軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

藤井寺郊外に小さな拠点ができた。陣中見舞いがてら鍛冶場の親方が来た。湯あみと飯に喜ぶ若い衆。まとめ役と堺の港を狙う話

藤井寺の郊外に、伊勢松坂屋の小さな拠点ができた。

まだ城下のど真ん中ではない。道沿いの少し外れ、荷を置けて、飯を出せて、簡易ながら

湯浴みもできる場所。看板もまだ控えめで、飯場というには少し整っているが、店というには

まだ小さい。

そこへ、藤井寺の鍛冶職人の親方たちがやって来た。

伊勢松坂屋の袴を着て、金型一式を担がせている。親方の後ろには、若い職人たちが

何人かついてきていた。

「陣中見舞いや」

親方は冗談めかして言った。

「新しい拠点ができた言うからな。金型もできたし、置かせてもらおうと思ってな」

若い衆の一人が小声で言う。

「親方、飯を食いに来たんやないんですか」

「それもある」

「ありますよね」

「飯も大事や。仕事も大事や」

若い衆たちは、どこかそわそわしていた。

松阪や伊勢へ行った親方たちは、伊勢松坂屋の飯と湯浴みを体験している。だが、

若い職人の多くはまだ知らない。袴を着て来れば飯を出してもらえる、湯浴みも使わせてもらえると

聞いて、朝から妙に落ち着かなかったのである。

拠点のまとめ役が、丁寧に頭を下げた。

「ようお越しくださいました。藤井寺の親方様方のお話は、松阪からも伺っております」

「こっちこそ、急に悪いな」

「いえ。金型もお持ちいただいたとか」

「ああ。松阪へ回す分もあるんやけどな。こっちにも一式置かせてもらおうと思って」

「ありがたいです。まだ郊外の小さな拠点ではございますが、今後は城下の方にも広げていく予定です。

こちらも少しずつ整えてまいりますので、ぜひ使ってください」

親方は、拠点の中を見回した。

飯を出す場所。荷を置く場所。奥には湯浴みの小さな区画。大きなものではないが、湯を張り、

体を流せるだけの用意はされていた。

「湯浴み、もうできとるんか」

「簡易なものではございますが、親方様方にまず使っていただけるようにと」

「そら、ありがたい」

若い職人たちの目が輝いた。

「親方、湯浴みですって」

「聞いた。落ち着け」

「いや、体験したことないんで」

「順番や。騒ぐな」

まとめ役は笑った。

「順繰りにお入りください。その後、ゆっくり飯を召し上がっていただければ」

「悪いな」

「いえ。旦那様からも、藤井寺の職人衆は大事にするようにと言われております」

若い衆たちは、順番に湯浴みへ向かった。

最初に入った者が出てくると、顔つきが変わっていた。

「親方、これ、すごいです」

「そんなにか」

「煤が落ちるだけで、なんか別人になった気がします」

「大げさやな」

「いや、でも気持ちええです。仕事終わりにこれ入れたら、だいぶ違いますよ」

次の者も、その次の者も、同じような顔で戻ってくる。

親方は、その様子を見ながら、拠点のまとめ役と少し離れたところで話し込んだ。

「これな、金型できたから、松阪に回すだけでもええねん」

「はい」

「向こうでは、もうめちゃくちゃ売れとるらしいな。伊勢でも津でも売れて、

今度は売り方を変えるみたいですわ。体験型を増やして、売れすぎないようにするんやと」

「その話は聞いております。六個百文にして、数を絞るとか」

「あれはな、ほんまにただの飯やない。できるところを見せる飯や。伊勢で見た時、

わしはちょっと衝撃を受けた」

親方は、持ってきた金型を軽く叩いた。

「だからな。ここでも、少し練習を始めた方がええかもしれんぞ」

まとめ役は目を丸くした。

「ここでですか。伊勢や松阪の話ではなく?」

「いや、あの旦那はたぶん堺を見とる」

「堺ですか」

「そうや。堺の町中にいきなり入るのは難しいやろ。三好もおる。商人もおる。

あそこは化け物みたいな町や。けど、港や湾岸でこれができるとなると話が変わる」

親方は少し声を落とした。

「大阪の湾岸、和泉、岸和田、紀伊の方。タコやイカは取れるやろ。マグロは知らん。

マグロ飯は向こうで作っとるけど、こっちで同じようにはいかんかもしれん。

けど、タコ、イカ、小魚、練り物。そういうもんなら多分できる」

「練り物もですか」

「ああ。串の練り物や、すり身を丸めたもの。海鮮焼きの中身にできるやろ。

逆に、鯛や立派な魚は新参者にはなかなか売ってくれへんと思う。けど、余りもの、

雑魚、足の早いものなら話はある」

まとめ役は、少し考え込んだ。

「つまり、堺方面に出るなら、こちら側でも焼き手を育てておいた方がいいと」

「そうや。いきなり伊勢から焼き手を丸ごと連れてきて、こっちで回すなんて無理や。

こっちにはこっちの焼き手がいる」

「なるほど」

「それに、ふくふく焼きもあるやろ」

「ああ、旦那様が考えておられる甘いものですね」

「そうそう。あれも、最初からあんこを入れんでもええ。蜂蜜を少し使った種だけでもええ。

小さい丸いものを焼いて、回す練習をする。焼けたものはまかないなり、おやつなりで食えばええ」

「練習しながら食べられるわけですね」

「そうや。回す練習は数をこなさなあかん。けど、捨てるのはもったいない。なら、

まかないにすればええ」

まとめ役は頷いた。

「旦那様に手紙で確認します。練習用の材料代、蜂蜜、粉、油、その辺を経費で落とせるように」

「そうしてくれ。あの旦那なら、たぶん出す」

「出されると思います」

「ただ、ちゃんと書けよ。堺方面を見据えた焼き手育成やと。まかない兼訓練やと」

「はい」

親方は少し笑った。

「しかし、あの旦那の発想はヨコシマやな」

「ヨコシマ、ですか」

「ふくふく焼きや。甘いものを二つ出して、始終ご縁がありますようにやろ。

あれはちょっと、なんというか、あざとい」

まとめ役は苦笑した。

「旦那様らしいです」

「けどな、見習うところはある。あれはただ甘いものを作ってるんやない。食べる場面まで

考えとる。誰と食うか、どう分けるか、どんな顔をするか。そこまで考えとる」

「飯そのものだけではないんですね」

「そうや。伊勢で見た海鮮焼きもそうや。味だけやない。音、匂い、見た目、くるりと返る瞬間、

客の声。全部が商いになっとる。あれは脳に焼きつくぐらい衝撃やった」

そこへ、湯浴みを終えた若い職人たちが戻ってきた。

「親方、飯まだですか」

「お前ら、湯から出たばかりで飯か」

「腹減りました」

「体が軽くなったら余計に」

まとめ役が笑って、飯を並べさせた。

まぜ飯、肉あん、味噌田楽、温かい汁。海の幸は少ないが、

藤井寺の郊外で出す飯としては十分だった。

若い衆たちは、目を輝かせて箸を取った。

「うまっ」

「肉あん、やっぱりうまいですね」

「味噌田楽、仕事終わりに食いたいですわ」

「湯浴みしてこれ食えるなら、毎日来たい」

親方は咳払いした。

「毎日来るなら、毎日ちゃんと仕事してからや」

「分かってます」

「親方もめっちゃ食べてるじゃないですか」

「わしは味を確かめとるんや」

「またそれですか」

笑いが起きる。

まとめ役は、その光景を見ながら少し安心した。

藤井寺の拠点は、まだ小さい。

海鮮焼きの店があるわけでもない。

堺へ入ったわけでもない。

けれど、金型が置かれ、湯浴みが使われ、職人たちが飯を食べ、堺方面を見据えた

練習の話が始まっている。

形は小さくても、確かに次の種は撒かれていた。

「親方様」

まとめ役は、改めて頭を下げた。

「できることから、こちらでも始めていきます」

「ああ。それでええ。最初から伊勢みたいにはならん。けど、こっちはこっちで育てたらええ」

「はい」

「どうせ、あの旦那はまた変なことを思いつく。こっちが何もできませんでは困るからな」

「肝に銘じます」

親方は、まぜ飯をもう一口食べてから、満足そうに言った。

「まずは飯と湯浴みや。そこに金型がある。なら、もう拠点としては十分始まっとる」

若い衆たちが、湯上がりの顔で飯をかき込んでいる。

その横で、藤井寺の金型は静かに置かれていた。

まだ火は入っていない。

けれど、その鉄はすでに、堺へ向かう次の商いの匂いを帯び始めていた。