の流れ、銭の回し方になると、妙に頭が回ります」

住職は、思わず笑った。

「面白い方ですな」

「はい。変な方です」

それから、まとめ役は本題に入った。

「我々の当面の目標は、京都の郊外をぐるぐると回りながら、大津方面の拠点と、

宇治方面の拠点をつなぐことです」

「宇治にも拠点を?」

「はい。奈良から宇治へ、そして京都郊外へ。こちらは大津から京都郊外へ。

京都の真ん中ではなく、その外側を丁寧につなぎたいと聞いております」

「なるほど。都の中心に突っ込むのではなく、周りから少しずつ」

「はい。比叡山、坂本、堅田の方も道としてはございます。ただ、延暦寺関係は、

また別の格があると見ております」

住職は、ゆっくりと頷いた。

「それは正しい見方です。比叡山は大きい。僧兵もおりますし、麓にも顔が利く。

小さな寺のように、飯と銭だけで素直に話が進む場所ではありません」

「旦那様も、大きく格式のある寺へ急ぐ気はないようです」

「なぜですかな」

「旦那様は元々、根なし草のようなところから始められた方です。飯を食えない者、

行き場のない者、小さなお寺で文字を教わった者、そういうところへの思いが強いようでして。

格式の高いところに頭を下げるより、小さくて手が回っていないところに飯を持っていきたいのだと

思います」

住職は、しばらく黙った。

「規模が大きくなっても、その考えを残しているのは感心ですな」

「ただ、うまくいくかは分かりません」

「そこを正直に言うのは、よろしい」

「はい。ですので、まずは炊き出し一回から始めさせていただければと。無理をすると続きません。

無理なく続けられる範囲で、少しずつやらせていただきたいのです」

住職は、少し考えた。

伊勢松坂屋という名は、すでに耳に入っている。伊勢で大きく商いをし、奈良でも動き、

大津にも入ってきた飯屋。勢いがある。だからこそ、警戒もあった。

しかし、目の前の者は、京都を取るような顔をしていない。むしろ、こちらの顔を潰さぬように、

慎重に言葉を選んでいる。

「謙虚なことは、よいことです」

住職は、ようやく柔らかく言った。

「では、一度やってみましょうか」

「ありがとうございます」

数日後、その寺で小さな炊き出しが行われた。

大きな看板は出さない。伊勢松坂屋の名も控えめにする。前に立つのは住職と寺の者たち。

伊勢松坂屋は飯を作り、品を並べ、手伝う形に回った。

まぜ飯、温かい汁、肉あんが配られると、子どもたちはすぐに目を輝かせた。

「うまい」

「肉入ってる」

「これ、伊勢の飯なん?」

「また来てくれるん?」

大人たちも、最初は遠巻きに見ていたが、一口食べると表情がゆるんだ。

「これは、確かにうまいな」

「京都の外れにおって、伊勢の品や信楽焼まで見られるとは思わなんだ」

「今の都は、何でもすぐ手に入るわけでもないしな」

小さな市には、伊勢の小物、信楽焼、奈良の香や筆が少しずつ並んだ。

京都にいるからといって、すべての品が身近にあるわけではない。特に郊外では、

都の華やかさからこぼれる者も多い。遠国の品を手に取れることは、思った以上に喜ばれた。

住職は、その様子を静かに見ていた。

「これは……思ったより、ありがたいことかもしれませんな」

まとめ役は頭を下げる。

「そう言っていただけると助かります」

「飯もうまい。子どもらも喜んでいる。品も目を引く。けれど、押しつけがましくない」

「そこは気をつけております。京都では、特に」

「よろしい。これなら、ちょこちょことした交流くらいなら続けてもよいでしょう」

「ありがとうございます」

「ただし、焦らぬことです。大きな寺に急に顔を出したり、都の中心で派手な市を立てたりすれば、

嫌う者も出ます」

「はい。まずは郊外から。炊き出しから。小さなご縁からやらせていただきます」

住職は手を合わせた。

「京都はややこしい。ですが、ややこしいからこそ、筋を通して、ゆっくりやれば道もできます」

まとめ役は深く頭を下げた。

京都郊外での一歩は、派手なものではなかった。

大きな店が立ったわけでもない。

都の商人たちが驚いたわけでもない。

ただ、小さな寺で炊き出しをして、子どもたちが飯を食い、遠国の小物を見て喜んだ。

けれど、それでよかった。

伊勢松坂屋が京都に入るなら、最初の一歩はこうでなければならない。

大きな顔をせず、誰かの顔を潰さず、地元の寺の手柄にして、飯と品だけをそっと置いていく。

大津と宇治をつなぐ道は、こうした小さな炊き出しから、静かに伸び始めていた。