軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

藤井寺の金型つくりの親方のもとに伊勢松坂屋から作れるだけ作ってくれとの依頼wwwさすがにびっくりする。現場と伊勢神宮を見れば意味が分かると言われ伊賀越えと松坂訪問を数人で行くことを承諾する

藤井寺付近の鍛冶場では、ようやく五枚目の金型が仕上がったところだった。

黒く重い鉄板に、半円のくぼみが二十ほど並んでいる。最初に一枚だけ急ぎで仕上げて松坂へ送り、

その後も残り四枚を叩き、削り、ならし、火にかけても歪まぬよう仕上げた。

親方は、最後の一枚を見下ろしながら、ふうと息を吐いた。

「まあ、変な仕事やったな」

若い鍛冶職人が笑う。

「飯を丸く焼く型でしたっけ」

「そうや。飯屋の旦那が欲しがっとる言うてな」

「鉄砲の仕事を止めて、飯の型。最初は何を言うてるんかと思いましたわ」

「まあ、若いもんの練習台にはちょうどよかった。丸いくぼみを同じ深さで並べるのは、

思ったより難しいからな」

親方は、くぼみの縁を指でなぞった。

「火にかけるいうから、薄すぎてもあかん。厚すぎたら熱が回らん。飯の道具言うても、

案外考えることはあった」

「でも、これで終わりでしょう」

「やろうな。十万文も払ったんや。飯屋としては十分やろ」

職人たちは笑った。

五枚で十万文。

鉄砲に関わる仕事をしている彼らからしても、決して小さな金ではない。飯を焼くための

型にこれだけ出すなど、普通では考えられなかった。

だが、伊勢松坂屋の使いの者は本当に支払った。

親方も、内心では少し感心していた。

「物好きな旦那やったな」

「飯に十万文ですからね」

「まあ、ええ儲けにはなった」

そう言って、仕事を片付けようとした時だった。

伊勢松坂屋から、再び使いが来た。

親方は、てっきり礼か、せいぜい軽い手直しの依頼だと思った。ところが、使いの者は

深く頭を下げ、文を差し出した。

「旦那様より、追加のお願いでございます」

「追加?」

親方は眉をひそめた。

「どこか歪んだか。穴が浅かったか」

「いえ。大変よく焼けたとのことです」

「ほう」

「それで、作れるだけ作っていただきたい、と」

鍛冶場の空気が止まった。

「……何やて?」

「作れるだけ、でございます。一枚二万文のまま、可能な限り追加でお願いしたいとのことです」

若い職人が思わず声を上げた。

「どんな飯屋やねん!」

別の職人も笑いながら叫ぶ。

「一枚二万文で作るだけでもおかしいのに、まだ欲しいんか!」

「十枚か? 二十枚か?」

使いの者は、少し困った顔で言った。

「旦那様の文では、十枚、二十枚でも足りぬかもしれぬ、と」

「狂っとる」

親方は口ではそう言いながらも、目は笑っていた。

「その旦那、本当に狂っとるな」

若い職人の一人が、にやにやしながら言った。

「親方、これは値を上げましょう。そんなに欲しいなら三万文、いや四万文でも払いますよ」

「そうやな。向こうは欲しがっとる。今なら吹っかけられる」

鍛冶場の者たちは、一気に商売気を出した。

だが、使いの者は慌てて頭を下げた。

「それは、どうかお待ちください。旦那様からは、一枚二万文で受けていただきたいとのことです」

「向こうが欲しがっとるのにか」

「はい。急ぎで作っていただいたこと、腕があることは重々承知しております。ただ、

長くお願いしたいので、最初の筋のままで続けていただければと」

「ふん。都合のええ話やな」

親方が腕を組む。

使いの者は、さらに文を読み上げた。

「もし、なぜそこまで欲しいのか疑問に思われるなら、一度現場を見に来ていただきたい、と」

「現場?」

「松坂の港でございます。実際に、その金型を使って海鮮焼きを焼いているところを

見ていただきたいとのことです」

「松坂まで来いいうんか」

「はい。さらに可能であれば、伊勢も見ていただきたいと。伊勢神宮でうちが出している肉あん、

魚のすり身揚げ、マグロの汁物、信楽焼の器の使い方。そういったものも見ていただければ、

この金型がただの飯遊びではないことを分かっていただけるだろう、と」

職人たちは顔を見合わせた。

「なんで、作った先まで見に行かなあかんねん」

「しかも伊勢やと?」

「伊賀越えやろ。怖いわ」

若い者たちが口々に言う。

親方も最初は鼻で笑った。

「伊賀を越えて、飯の焼き型を見に来いとはな。大した言い草や」

だが、文の続きを聞くうちに、親方の表情が変わっていった。

「道中は、伊勢松坂屋の袴を着ていただければ、うちの拠点で寝泊まりと飯を用意する。

伊賀の道も、こちらで案内をつける。危ないところはあるが、これまで奈良の僧侶方も

通っておられる。ぜひ一度、見ていただきたい、と」

親方は、しばらく黙っていた。

鍛冶場には、炉の音だけが残った。

やがて親方は、低く笑った。

「……面白いな」

「親方?」

「いや、面白いやろ。飯の金型を十枚も二十枚も欲しがるだけでも妙や。しかも作った職人を、

伊賀を越えて松坂まで呼ぶ。伊勢神宮まで見せると言う」

「でも、伊賀越えですよ」

「怖いに決まっとる」

親方はあっさり言った。

「わしも考えたこともない。職人が伊賀を越えて、飯屋の商いを見に行くなど、

一生に一度あるかどうかや」

「一生に一度もないと思います」

「だから面白いんや」

親方は、金型の一枚を叩いた。

「わしらは鉄を叩く。鉄砲の筒も、弾の型も、農具も作る。けど、自分の作ったもんが、

どんな顔で使われとるかを見る機会なんて、そう多くはない」

若い職人たちは黙った。

「しかも、向こうは言うとる。飯の型だけでは売れん。肉あん、魚のすり身揚げ、

マグロの汁物、信楽焼の器、港の横丁、焼き手、客の流れ。全部合わせて商いになっとると」

親方はにやりと笑った。

「ほんまかどうか、見てみたいと思わんか」

「親方は行くんですか」

「行く」

即答だった。

「伊賀越えしてまで?」

「伊賀越えしてまでや」

「危ないですよ」

「伊勢松坂屋の袴を着たら何とかなると言うとる。そのふてぶてしさも面白い」

若い職人の一人が、恐る恐る手を上げた。

「……俺も行っていいですか」

「お前、足は大丈夫か」

「たぶん」

「たぶんで伊賀は越えられんぞ」

別の若い者も、少し顔を赤くしながら言った。

「俺も見てみたいです。自分らが作った穴で、飯が丸くなるところ」

「お前ら、さっきまで笑ってたやろ」

「笑ってましたけど、十枚も二十枚も欲しいって言われたら、何が起きてるんか気になります」

「まあ、そうやろな」

親方は満足そうに頷いた。

「よし。わしと、若いもんを二、三人連れて行く。残りは仕事を回せ。追加の型は、

行く前に作れるだけ段取りしておく」

「値段はどうします?」

その問いに、親方は少し考えた。

「今すぐ三万、四万と言うのは簡単や。けど、それで逃げられてもつまらん。まずは二万文で受ける。

現場を見てからや」

「親方、商売っ気があるんかないんか分からんですね」

「あるから行くんや」

親方は笑った。

「もし本当に、あの金型で飯が売れて、人が集まって、伊勢神宮まで行く話なら、

これは鉄砲とは別の仕事になる。飯の道具で銭が取れるなら、職人としても悪くない」

「鉄砲より飯ですか」

「鉄砲は人を殺す。飯は人を集める。どちらも鉄の仕事や」

その言葉に、若い職人たちは少し驚いた顔をした。

親方は、使いの者に向き直る。

「伝えろ。二万文で、作れる分は作る。ただし、一度見に行く。松阪港と伊勢や。

伊勢神宮も見せてもらう」

「承知しました」

「それと、道中の飯はうまいんやろうな」

使いの者は、少し笑った。

「それは、ご安心ください。うちの旦那様が一番気にされるところです」

「ならええ」

こうして、藤井寺の鍛冶場から、親方と若い職人たちが伊賀を越え、松阪へ向かうことになった。

飯の金型を作った職人たちが、その飯が焼かれる現場を見る。

ただそれだけの話のはずだった。

だが親方は、どこか感じていた。

これは、鉄砲の仕事とは違う。

戦のためではなく、人を集めるための鉄の仕事。

藤井寺の鍛冶場にとっても、伊勢松坂屋との縁は、思った以上に大きなものになるかもしれなかった。