作品タイトル不明
博之がゴロゴロしながら戦略会議。堺方面、京都方面、伊勢~尾張方面。北畠を滅ぼす存在なら三好より織田やぞという考察
その日、博之は主だった者たちを屋敷に集めていた。
戦略会議、と呼べば聞こえはよい。
ただ、本人は畳の上でごろごろ転がりながら話していたので、集まった者たちからすれば、
半分は雑談であり、半分は怖い未来の話であった。
「まあ、藤井寺はちょこちょこ始まってるやろ」
博之は横向きに寝転がったまま言った。
「堺の手前や。あそこはちゃんと育てたい。鉄板も金型もあるし、親方衆との縁もある。
まずは郊外からやな」
ヨイチが帳面を開く。
「藤井寺は、堺方面の足場ですね」
「そう。堺の中にいきなり入るのは怖い。三好もおるし、商人も濃いし、あそこは銭の化け物みたいな
町や。まずは手前で飯場と湯浴み、金型の練習、浜の魚の口を作る」
お花が頷いた。
「奈良方面はどうされますか」
「そこやな。奈良は奈良で伸びてる。大和高田も立ち上がった。となると、生駒の方から
大阪方面へ入っていく道も一つやと思ってる」
「生駒越えですか」
「うん。いきなり大坂のど真ん中やなくて、奈良から山を越えて、ちょっとずつや。
飯と荷と人が通れるかを見たい」
博之は寝返りを打って、今度は天井を見た。
「宇治はもちろん京都や。奈良から宇治、宇治から京都郊外。大津も立ち上がっとるから、
草津、大津から京都郊外。ここがつながったら、京都の外側で輪っかができる」
ヨイチがすぐに書き込む。
「奈良―宇治―京都郊外。草津―大津―京都郊外。両側からつなぐ形ですね」
「そう。ただ、比叡山、坂本、叡山あたりは……」
博之は顔をしかめた。
「わし、比叡山は嫌いや」
場が少し静かになった。
「旦那様、いきなり何を」
「なんか坊さんが偉そうやから、あんまり好きではない」
「偏見では」
「偏見や。でも後回しでええ。京都郊外で宇治と大津をつなぐ方が優先度高い」
お花が苦笑する。
「比叡山相手にその態度は危ないですよ」
「だから後回しや。わざわざ嫌いなところに突っ込む必要はない」
「六角の観音寺城方面は?」
「別に今すぐやなくてええ。南近江は草津、大津が動いてるから、そこからじわじわやな」
そこから博之は、今度は北伊勢の方へ話を移した。
「桑名が立ち上がってる。となると、蟹江の方に向かうのは自然や」
「尾張方面ですね」
「そう。織田領が近くなる」
その言葉に、場の空気が少し変わった。
博之は、何でもないように続ける。
「多分、北畠が滅びるとしたら、織田家やと思ってる」
「え?」
何人かが声を上げた。
お花が慌てて言う。
「旦那様、あまり物騒なことを言わないでください」
「いやいや、今日明日どうなる話ちゃうぞ」
博之は手をひらひらさせた。
「第一、長野の殿様がおるやろ。その上に国人衆がおる。一向衆もおる。北伊勢はややこしい。織田がいきなり松坂まで降りてくるなんて、今は誰も考えてへん」
「では、なぜ織田なのですか」
「三好より、織田やと思うからや」
博之は少し起き上がった。
「三好はでかい。畿内で強い。けど、三好が大軍を北畠に送ろうと思ったら、伊賀がある。
伊賀を越えて大軍を通すのは面倒や。北畠が三好に攻め込むのも無理や。伊賀で詰まってる」
「なるほど」
「となると、北側や。尾張、美濃、伊勢の境目。そこが動いた時が怖い」
ヨイチは筆を止めずに聞いている。
「北畠様は、良くも悪くも、あぐらをかいているところがあります」
「そうや。今は銭もある。平穏や。長野を滅ぼす気もない。まあ、長野を滅ぼすには人手もいるし、
商売の流れを止めることにもなるから、やらんのは正しい面もある」
「ですが、動かないことで、北から来られる余地があると」
「そういうことや」
博之は続けた。
「織田、正確には尾張を治める者やな。今川義元を討ち取ったという事実がある。しかも、
義理の父の斎藤道三の絡みで美濃を取るような流れになれば、状況は変わる。斎藤、松平、
今川の残り、そこら辺がどう動くかはちゃんと見たい」
「間者を入れますか」
「いや、ばんばん入れるわけやない。うちは飯屋や。露骨なことはせん。ただ、相場は見てほしい」
「相場?」
「米、塩、味噌、鉄、瀬戸物、常滑焼、馬、布、酒。物の値と動きや。戦の匂いは、物の値に出る」
ヨイチは深く頷いた。
「買い付け隊に見させます」
「それでええ」
そこで博之は、少し顔を緩めた。
「個人的な趣味で言うと、瀬戸物は欲しい」
「趣味ですか」
「趣味兼商売や。瀬戸物は従業員向けに高いものを売りつける」
「売りつけるって何ですか」
お花がすぐ突っ込んだ。
「いや、新たな福利厚生というか、欲しいやつに買わせるというか」
「言い方が悪いです」
「だって、ええ器で飯食うと嬉しいやろ。信楽焼もそうやけど、従業員が自分の器を持つのは悪くない。
ちょっと高めでも、給金から少しずつ払えるようにするとか」
「それは売りつけではなく、分け売りです」
「じゃあ分け売りで」
「常滑焼は?」
「常滑は普段使い用やな。水がめ、甕、壺。船便で運べるなら欲しい。店でも使うし、拠点でも使う」
「尾張方面は、商材としても重要ですね」
「そう。だから焦らず見る」
博之はまた畳に寝転がった。
「全部を一気にやるつもりはない。みんなの生活ありきや。三千八百人もおるんやから、無茶はできん」
お花が静かに言った。
「ですが、銭を持ったまま屋敷でごろごろしているのも危ない、と」
「そうや。銭をじゃぶじゃぶ持って、屋敷でごろごろしてたら狙われる」
その場の何人かが吹き出した。
「旦那様」
「何や」
「狙われそうで怖い人の態勢ではありません」
お花がそう言うと、女衆たちも笑った。
「ほんまです」
「危機感あるなら起きてください」
「ごろごろしながら北畠の滅亡予想しないでください」
博之はむくれた。
「ごろごろしてるから考えられるんや」
「それが一番困ります」
ヨイチが帳面を閉じながら言った。
「まとめます。藤井寺は堺方面の足場。生駒から大阪方面も検討。宇治と大津は京都郊外で接続を
目指す。比叡山は後回し。桑名から蟹江、尾張方面は相場確認を強化。瀬戸物、
常滑焼は商材として調査。織田、斎藤、松平の動きは物価で見る」
「それで頼む」
「ただし、旦那様」
「何や」
「これだけの戦略を語ったなら、少しは起きてください」
「いやや」
また笑いが起きた。
銭を抱えれば狙われる。
ならば、飯場に変える。湯浴みに変える。器に変える。道に変える。人の働き口に変える。
博之はごろごろしながら、次の道を見ていた。
堺、京都、尾張。
どれも危ない。
だが、動かなければもっと危ない。
根なし草から始まった飯屋は、いよいよ畿内と尾張の入口を見据え始めていた。