軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ある日の大津郊外のお寺で炊き出しと市を開催している伊勢松坂屋の拠点長と住職がダラダラ話す。困っているお寺に仕組みとして支援してくれるのはありがたい。やらない善よりやる偽善

大津の端の拠点で、まとめ役と寺の住職が、縁側に腰を下ろしてだらだらと話していた。

春先の風はまだ少し冷たい。けれど、拠点の前には人の出入りがある。荷を運ぶ者、飯を食いに

来る者、市を覗きに来る者。松阪や伊勢ほどの派手さはないが、大津にも少しずつ伊勢松坂屋の

気配が馴染み始めていた。

「最近、こちらの市も、だいぶ受け入れられてきましたな」

住職が穏やかに言った。

「ありがたいことです」

まとめ役は頭を下げる。

「信楽焼もそうですし、伊勢の小物もそうです。大津にいながら、そういうものを手に取れる

機会はなかなかありませんからな」

「最初は従業員向けに始めたものなんですけどね。うちの者らは寝るところとまかないがありますから、

給金が少し残りやすいんです。そうなると、器や小物を買う者が出てくる。それで市を立てたら、

ご近所の方も覗いてくださるようになりました」

「よそ者にも買わせてもらえるのは、ありがたいことです」

「こちらとしても、賑やかしになりますから」

まとめ役は笑った。

「時々、芸人さんを呼んだりもしますけど、やっぱり主は炊き出しですね。あれをやらせて

もらえるのがありがたいです」

「いつも感謝しております」

住職は深く頭を下げた。

「いえいえ。こちらこそ、ご近所の皆様のおかげで店を出せています。嫌われたら終わりですから」

「その割には、羽振りがよろしい」

住職が冗談めかして言うと、まとめ役は苦笑した。

「伊勢の国での売り上げが安定しているんです。松阪、伊勢、港、買い付け隊。

そのあたりがしっかりしているから、こちらにも銭を回す余裕があるんです」

「なるほど」

「それに、さっきも言いましたけど、うちは寝るところとまかないを基本的に出しています。

だから従業員の銭が少し残る。残った銭で、市のものを買う。そうすると街にも銭が落ちる。

そういう循環が少しずつできてきました」

「積み重ねですな」

「はい。一拠点の長である私が偉そうに言うのもなんですが、積み重ねです」

住職は拠点の方を眺めた。

若い者たちが、荷を運びながら笑っている。女衆が飯場の方へ出入りしている。

子どもが炊き出しの残りをもらって、嬉しそうに走っていく。

「皆さん、真面目にやっておられますな」

「そこはありがたいです」

「寝なし草や、飯を食えなかった者も雇って、炊き出しもしている。立派なことだと思います。

旦那様も、さぞしっかりした方なのでしょうな」

まとめ役は一瞬黙り、それから笑った。

「旦那様ですか。基本、ゴロゴロしてますよ」

「ゴロゴロ?」

「はい。屋敷でゴロゴロしながら、飯のことを考えています」

住職は目を丸くした後、ふっと笑った。

「それはまた、意外ですな」

「でも、ご飯を作る発想は本当にすごいんです。肉あん、魚のすり身揚げ、海鮮焼き、ふくふく焼き。

作ること自体は、練習すれば皆できるようになります。でも、最初に思いつくところが

旦那様なんです」

「なるほど。上に立つ者が硬すぎないから、周りも動きやすいのかもしれませんな」

「そうかもしれません。旦那様が全部を締め付ける方だったら、ここまで広がらなかったと思います」

まとめ役は少し声を落とした。

「今、旦那様は砂糖と小豆を欲しがっています。それで、京都と堺を目指す流れになっています」

「京都と堺ですか」

「はい。ただ、京都のど真ん中にいきなり入るつもりはありません。まずは郊外から。

炊き出しをして、顔をつないで、飯場を作って、少しずつです」

「大津からなら、坂本や比叡山の方も見えますな」

「そこが難しいところでして」

まとめ役は少し苦い顔をした。

「旦那様は、比叡山をあまり好いておられないようです」

「ほう」

「先日、各地に回ってきた手紙でも、少しそういう書きぶりがありました。比叡山や格式の高い

お寺よりも、今日明日の飯に困っている人や、炊き出しを喜んでくれるような小さなお寺を

大事にしたいように見えます」

住職は、ゆっくり頷いた。

「比叡山は、なかなか難しいところです。僧兵もおりますし、麓の町にも顔が利く。

言い方は悪いですが、柄の悪い者もおります」

「やはりそうですか」

「格式が高いところほど、飯だけでは通じぬこともあります」

「旦那様は、そういうところが苦手なのかもしれません」

まとめ役は少し考えながら言った。

「昔、根なし草みたいな時に、文字を教えてもらったり、飯を分けてもらったり、そういう

交流があったと聞いています。だから、困っているお寺さんや、身近に人を助けている方には

手を出したい。でも格式ばかりの場所には、あまり心が向かないのかもしれません」

「奈良の件もありましたな」

「はい。奈良の時も、最初はかなりこじれました。寄進を求められて、それに対して三倍返しのように

銭を投げて、そこから文化交流になった。今では良い形になっていますけど、あれもなかなか

印象的でした」

住職は苦笑した。

「旦那様は、格式に真正面から頭を下げるより、飯と銭で場をこじ開ける方なのでしょうな」

「否定できません」

まとめ役も笑った。

「けれど、私としては、京都の郊外には、今日明日の飯に困る人もいると思うんです。都の中は

華やかでも、外れには外れの苦しさがある。そこへ炊き出しから入るのは、うちらしいかなと」

「全部は救えませんがな」

「はい。それは旦那様もよく言います。全員を救うのは無理だと。でも、目の前の人に

何かしてあげたい気持ちは、偽善でもいいんじゃないかと」

住職は静かに頷いた。

「やらぬ善より、やる偽善ですな」

「そうです。炊き出し一杯でも、その日助かる人がいるなら、それでええかなと」

しばらく二人は、拠点の前を行き交う人々を眺めていた。

やがて住職が言った。

「宇治の方にも拠点ができ始めているとか」

「はい。奈良から宇治、宇治から京都郊外。こちら大津からも京都郊外へ。そこをつなぐのが、

うちの大きな役割になると思います」

「大津は、大事な場所になりますな」

「怖いですけどね。今の拠点を回しながら、次の道も見ないといけないので」

「皆さん、志が高い」

「いえいえ。ちゃんと利益も追っていますよ」

まとめ役は慌てて手を振った。

「市で売れるものはきちんと売りますし、信楽焼もいいものは値をつけます。炊き出しばかりでは

続きませんから」

「そこまで仕組みにしているのが、すごいのです」

住職は穏やかに言った。

「ただ施すだけなら、一度で終わります。けれど、信楽焼を売り、市を立て、そこで得た銭を

炊き出しや子どもの学びに回す。檀家に見せる品としても使える。そういう流れまで考えておられる」

「ああ、そうでした」

まとめ役は思い出したように言った。

「今度、いい信楽焼が入っています。よろしければ、檀家さんに見せて、寄進を募る時などに

使ってください。器があると、話のきっかけになりますから」

住職は笑った。

「ほら、そういうところです」

「何がですか」

「飯屋と言いながら、寺の寄進の仕組みまで考えておられる。そこが面白い」

「全部、旦那様の影響でしょうね」

「良い影響です」

住職は手を合わせた。

「大津に来てくださって、よかったと思っております。京都へ向かうにしても、堺へ向かうにしても、

どうかこのやり方を忘れずにいてください」

「はい。嫌われたら終わりですから」

「そして、良いご縁があればよいですな」

「本当に」

大津の端の拠点は、まだ大きなものではなかった。

だが、市が立ち、炊き出しがあり、信楽焼が行き交い、寺の住職とまとめ役がこうして話す。

京都はまだ遠い。比叡山は厄介で、堺はさらに厄介だ。

それでも、飯を出し、銭を回し、目の前の人に一椀を渡すところから始めれば、

道は少しずつできていく。

大津は、そのための静かな足場になりつつあった。