作品タイトル不明
伊勢の殿様と話したのち伊勢城下町では伊勢神宮を見据えた強気運用で客数を減らす。客を舐めた値段にしたつもりが意外とおさまりがイイwww飯屋って難しいなwww
伊勢の殿様と会ったあと、博之は珍しくしばらく考え込んでいた。
伊勢港では、海鮮焼きは当たった。松阪でも当たった。津でも当たった。
だが、当たりすぎる飯ほど怖い。特に伊勢神宮を目指すなら、安く大量に売ればよいという話ではない。
「飯の火縄銃、か……」
博之は屋敷でごろごろしながら呟いた。
「撃ちすぎたら周りの店まで吹き飛ぶ、という話でしたね」
お花が茶を置きながら言う。
「せや。だから、伊勢神宮に持っていく前に、伊勢の城下町で一回、かなり絞った形を試したい」
ヨイチが帳面を開いた。
「どのようにしますか」
「まず、半刻に一回しかやらない」
「半刻に一回」
「しかも一回百個限定」
「かなり絞りますね」
「さらに六個百文」
お花が眉を上げた。
「六個百文ですか。今までの六十文から、かなり上げますね」
「確か一・五倍以上やな。かなり強気やろ」
「強気というか、客を試していますね」
「そう。これでどうやと。さすがに売れ行きは落ちるやろ」
博之は真面目な顔で続けた。
「一日三回やる。つまり百個を三回で三百個。今までの売れ方に比べたら、数はかなり減らす。
単価は上げる。売上はそこまで落ちへんけど、客数は抑えられる」
ヨイチは数字を追いながら頷く。
「確かに、数量を絞りつつ、売上を維持する設計ですね」
「で、体験型や」
「はい」
「半刻ごとに十名限定で、焼く体験を入れる。値段は二百五十文」
「二百五十文」
「十個から十二個ぐらい焼いてもらう。家族で分けてもいいし、好きな相手に食べさせてもいい。
父親が子どもにええところ見せてもいい。若い男が女の子に、俺こんなんもできるんやぞって
見せてもいい」
お花が苦笑した。
「旦那様、その発想が少し俗っぽいです」
「俗っぽい方が当たるねん」
「そこが嫌な説得力あります」
ヨイチは少し考えた。
「ただ、二百五十文はかなり高いです。普通に食べるだけなら百文。体験は二百五十文。
客がついてきますかね」
博之は腕を組んだ。
「そこやねん。正直、ちょっと舐めた値段やとは思う」
「自覚はあるんですね」
「ある。けど千文、二千文みたいな無茶ではない。ちょっと奮発すれば出せる。
けど安くはない。そこを狙ってる」
お花とヨイチは顔を見合わせた。
「悪い予感がしますね」
「するな」
「旦那様が“これで売れ行きは落ちるやろ”と言う時、だいたい変な当たり方をします」
「それ言われると弱いねん」
博之は畳に寝転がりながらも、目だけは真剣だった。
「六個八十文でも売れそうな気はする。だから百文。しかも百個限定。
売れるかどうかは分からんけど、“限定”って言葉がまた変に刺さるかもしれん」
「見せながら焼くから、余計に羨ましさが出ますね」
「そうや。食えへん人が、食ってる人を見てしまう。それはちょっと怖いけど、
逆に言えば価値が上がる」
「やってみないと分かりませんね」
「せや。だから伊勢の城下町で一軒、これで試す」
そして数日後、伊勢の城下町で、海鮮焼きの新しい運用が始まった。
店先には、いつものように金型が並べられた。だが、札にははっきりと書かれている。
海鮮焼き、六個百文。
半刻ごと、百個限定。
焼き体験、十名限定、二百五十文。
客たちはまず、値を見て足を止めた。
「百文か。高いな」
「港ではもうちょい安かったやろ」
「けど、あれや。港で馬鹿みたいに人気やったやつや」
「ここでは数を絞っとるらしいぞ」
「限定か……」
最初は迷いがあった。
だが、火が入ると空気が変わった。
金型に種が流れ、タコとイカが入り、じゅわっと音が立つ。女衆が返し棒を入れ、
くるくると返す。味噌醤油を刷毛で塗り、青のりを振る。見た目も香りも強い。
「やっぱりええ匂いやな」
「高いけど、一回ぐらい食ってみるか」
「伊勢港で食えへんかったしな」
六個百文の海鮮焼きは、爆発的に売れたわけではなかった。
だが、じわじわと売れた。
客は少し誇らしげに笹船を持ち、横の席でゆっくり食べる。値が高い分、人が殺到しすぎず、
店側も丁寧に焼ける。食べる側も、急いで押し込むというより、少し特別なものを
食べている顔になる。
「これはありやな」
「高いけど、ゆっくり食える」
「他の店で飯食ってから、これを一つ分けるのもええな」
思ったより綺麗に回った。
そして、さらに意外だったのは体験型だった。
二百五十文という値段にもかかわらず、そちらの方が先に埋まったのである。
「お父ちゃん、やるん?」
「任せとけ。お父ちゃんが焼いたる」
「焦がさんといてや」
「うるさいわ」
家族連れが来る。
少し年配の男が、妻や孫にええところを見せようとやる。
若い武家風の男が、連れの女に向かって「まあ見とけ」と得意げに立つ。
商人風の男が「たまにはわしが作った飯を食わせたる」と笑いながら返し棒を持つ。
女衆が横で教える。
「まだです。もう少し待ってください」
「今です。端を持ち上げて、くるっと」
「あっ、崩れた」
「大丈夫です。それも味でございます」
うまく返ると歓声が上がる。
「おお、回った!」
「父ちゃん、すごい!」
「若様、意外とお上手ですね」
「意外とは何や」
くるくる返す楽しさ。
自分で焼いたものを食べる嬉しさ。
誰かに食べさせる誇らしさ。
二百五十文は高い。だが、その高さが逆に「ちょっと奮発した体験」になっていた。
終わってみれば、通常販売はほどほどに売れ、体験型はほぼ埋まった。百個すべてが
毎回きっちり売り切れるわけではない。だが、大きく残るわけでもない。店側も落ち着いて焼ける。
周りの飯屋を大きく食うほどでもない。
報告を聞いた博之は、少し困った顔をした。
「意外と綺麗に回ったな」
お花が頷く。
「はい。綺麗に回ってしまいました」
「しまいましたって何や」
「旦那様が客を舐めた値段やと言っていたので、もう少し反発があるかと思いました」
「俺も思った」
ヨイチは帳面を見ながら言う。
「数を絞り、値を上げ、体験型を高めに置いたことで、客の総量は抑えられています。
ただ、売上はそれなりに保てています。しかも周辺店への影響も、港ほど強くありません」
「それは理想やな」
「はい。伊勢神宮を目指すなら、この方向はかなり参考になります」
博之は天井を見た。
「飯屋って難しいな」
「今さらですか」
「安くしたら売れすぎる。高くしたら高くしたで、特別感が出て売れる。限定にしたらまた売れる。
体験にしたらもっと売れる。もうどうしたらええねん」
お花が笑った。
「丁寧に試すしかありません」
「そうやな」
博之はごろりと寝転がった。
「伊勢神宮では、これよりさらに絞らなあかんかもしれんな」
「はい。ですが、方向は見えました」
「六個百文、百個限定、体験二百五十文。なかなか強気やけど、ありか」
ヨイチが帳面を閉じた。
「ありです。ただし、旦那様の悪い予感通り、また当たりすぎないよう注意が必要です」
「ほんま難しいな」
海鮮焼きは、伊勢の城下町でまた一つ形を変えた。
大量に売る飯から、絞って見せる飯へ。
安く広げる飯から、高く体験を売る飯へ。
伊勢神宮へ近づくにつれ、海鮮焼きはただの人気商品ではなく、商いの設計そのものを試す飯に
なっていた。