軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

藤井寺の親方。肉あんと福あんを食べたあと、お好み焼きの実演会場を見て会話から料理が始まるさまを見る。色々理解し始める

肉あん屋で、親方たちはしばらく腰を落ち着けていた。

信楽焼の器に乗った肉あん四つと、赤い福あん一つ。最初は「百五十文とは強気やな」と

思っていたが、食べてみれば確かにうまい。器もいい。場所もいい。女衆の声かけも、

どこか縁起物を買っているような気分にさせる。

「飯を食うてるんか、縁起を買うてるんか、よう分からんな」

親方がそう呟いたところへ、博之がふらりと現れた。

「ああ、ここまで戻ってきてはりましたか」

「おう。肉あんと福あん、食うたぞ」

「どうでした?」

「うまい。高いけどな」

「伊勢神宮ですから」

「その言い方、ずるいな」

博之は笑った。

「もうちょっとしたら、うちが週に一回やってるお好み焼きの実演があるんです。よかったら、

そっちも見に行きませんか」

「まだ見せるもんがあるんか」

「あります。金型の意味をもう少し分かってもらえると思います」

親方は少し眉を上げた。

「松阪港で見た海鮮焼きとは違うんか」

「似てます。でも、違います」

「また分かったような分からんようなこと言う」

「見たら分かります」

そう言われ、一行は博之に連れられて、実演会場の方へ向かった。

そこは、店というより催しの場だった。

鉄板と金型が置かれ、女衆や焼き手が支度をしている。その前には、若い男女や家族連れ、

旅人たちが集まっていた。松坂の港のように「飯を買う」というより、これから何かが

始まるのを待っている空気がある。

親方は、すぐに気づいた。

「これは、港の売り場とは空気が違うな」

「はい。ここでは、少しおしゃべりしながら楽しんでもらうんです」

博之が言うと、焼き手の女衆が客に声をかけ始めた。

「本日は、お好み焼きの丸焼きでございます。お二人で選んでくださいませ」

「タコを入れますか。エビにしますか。魚のすり身もございます」

「ごぼう、大葉、ネギ、山のものもございますよ」

「お二人のご縁に、どれを合わせましょうか」

若い男女が、少し照れながら具材を選んでいる。

「タコにする?」

「エビの方が縁起よさそうやない?」

「でも大葉も香りがええって」

「じゃあ、タコと大葉で」

「え、魚のすり身も入れたい」

「入れすぎたら丸くならんって言われるで」

そのやり取りを聞いて、親方は腕を組んだ。

「なるほどな。これは飯を買う前に、もう楽しませとるんやな」

「そうです。選ぶ時間も商品です」

「商品って言い切るんか」

「飯屋ですから」

博之は平然と言った。

金型に種が流し込まれる。松阪港で見た海鮮焼きと同じように、半円のくぼみに白い種が入り、

そこへ客が選んだ具材が入れられていく。

タコ、エビ、魚のすり身、ごぼう、大葉。

組み合わせごとに少しずつ色が違う。

女衆が声をかける。

「こちらはタコと大葉。爽やかなご縁でございます」

「こちらはエビと魚のすり身。海の恵みが強いですね」

「こちらはごぼう入り。根のあるご縁になりますように」

親方が吹き出した。

「根のあるご縁て、こじつけが過ぎるやろ」

「でも、お客さんは笑ってはります」

実際、客たちは笑っていた。照れもある。面白さもある。自分たちで選んだものが

目の前で焼かれていくから、自然と身を乗り出す。

やがて頃合いを見て、焼き手が返し棒を差し入れた。

くるり。

一つ目が返る。

「おおっ」

松坂の港と同じように歓声が上がる。

だが、ここではさらに近い。自分たちが選んだ具材が丸くなっていくのだ。

若い男女は、思わず顔を見合わせて笑った。

「ちゃんと丸くなった」

「私らのやつや」

「崩れへんかったな」

親方は、その表情を見ていた。

「これは……港とは別の売れ方やな」

「はい」

「港は勢いで食わせる。ここは、選ばせて、待たせて、見せて、食わせる」

「おっしゃる通りです」

「なんや、わしも少し分かってきた気がするわ」

焼き上がった丸いお好み焼きに、味噌醤油だれがはけで塗られる。じゅっと香りが立つ。

最後に女衆が、青のりを小さな竹筒からさらさらと振った。

「よいご縁を、伊勢の潮風に乗せて」

その決め台詞とともに、青のりがふわりと舞う。

客たちから、また声が上がった。

「きれい」

「いい匂い」

「なんか縁起よさそうやな」

親方は、思わず唸った。

「これも演出やな」

「そうです」

「味噌醤油を塗る音、青のりを振る仕草、決め台詞。全部込みか」

「全部込みです」

「飯屋って、こんなことまで考えるんか」

博之は苦笑した。

「うちは、考えないと勝てないんです」

親方は、焼き上がった丸焼きを見ながら尋ねた。

「ところで、お好み焼きって何や。お好みって、どういう意味やねん」

博之は、待ってましたと言わんばかりに答えた。

「あなたたちのお好みに、という意味です」

親方は一瞬黙ってから、声を上げて笑った。

「またこじつけかい!」

「こじつけでも、分かりやすいでしょう」

「分かりやすいのが腹立つな」

「飯の名前は、分かりやすい方がいいんです」

若い職人たちも笑っていた。

「でも、これなら客も覚えますね」

「自分で選んだ感じがします」

「二人で来たら、確かに楽しいです」

親方は、もう一度会場全体を見た。

焼き手が返すたびに歓声が上がる。

具材を選ぶたびに会話が生まれる。

青のりを振る仕草に、人が見入る。

そして最後に、丸い飯を二人で分ける。

ここで使われている金型は、ただ飯を焼くための鉄板ではなかった。

人に選ばせるための道具。

会話を生むための道具。

歓声を上げさせるための道具。

縁を作るための道具。

親方は、ゆっくり息を吐いた。

「なるほどな。これは二万文でも欲しがるわけや」

博之は、にやりと笑った。

「分かっていただけました?」

「少しな。だが、まだ全部は分からん」

「それで十分です。全部分かったら、私も怖いです」

「なんやそれ」

「私も、やりながら分かってるところがありますので」

親方は笑った。

「つかみどころがないな、ほんまに」

その横で、若い男女が焼きたての丸焼きを分け合っていた。

「あつっ」

「でも、うまい」

「今度はエビにしようか」

「次も来るんか」

「来てもええやん」

その会話を聞いて、親方はまた少し感心した。

「飯を食わせて、次に来る話までさせるんやな」

「そこまでいけば、勝ちです」

博之は小さく頷いた。

「腹を満たすだけやと、その場で終わります。でも、楽しかったら、また来る。誰かを連れてくる。

噂になる」

「飯屋のくせに、ほんまよう考えとる」

「飯屋やからです」

親方は、金型を作った自分の手を見た。

鉄砲の部品を作る時、その先には戦場がある。

農具を作る時、その先には畑がある。

この金型の先には、人の笑い声があった。

それは、鍛冶職人として、少し誇らしいような、妙な気持ちだった。

「よし、分かった」

親方は博之に向き直った。

「二万文で、もう少し作ったる。ただし、今のより返しやすいように、穴の縁を少し工夫する。

熱の回りも、ちょっと考え直す」

博之の顔が明るくなった。

「本当ですか」

「ここまで見せられたらな。中途半端なものは作れん」

「ありがたいです」

「ただし」

「はい」

「今度から、飯の型やと思わず、見世物の道具やと思って作る」

博之は深く頷いた。

「それが一番ありがたいです」

青のりの香りが、伊勢の風に乗って流れていた。

藤井寺の親方は、その香りの中で、自分の鉄の仕事が新しい場所へ行こうとしているのを感じていた。