軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

大和高田の拠点の立ち上がりがひと段落したので藤井寺の拠点作りに取り掛かる。方々へあいさつの中藤井寺の工房を訪れる伊勢松坂屋の者。知らせと弁当に喜ぶ工房の親方

藤井寺の拠点は、まだできていなかった。

けれど、伊勢松坂屋の動きは早かった。大和高田の拠点がある程度立ち上がってきたことで、

次は藤井寺へ少しずつ手を入れていくことになったのである。

「いきなり大きな店を出すんやなくて、まずは郊外から丁寧にやろう」

博之はそう言っていた。

寺社仏閣への挨拶。

郊外の顔役への手土産。

道沿いの水場や空き地の確認。

飯場や荷置き場にできそうな場所探し。

そして、鍛冶職人たちが使える湯浴みの場所を、どう作るか。

博之は特にそこを気にしていた。

「鉄を打つ人らは、煤まみれで汗もかくやろ。飯だけやなくて、湯浴みできる場所もいる。

親方たちに入ってもらえるような小さいものでええから、ちゃんと用意したい」

そのため、まずは二十万文ほどを撒き始めることになった。

派手な店構えではない。

まずは、まぜ飯、肉あん、味噌田楽を手土産に、近くの寺社や郊外の集まりへ顔を出していく。

伊勢松坂屋という名前を覚えてもらう。飯を食べてもらう。こちらが何をしたいのかを、

少しずつ伝える。

その一環として、藤井寺の鍛冶場にも使いの者が訪れた。

「伊勢松坂屋でございます」

工房の前に立った使いの者を見て、若い鍛冶たちがざわついた。

「松阪屋さんや」

「親方、来はりましたよ」

奥から出てきた親方は、少し驚いた顔をした。

「おお、どうした。もう何か用か」

使いの者は丁寧に頭を下げた。

「このたび、藤井寺の方にも拠点を作る準備を始めることになりましたので、

まずはご挨拶に参りました」

「早いな。松坂から戻って、まだひと月も経ってへんやろ」

「はい。ただ、大和高田の方がある程度立ち上がってまいりましたので、こちらもできるだけ早めに、

郊外から少しずつ進めております」

「もう動いとるんか」

「旦那様からは、いきなり大きく構えるな、と。まずは飯を持って挨拶し、顔を覚えてもらい、

親方様方が使える飯場や湯浴みの場所を整えるように、と言われております」

「湯浴みまで考えとるんか」

親方の目が少し丸くなった。

「はい。最初から大きなものは難しいですが、鍛冶場の皆様が仕事帰りに体を流せるような、

小さな湯浴み場を作る予定でございます」

「そら、ありがたいな」

親方は思わず本音を漏らした。

藤井寺の鍛冶場は、火と煤と汗の場所である。鉄を打てば、着物は汚れ、顔も腕も黒くなる。

仕事が終わっても、簡単に体を流せる場所があるわけではない。松阪で入った湯浴みの

気持ちよさを、親方はまだ覚えていた。

「あの松坂の湯は、ほんまに良かったからな。伊賀越えの後やったから、骨までほどけたわ」

若い鍛冶たちが反応する。

「親方、そんなに良かったんですか」

「良かった。飯もうまいし、湯もある。あれが近くにできるなら、だいぶ違うぞ」

使いの者はさらに包みを差し出した。

「本日は、松坂へお越しいただいた時のように海の幸や海鮮焼きを振る舞うことはできませんが、

まぜ飯、肉あん、味噌田楽をお弁当としてお持ちしました。十人前ほどございます」

「そこまでしてくれたんか」

「皆様で召し上がってください」

若い鍛冶たちの顔が一気に明るくなった。

「肉あんもあるんですか」

「味噌田楽、うまそうやな」

「まぜ飯、ええ匂いや」

親方が慌てて咳払いする。

「お前ら、まず礼を言え」

「ありがとうございます!」

包みを開くと、まぜ飯の香りが広がった。具がしっかり入っており、冷めても味が落ちにくい

ように作られている。肉あんは小ぶりながら旨味が濃く、味噌田楽には甘辛い味噌が

たっぷり塗られていた。

親方はまぜ飯を一口食べ、少し黙った。

「……うまいな」

「ありがとうございます」

「松阪や伊勢で食った魚のすり身揚げも、マグロの汁物もよかった。けど、

まぜ飯はまぜ飯でうまい。こういう飯が近くにできるなら、ほんまに嬉しいわ」

若い鍛冶も肉あんを頬張る。

「これ、仕事終わりに食えたら最高ですね」

「湯浴みもできるんですよね」

「まだ準備中やと言うてはるやろ」

親方がたしなめるが、本人も嬉しそうだった。

使いの者は丁寧に続けた。

「まだ小さな拠点になるかと思います。ですが、袴を着てお越しいただいた暁には、

飯を食べていただき、湯浴みも使っていただけるよう、旦那様より手紙を用意することに

なっております」

「袴を着て行けば、使わせてもらえるんか」

「はい。藤井寺の鍛冶場の皆様は、伊勢松坂屋の大事な職人衆であると伝えておりますので」

「そら、ありがたい」

親方は深く頷いた。

「こっちも、金型の件は進めとる。返し棒も、素人が使いやすいものを考えとるところや。

海鮮焼きの体験型に使うんやろ」

「はい。旦那様も非常に楽しみにされております」

「楽しみにされると困るな。下手なものは出せん」

「旦那様も、親方様の道具なら安心だと申しておりました」

「変な圧をかけるな」

親方は苦笑しながらも、まんざらでもなさそうだった。

使いの者が帰った後、工房ではしばらく弁当を囲む時間になった。

若い鍛冶の一人が、味噌田楽を食べながら言った。

「親方、伊勢松坂屋と繋がっておいてよかったですね」

「何がや」

「おかげで、うまい飯と湯浴みにありつけます」

「そういう言い方をするな」

親方は渋い顔をした。

「我らはちゃんと仕事をする。その仕事の縁があって、飯をいただき、湯を使わせてもらうんや。

そこを履き違えたらあかん」

「でも親方、もう肉あん三つ目ですけど」

「これは味を確かめとるんや」

「まぜ飯もおかわりしてますよ」

「仕事の参考や」

「説得力ないですよ」

工房に笑いが起きた。

親方も、結局は笑った。

「まあ、飯がうまいのは事実や」

そして、少しだけ真面目な顔になった。

「その分、こっちもええものを作らなあかん。伊勢松坂屋は、飯をただ売ってるだけやない。

人を集めて、笑わせて、町に銭を落としとる。わしらの鉄板や金型も、その一部になる」

若い鍛冶たちは静かに頷いた。

「鉄砲は鉄砲で作る。けど、これからは飯屋の鉄も作る。人を集める鉄や」

親方は、柱のそばに置かれた伊勢松坂屋の袴を見た。

まだ藤井寺に拠点はない。

けれど、飯は届いた。

挨拶は始まった。

寺社への根回しも始まった。

そして、親方たちが使うための湯浴みの話まで進み始めている。

形はまだない。

だが、拠点はもう、少しずつ始まっていた。

親方は最後に味噌田楽を一つ口に入れ、満足そうに息を吐いた。

「……早う藤井寺にも湯浴みができたらええな」

若い鍛冶たちが一斉に笑った。

「親方、結局それじゃないですか」

「うるさい。食ったら仕事せえ」

そう言いながらも、藤井寺の鍛冶場には、いつもより少し明るい火が入っていた。