軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

藤井寺の職人が伊勢松坂屋に到着。飯と湯あみで歓迎を受ける。鉄板は今使うより明日、松坂の港で見てもらった方が腹に落ちますwww

藤井寺の鍛冶職人たちが松坂へ着いた時、博之は珍しく畳でごろごろしていなかった。

屋敷の入口まで出て、きちんと立って待っていた。

「ようこそお越しくださいました」

親方は少し目を丸くした。

「おお、あんたが伊勢松坂屋の旦那か」

「はい。飯屋の旦那でございます」

「飯屋の旦那にしては、ずいぶん妙なもんを頼んできたな」

親方がそう言うと、博之は嬉しそうに笑った。

「いやいや、あの金型のおかげで、すごいことになってるんです」

「手紙にはそう書いてあったな。作れるだけ作れ、と」

「はい。追加でお願いしたくて、手紙をしたためさせてもらいました」

「そら、あんな変なもんを大量に発注されたら、気になってしゃあないですわ」

親方は笑いながらも、目だけは真剣だった。

「飯を丸く焼くための鉄板やろ。最初は飯遊びやと思うてた。けど、五枚作ったら

さらに欲しいと言う。しかも見に来いとまで言う。そら来ますわ」

「来てくださってありがたいです」

博之は深く頭を下げた。

「ただ、ここで焼いてお見せすることもできるんですけど、それやと薄いんです」

「薄い?」

「はい。台所でちょっと焼いて、“ほら丸くなりました”って見せるだけなら、ただの試し焼きです。

けど、あの金型の本当の面白さは、客が集まって、匂いがして、声が上がって、焼き手が

くるくる返して、飯場全体が動くところなんです」

親方は腕を組んだ。

「なるほどな」

「ですので、明日は松阪の港へ行っていただきます。そこで実際に海鮮焼きを

焼いているところを見てください」

「海鮮焼き、いう名前になったんか」

「とりあえずです。タコやイカを入れて、味噌醤油を塗って、青のりを振るんです」

「それはうまそうやな」

「うまいです」

博之は即答した。

「それで、その後なんですけど、うちは買い付け隊があちこちにありまして。

伊勢神宮の方へ向かう船がありますので、それにも一緒に乗っていただきたいんです」

「船まで乗るんか」

「はい。伊勢神宮へ行って、うちが端の方で出している店を見ていただきます。肉あん、

魚のすり身揚げ、マグロの汁物、信楽焼の器。ああいうものがどう並んで、どう客を集めて、

どう値段をつけているのかを見てもらいたい」

親方は、少し呆れたように笑った。

「金型を作っただけの鍛冶屋に、えらいもんを見せようとするな」

「見てもらった方が早いんです」

博之は真面目に言った。

「言葉だけで説明しても、多分伝わりません。うちがなぜあの鉄板をそんなに欲しがるのか。

なぜ二万文を払ってでも作ってほしいのか。たぶん、松阪港と伊勢神宮を見てもらった方が、

腹に落ちると思います」

「腹に落ちる、か」

「飯屋ですから」

親方は、しばらく黙った後、にやりと笑った。

「そこまで言われたら、明日楽しみにしときますわ」

「ありがとうございます。まずは湯浴みしてください。高い方、空いておりますので」

「高い方?」

若い職人が反応する。

「うちには湯浴みが二つありまして。長旅の方には、疲れが取れる方を使っていただいてます」

「飯屋にそんなもんがあるんか」

「あります」

案内されて湯浴みに向かうと、職人たちはまた驚いた。

広くはないが、清潔で湯がたっぷり張られている。伊賀越えでこわばった足を入れた瞬間、

若い職人が声を漏らした。

「ああ……これはあかん。動けんようになる」

親方も湯に肩まで沈み、深く息を吐いた。

「伊賀越えの疲れにしみるな、これは」

「飯屋いうより、宿場やな」

「宿場もやってるんやろ、あの旦那」

湯から上がると、麦茶と蜂蜜饅頭が出された。

若い職人はそれを見て、また目を丸くする。

「こんなんまで出るんですか」

案内役がさらりと言う。

「従業員も使っております」

「どんな従業員やねん」

親方が笑った。

「飯も出て、寝床もあって、湯もあって、蜂蜜饅頭まである。鍛冶場の若いもんが聞いたら、

全員こっちへ来たがるぞ」

「下働きは大変ですよ」

「大変でも、飯がうまいなら考えるやつはおる」

夜の膳には、温かい汁、肉あん、鯛味噌の混ぜ飯、魚のすり身揚げが並んだ。

親方は肉あんを一つ食べて、黙った。

「……これは売れるわ」

「ありがとうございます」

「量は少ないが、味が濃い。ちょっとずつ食わせる飯やな」

「伊勢神宮では、そのあたりも大事になります」

「よう考えとる」

魚のすり身揚げを食べると、若い職人が笑った。

「これもええですね。酒が欲しくなる」

「港ではよく出ます」

マグロの汁物をすすった親方は、また深く息を吐いた。

「なるほどな。飯屋いうても、腹を満たすだけやないんやな。温める、驚かす、

ちょっと贅沢させる。いろいろあるわけや」

博之は嬉しそうに頷いた。

「そうなんです。だから金型も、ただ丸く焼けるだけでは足りないんです。見て楽しい、

匂って楽しい、食べてうまい。そこまでいって初めて商いになります」

その夜、職人たちは伊勢松坂屋の屋敷でよく休んだ。

湯に入った体は軽く、飯は腹に残り、蜂蜜の甘さが疲れを和らげていた。伊賀越えの緊張は、

少しずつ解けていく。

親方は寝る前、若い職人たちに言った。

「明日はよう見とけよ」

「金型の使われ方ですか」

「それだけやない。あの旦那が、何を見せたがってるのかや」

「飯屋の商いを?」

「そうや。鉄砲の筒なら、撃てば価値が分かる。農具なら、畑を耕せば分かる。

けど、あの金型は、たぶん客の前で使われて初めて価値が分かる道具や」

若い職人は、少し緊張した顔で頷いた。

翌朝、松阪の港へ向かうことになった。

親方たちは、伊勢松坂屋の袴を整え、まだ少し痛む足をさすりながらも、どこか浮き立っていた。

自分たちが作った鉄板が、どんなふうに飯を生み、人を集めるのか。

藤井寺の鍛冶場では想像もできなかった景色が、いよいよ目の前に現れようとしていた。