軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

伊勢神宮を見据えているものの諸々調整が必要なため無茶はしない。一方で金型と焼き手が育ってみたので津で出してみた。津の長野の殿様は面白くないが気になるので現場を見に来た

博之は、伊勢神宮を見据えていた。

とはいえ、いきなり伊勢神宮へ海鮮焼きを持ち込むほど、もう無茶はしない。松阪港、松阪城下、

伊勢港で試し、売れすぎる怖さも、体験型の強さも、周りの飯屋との兼ね合いも少しずつ見えてきた。

「次は、伊勢の城下町やな」

そう言いながらも、もう一つ、話が動いていた。

津の港である。

鉄板の数は、藤井寺から届く金型のおかげで、少し余裕が出てきていた。返し棒も改良され、

焼き手も育ちつつある。ならば、津の港にも一つ出してみよう、という話になった。

屋敷の奥では、今日も女衆たちが練習していた。

金型に種を流し、タコを入れ、イカを入れ、少し待って、くるりと返す。

「あっ、早い」

「今のはまだ種が柔らかかったな」

「でも、前より丸くなってきた」

「次、私やります」

海鮮焼きの焼き手は、いつの間にか人気の役回りになっていた。

もちろん、楽ではない。火の前に立ち続ける。客の目がある。失敗すれば笑われるし、

売れ行きが速ければ休む暇もない。体験型では、客に教えながら焼かなければならない。

だが、それでも人気だった。

「きついけど、楽しいんですよね」

「くるくる返ると気持ちいいです」

「お客さんが、おおって言うのが嬉しい」

「体験の時に、お父さんとかお母さんが失敗して笑ってるのを見るのも好きです」

「若い男女に教えてると、こっちまでそわそわします」

買い付け隊が花形だった時期もある。遠くへ行き、珍しいものを運び、町の人に喜ばれる。

あれも確かに華があった。

しかし今、海鮮焼きの焼き手もまた花形になりつつあった。

人前で焼く。

見られる。

歓声を浴びる。

自分たちも食べたいものを、自分たちの手で焼く。

その手応えが、女衆たちのやる気を強くしていた。

博之はそれを見て、うんうんと頷いた。

「ええ傾向やな。やりたい子が増えるのはありがたい」

お花はすぐに釘を刺した。

「旦那様、人気があるからといって無理に増やしたらだめですよ。焼き手は消耗します」

「分かってる。運営はこっちでなんとかする」

「旦那様が一番なんとかならないので、しっかりしてください」

「なんでやねん」

そんなやり取りをしている間にも、津の港では立ち上げが始まった。

博之自身は現地へ行かなかった。津の件は、長野家との関係もあり、あまり自分が前に出すぎると

余計な波風が立つ。そこで、長野担当となった若い侍たちと、伊勢松坂屋の者に任せた。

報告では、松阪城下とほぼ同じ運用にしたという。

一部と二部。

朝に売り、昼時は避け、夕刻前にもう一度売る。

その合間に、予約制の焼き体験を入れる。

「津でも、かなりうまくいっているようです」

ヨイチが帳面を見ながら言う。

「やっぱり売れるか」

「売れます。港の人の流れと相性がいいです。特に、船待ちの者、荷運びの者、親子連れ、

若い衆がよく寄ります」

「体験型は?」

「好評です。やはり、見ていた者が自分でもやりたくなるようです」

「そらそうやろ。くるくるは楽しいからな」

博之は満足そうだった。

だが、その話を面白く思わない者もいた。

津の長野の殿様である。

伊勢松坂屋との一件以来、長野家は実質的に津の商いの流れを伊勢松坂屋に握られている。

年貢の収入は保証され、港は盛り返し、領民は潤い始めた。結果だけ見れば悪くない。

だが、殿様の腹は別だった。

「港の方で、また松坂屋がやいやいやっとるらしいな」

不機嫌そうにそう言うと、家臣たちは少し困った顔をした。

「海鮮焼きというものを始めたようでございます」

「また飯か」

「はい。ただ、かなり人が集まっているようで」

「ふん」

殿様は鼻を鳴らした。

気にはなる。

非常に気にはなる。

しかし、自分が堂々と見に行くのも癪だった。何より、今の自分は伊勢松坂屋に懐を握られている

ようなものだ。港が盛り上がれば盛り上がるほど、それは伊勢松坂屋の手柄のように見える。

「買ってこい」

殿様はそう言った。

すると、近くにいた若い者が少し言いにくそうに答えた。

「買ってくることはできますが、あれは見ないと良さが分かりません」

「何?」

「焼くところが面白いのです。金型の中でくるりと返るところを見て、皆が声を上げます。

匂いも、その場でないと」

「飯やろうが」

「飯でございます。ただ、見世物でもございます」

その言葉に、殿様はますます不機嫌になった。

「……なら、少しだけ見る」

結局、殿様はこっそり港へ向かった。

供は少なめにした。目立たぬように、少し離れた場所から見ればよいと思っていた。

だが、甘かった。

津の港では、すでに人だかりができていた。

「見えん」

殿様は背伸びした。

「人が多すぎる」

前では、海鮮焼きの店に客が群がっている。焼き手が種を流し、具を入れ、くるりと返すたびに、

周りから「おおっ」と声が上がる。

殿様は人垣の後ろから見ようとしたが、まるで見えない。

「どけ」

小さく言ったつもりだったが、近くの者が振り返った。

「あれ?」

「お殿様や」

その声が広がった。

「お殿様?」

「ほんまや」

「殿様も見に来はったんか」

ざわざわと人が割れた。

殿様は、完全に見つかってしまった。

ここで帰るのも、また格好が悪い。

「……ちょっと見せてくれ」

そう言うしかなかった。

店の女衆も一瞬驚いたが、すぐに姿勢を正した。

「ようお越しくださいました」

「別に、たまたま通っただけや」

「はい。では、焼いておりますので、よろしければご覧くださいませ」

金型に種が流し込まれる。

じゅわっと音が立つ。タコ、イカ、ネギが入る。少し待ち、焼き手が返し棒を差し込む。

くるり。

丸く返った瞬間、殿様は思わず目を動かした。

面白い。

確かに面白い。

だが、その言葉は口に出なかった。

今の長野家と伊勢松坂屋の関係を考えると、素直に「面白い」と言うのが悔しかった。

「……子供騙しやな」

殿様はそう言った。

周りは微妙な空気になった。

しかし女衆は慣れている。

「そうでございますね。子どもにも喜ばれております」

「ふん」

「よろしければ、焼きたてをどうぞ」

「まあ、食うてやってもええ」

脇に席が用意され、殿様は笹船に乗った海鮮焼きを受け取った。

味噌醤油の香り。青のりの匂い。中にはタコとイカ。

一つ口に入れる。

熱い。

そして、うまい。

殿様は少し黙った。

「……まあ、食えんことはない」

周りの客たちは、それを見て小さく笑っていた。

「お殿様も食うてるわ」

「うまいって顔してはるな」

「立場上、言えへんのやろ」

「そら、いろいろあるわな」

「今の津は、松坂屋の荷がよう通るしな」

「港もこんだけ盛り上がったら、殿様は面白くないやろ」

陰口は、殿様の耳にも少し入った。

聞こえないふりをした。

本当は怒りたい。

だが、ここで怒ればまた評判が悪くなる。

港が盛り上がっているのは事実で、領民が喜んでいるのも事実だった。

殿様は、最後の一つを口に入れた。

「……分かった」

「ありがとうございます」

「まあ、子供騙しや」

そう言って、ふてくされたように席を立った。

けれど、その背中を見送る港の者たちは、もう笑いを隠しきれていなかった。

「子供騙し言いながら全部食うてはったな」

「まあ、うまいもんはうまいしな」

「殿様も大変や」

「伊勢松坂屋も大概やけどな」

津の港に、海鮮焼きの匂いが残っていた。

くるくる回る飯。

人を集める鉄板。

それを面白くないと言いながら食べてしまう殿様。

津の港では、その日からしばらく、殿様の「子供騙しやな」という一言まで、

海鮮焼きの噂の一部になった。