軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3月初旬。楽しい帳簿の時間。12,728万文→15,540万文。すぐつぶれる額ではないwww京都郊外から広げる

「旦那様。楽しい楽しい帳簿の時間でございます」

ヨイチが帳面を抱えて入ってきた瞬間、博之は畳の上で目を閉じた。

「もうその言葉を聞くだけで怖い」

「怖くても見ます。三月一週目でございます。二月末までの帳簿をここで一度切ります」

「切らんでもええんちゃうか」

「切らないと、次の数字がさらに怖くなります」

「もう全部怖いやんけ」

お花が横で茶を置きながら、少し笑った。

「今回は、海鮮焼きの運用変更が入っていますからね」

「それや。あれ、数字に出るんか」

「出ます」

ヨイチは容赦なく帳面を開いた。

「まず、海鮮焼きです。松阪、伊勢で運用を変えました。六個百文、数量限定、

体験型を高めに設定した形です」

「あれな。売れすぎないように、むしろ高くしたやつな」

「はい。売れすぎないようにしたはずなのですが、売上は大きく上がっています」

博之は顔をしかめた。

「なんでやねん」

「単価が上がりましたし、体験型が思った以上に埋まっています。通常販売の数は抑えていますが、

全体の粗利はかなり良くなっています」

「飯屋って難しいな」

「旦那様が難しい飯を作ったのです」

お花も頷く。

「ただ、これは悪い数字ではありません。売れすぎて周りを壊すより、数を絞って単価を上げる。

体験で価値を出す。今の方向は、伊勢神宮を見据えるなら合っています」

「それならええけど」

ヨイチは次の項目を指差した。

「一方で、京都郊外が仮に立ち上がり始めました」

「ついに京都か」

「京都の真ん中ではありません。大津方面から郊外へ入り、宇治方面とつなぐための足場です」

「そこ大事やな。真ん中に入ったら絶対揉める」

「はい。ですので、炊き出し、寺社への挨拶、飯場候補、荷置き場候補、地元の顔役への手土産、

そのあたりを中心にしています。その分のマイナスは計上しております」

「最初は撒くしかない」

「その通りです」

「奈良はどうや」

「奈良は、少し揉めごとがありました」

「ああ、地元の町屋さんとか小寺さんの話やな」

「はい。伊勢松坂屋が目立ちすぎて、昔から施しをしていた方々の顔を潰しかねない、という件です」

「それは大事や。飯も善意も出しすぎたら、人の場所を奪うからな」

「現場でうまく調整しました。今後は、地元の寺や町屋さんにも市や炊き出しの前に立ってもらい、

伊勢松坂屋は品と飯と銭を出しつつ、黒子に回る形を増やします」

「ええやん」

「そのおかげで、奈良は丸く収まりつつあります」

博之は少し安心したように息を吐いた。

「奈良は大事やからな。揉めずに進めたい」

「宇治と藤井寺は、まだ立ち上げ段階です」

「そこはまだ赤か」

「はい。まだまだマイナスでございます。藤井寺は鍛冶職人衆との関係、湯浴み、飯場、

金型の保管と練習場。宇治は京都方面への入口。どちらも必要な投資ですが、数字としては

まだ重いです」

「そこは我慢やな」

「ただし、立ち上がり拠点が二つ増えているため、買い付け隊の金額も増えています」

「出た、買い付け隊」

「はい。拠点が増えると、買い付けも増えます。信楽焼、伊勢小物、奈良の品、藤井寺の金物、

宇治方面の物、これらが少しずつ乗ってきています」

「強いなあ」

「強いです」

ヨイチは帳面の下の欄を指で押さえた。

「もろもろ含めまして、今回の増加分は二千八百十二万文でございます」

博之は目を閉じた。

「聞きたくなかった」

「聞いてください」

「前が一億二千七百二十八万文やったな」

「はい」

「足すと?」

「一億五千五百四十万文でございます」

部屋が少し静かになった。

お花がぽつりと言う。

「一億五千五百四十万文……」

「もう数字の桁が気持ち悪い」

博之は畳にごろりと転がった。

「まあ、ここまで来ると、この数字ですぐ店が潰れるとか、そういう段階ではございません」

ヨイチは冷静だった。

「問題は、銭そのものより道筋です」

「道筋?」

「はい。京都方面の道筋が立ち始めたこと。大津から京都郊外へ入り、宇治からも京都郊外へ入り、

その二つをつなぐ構想が現実味を帯びてきています」

「京都の真ん中は避ける」

「はい。まずは郊外です。炊き出し、飯場、市、荷の受け渡し、地元の寺社との関係作り。

真ん中に入るより、周りをぐるぐる回す方が安全です」

「それがええ。京都のど真ん中は、商人も寺も武家も濃すぎる」

「もう一つは、桑名から蟹江、尾張方面です」

「そこも見え始めたか」

「はい。まだ本格的ではありませんが、蟹江へ向かう流れが立ち始めています。尾張の物価、

瀬戸物、常滑焼、米や塩の動きも、買い付け隊が少しずつ見ています」

「織田の動きも、相場で見る」

「その方針で進めています」

博之は腕を組んだまま、ごろごろと寝返りを打った。

「銭は増えた。けど、それより京都と尾張の道が見え始めたことの方が怖いな」

「はい。銭は拠点や物に変えられます。しかし道ができると、人も荷も噂も動きます」

「噂が怖い」

「怖いです。だからこそ、京都は郊外から。尾張は買い付けと相場から。堺は藤井寺から。

焦らずに行く必要があります」

お花が言った。

「奈良の件も教訓ですね。良いことをしていても、地元の顔を潰せば火種になります」

「ほんまそれや。京都で同じことやったら、奈良どころじゃすまん」

「だから黒子に回るところは黒子に回る。前に出るところは出る。海鮮焼きも、売る数を絞る。

全部同じですね」

「出しすぎない」

「はい」

ヨイチは帳面を閉じた。

「まとめます。二月末時点で、一億五千五百四十万文。海鮮焼きの運用変更で松阪・伊勢は大きく伸長。

京都郊外の立ち上げ費用を計上。奈良は小さな揉めごとを調整済み。宇治・藤井寺はまだマイナス。

買い付け隊は拠点増加に伴って増益。今後の課題は、京都郊外と宇治・大津の接続、

蟹江から尾張方面への道筋です」

「分かりやすいけど怖い」

「怖がってください。その方が安全です」

博之は天井を見上げた。

「一億五千万文持って、京都と尾張を見てる飯屋って、もう何なんやろな」

「飯屋です」

「無理あるやろ」

「飯屋です」

お花が笑った。

「少なくとも、旦那様はごろごろしている飯屋の旦那様です」

「そこは間違いないな」

「威厳はありませんが」

「余計や」

女衆たちがくすくす笑った。

銭は増えた。

だが、それ以上に道が伸び始めている。

大津から京都郊外へ。

宇治から京都郊外へ。

桑名から蟹江、尾張へ。

藤井寺から堺へ。

伊勢松坂屋は、また一つ大きな段階へ入ろうとしていた。

博之はごろごろしながら、ぽつりと言った。

「粛々とやるしかないな」

ヨイチが頷く。

「はい。粛々と」

「でも、数字はもうちょっと優しくしてほしい」

「それは無理です」

「楽しくない楽しい帳簿やな」

「続きます」

そうして、三月一週目の帳簿は閉じられた。