軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

奈良の郊外での炊き出しと市での和尚さんと会話中に、前から細々やっていた商家やお寺さんが嫌味を言いに来る。丸く収めるまとめ役

奈良の郊外で、伊勢松坂屋の市が開かれていた。

休日ということもあり、人の出はなかなかのものだった。寺の境内の片隅には、伊勢から

運ばれてきた小物、信楽焼の器、奈良の香や筆、伊勢松坂屋のまぜ飯や肉あんが並んでいる。

少し離れたところでは炊き出しが行われ、子どもたちが列を作っていた。

「おお、今日はよう集まっておりますな」

寺の和尚が、奈良のまとめ役に声をかけた。

「ありがたいことです。最初はどうなるかと思いましたけど、少しずつ受け入れていただけて

いるようで」

「伊勢松坂屋さんとのご縁ができてから、こちらもいろいろ変わりましたわ」

和尚は境内を眺めながら、しみじみと言った。

「信楽焼をいただいて、それを檀家さんに見せて寄進のきっかけにできる。市の売り上げの一部を

炊き出しに回せる。子どもらに飯を食わせて、読み書きそろばんを教えることもできる。

前は、そんなことまで考えられませんでした」

「こちらも助かっています。奈良のお寺さんが顔を出してくださるから、私らもここで動けるんです」

「子どもらも、変わってきましたな」

和尚が笑う。

「最近は、読み書きそろばんを覚えて、いつか伊勢松坂屋さんの店で働きたい、などと言う子まで

出てきました」

「ありがたい話です。うちも人は必要ですし、食いっぱぐれていた子が働き口を見つけるなら、

それはうちとしても本当に嬉しいです」

そんな話をしていた時だった。

「伊勢松坂屋さんも、たいそうありがたいことをしてくださるなあ」

少し皮肉の混じった声がした。

振り返ると、地元の古い町屋の主人と、小さな寺の住職が立っていた。どちらも昔から奈良郊外で

細々と施しをしてきた者たちだった。

まとめ役はすぐに頭を下げた。

「いつもお世話になっております」

「いやいや、こちらこそ。別に喧嘩しに来たわけやないんや」

町屋の主人は手を振った。

「ただな、伊勢松坂屋さんが来てから、えらい人が集まるようになったやろ。炊き出しも、市も、

読み書きそろばんも、そら立派や。ありがたい。ほんまにありがたいんや」

小寺の住職も頷いた。

「けどな、うちらも昔から細々やってきた身や。米を少し出したり、子どもに字を教えたり、

困った者を寺に泊めたりな。それが最近は、伊勢松坂屋さんのところばかり見られるようになって、

少し肩身が狭い」

まとめ役は言葉に詰まった。

「そんなつもりは……」

「分かっとる。そんなつもりはないんやろ」

町屋の主人は苦笑した。

「でも、こちらからすると、何してんねん、昔からやってたこっちの顔はどこへ行ったんや、

となることもある」

「別に、やってくれることを悪く言いたいわけやない」

小寺の住職が続けた。

「炊き出しはありがたい。子どもらが飯を食えるのもありがたい。けど、なんか、うまいこと

ならんかね、という話や」

まとめ役は、しばらく考えた。

確かに、伊勢松坂屋は勢いがある。飯も出せる。銭も出せる。市も開ける。だからこそ、

前から地道にやっていた人たちの顔を潰している可能性があった。

「申し訳ありません」

まとめ役は深く頭を下げた。

「こちらの気が回っておりませんでした」

「いや、謝ってほしいわけやないんや」

「はい。ただ、これは直した方がいいことです」

まとめ役は少し顔を上げた。

「もしよろしければ、次からの市や炊き出しは、こちらの寺だけではなく、皆様のところとも

一緒にやらせてください。頻繁にとは申しません。月に一度でも、季節の折でも構いません」

「うちで市を?」

「はい。大きな市でなくてもいいんです。伊勢の小物を少し、信楽焼を少し、奈良の品を少し。

こちらで持ってきたものの一部をお渡しします。それを寄進のきっかけにしていただいても

いいですし、炊き出しの原資にしていただいてもいいです」

町屋の主人は、少し顔をしかめた。

「物乞いみたいに受け取るのは嫌やで」

「もちろんです。そうではありません」

まとめ役は丁寧に言った。

「皆様がこれまで積み重ねてこられたものに、うちの荷を少し乗せてもらう形です。

前に立つのは、地元の皆様で構いません。うちは飯と品を持っていきます。裏方でも構いません」

小寺の住職は、少し表情を和らげた。

「裏方でええのか」

「はい。むしろ、その方がいいと思います。伊勢松坂屋ばかりが前に出ると、また同じことに

なりますから」

町屋の主人は、腕を組んで唸った。

「まあ、もらえるもんはもろとくわ」

「はい」

「ただ、わしらも欲しい欲しいと言いに来たわけやない。そこは分かってくれ」

「もちろんです」

「うちらのことも、少し気にかけてほしい。それだけや」

「必ず」

まとめ役は頭を下げた。

「予定を調整して、皆様のところでも一緒に何かできるようにします。炊き出しも、市も、

読み書きの場も、地元の方々と一緒にやる形に変えていきます」

「なら、頼むわ」

そう言って、二人は少しだけ機嫌を直したように帰っていった。

残されたまとめ役は、ほっと息を吐いた。

和尚が隣で静かに言った。

「皆さん、よく見ておられるということですな」

「そうですね。私らが目立ちすぎたら、よそさんが嫌がるのは当然です」

「伊勢松坂屋さんは、良いことをしておられます。ただ、良いことも大きくなれば、

周りの顔を潰すことがある」

「まさにそれですね」

まとめ役は苦笑した。

「旦那様がよく言われるんです。よその飯を奪ったらあかん、と。売れすぎる飯は周りに

恨みを買うから、お礼札を配ってよその店に行ってもらう。伊勢神宮や伊勢港で

やっている考え方です」

「飯だけでなく、善意も同じかもしれませんな」

「はい」

まとめ役は深く頷いた。

「炊き出しも、うちだけで人を集めすぎたら、昔からやっている人たちの顔を潰す。

だから、これからはお礼札と同じです。人も手柄も、地元へ流す」

和尚は微笑んだ。

「それを、現場の方が自然に考えられるところが、伊勢松坂屋さんの強さなのでしょうな」

「いやいや、みんな根なし草から頑張ってきただけです」

「それが大きいのです」

和尚は境内を見た。

子どもたちが、炊き出しの椀を持って笑っている。市では、信楽焼を手に取る人がいる。

伊勢松坂屋の者たちは忙しく動いているが、どこか楽しそうでもある。

「飯を食えなかった者が、飯を出す側に回る。だから、腹を空かせた者の気持ちが分かる。

けれど、昔から支えてきた者の気持ちも、これからは分からねばなりませんな」

「本当にそうです」

「旦那様に手紙を書きますか」

「書きます。ただ、まずは私らでできることをします」

まとめ役は言った。

「次の市から、地元の町屋さんや小寺さんにも名前を出していただきます。信楽焼や伊勢小物も、

少しずつ分けます。炊き出しも、うちだけでやるんじゃなくて、地元の方に前に立ってもらう」

「よいと思います」

「伊勢松坂屋は黒子でもいいんです。飯を出して、銭を回して、町が少し楽になるなら」

和尚は手を合わせた。

「それができれば、また良いご縁になりますな」

「はい」

まとめ役は、少し遠くを見た。

奈良は、うまく立ち上がり始めていた。

だが、立ち上がったからこそ、見える火種もある。

飯も、善意も、出しすぎれば誰かの場所を奪う。

そのことを、この日の小さな嫌味は教えてくれた。

伊勢松坂屋は、また一つ学んだ。

目の前の人に飯を渡すだけでは足りない。

その飯を、誰の顔で渡すか。

誰の手柄にするか。

そこまで考えてこそ、土地に根を張ることができるのだと。