作品タイトル不明
海鮮焼きの値段設定。試験的には松坂の港で6個60文でやろう。出し方や焼き加減は工夫。焼き手は練習いるぞ。
金型で焼いた丸い海鮮焼きが思った以上にうまくいったことで、博之はすっかり上機嫌だった。
信楽焼の器にころころと乗せた試作品を眺めながら、博之は言った。
「伊勢神宮での目標は、五個で百文やな」
ヨイチがすぐに顔をしかめた。
「また五ですか」
「五縁がありますように、や」
「旦那様、またご縁絡みですか」
「大事やろ、ご縁は」
お花は、少し呆れながらも器の中を見た。
「五個で百文……。肉あんが五個で百五十文ですから、それより少し下に置く感じですか」
「そうや。肉あんより軽い。けど見た目はかわいい。焼いてるところも面白い。だから神宮やと
五個百文ぐらいは取れると思う」
「城下や港では?」
「そこなんよ」
博之は、指で数を数えながら話し始めた。
「海の港では、まず六個で六十文。ひとつ十文ぐらいから始めてもええかなと思ってる。
松阪の港、伊勢の港、鳥羽、津、桑名。港ならタコやイカが手に入りやすいし、
海鮮焼きとして分かりやすいやろ」
「港では手頃に出す」
「そう。で、城下町なら八十文。五個か六個かは様子見やけど、城下では少し値を乗せる。
伊勢神宮では五個百文。場合によってはもっと上がるかもしれん」
ヨイチが帳面を開く。
「肉あんが百五十文ですから、六個百五十文という案もあり得ますね」
「それも考えた。けど最初から高くしすぎると、肉あんと食い合うかもしれん。まずは五個百文で、
“ご縁の丸い海鮮焼き”として置くのがええかなと思ってる」
お花がため息をついた。
「旦那様、もう見ている先が伊勢神宮ありきになっています」
「そら目標やからな」
「そんな簡単に出せないはずなんですけど」
「分かってる。いきなり店を増やせとは言わへん」
博之は、少し身を乗り出した。
「今、お好み焼きは週に一回やってるやろ。そのうち一回分を、この丸い海鮮焼きの回にしてもらう。
まずは催しとしてやる」
「お好み焼きの代わりに、海鮮焼きの日を作るんですね」
「そう。そこで、ひっくり返すのがうまい者を育てたい」
博之は、手でくるくると回す仕草をした。
「この金型で、くいくいくいっと返していくやろ。あれ、見てて面白いねん。お好み焼きを
ひっくり返すのもええけど、こっちは小さい丸がころころ返る。
タコやイカの匂いがして、味噌醤油を塗ったら、じゅっと香りが立つ。最後に青のりを振ったら、
磯の香りや」
「たしかに、見せ物としては強いですね」
お花が認めるように言った。
「お好み焼きは大きな一枚を焼く楽しさがあります。こちらは小さな玉が次々丸くなっていく
楽しさがある」
「やろ」
「しかも、見たことのない金型です。そこに人は集まると思います」
「そうや。見たこともない器で円を作るんや」
博之は嬉しそうに言った。
「お好み焼きも円やけど、これは球や。より縁起がいい。丸い。かわいい。五個並べたら、
それだけで見栄えがする」
「またご縁ですね」
「ご縁や。五個でご縁。丸く収まる。正月にも縁談にも合う」
ヨイチが淡々と書き込む。
「名称は、海鮮焼きでよろしいですか」
「とりあえずはな。港では海鮮焼き。伊勢神宮では、もう少し縁起のいい名前にしてもええかもしれん」
「また増えそうですね」
「増えるかもな」
お花が、別の皿を見ながら言った。
「ふくふく焼きの方はどうしますか。砂糖と小豆が手に入れば、甘い丸焼きもできますが」
「当面は後やな」
博之は首を振った。
「小豆と砂糖が安定して入らん。甘味としては、蜂蜜を入れた種だけのものは作れるかもしれん。
中に何も入れず、蜂蜜を混ぜて焼いて、箸休めに出すとか」
「蜂蜜玉のようなものですか」
「そうや。ただ、今はそっちより海鮮焼きの方が先に当たりそうな気がする」
「魚介がある場所なら、材料の筋もありますしね」
「そう。タコ、イカ、ゲソ、魚のすり身。港なら強い。特にタコやイカの足のぷりっとした感じは、
食べた時に分かりやすい」
ヨイチが言う。
「ただ、焼き方が難しいです。返す者の技術がいります」
「だから育てる。最初は松阪の港でやろう」
「松阪の港ですか」
「うん。伊勢神宮の前に、まず松阪の港や。港なら魚介がある。人も多い。伊勢松坂屋の横丁もある。
失敗しても修正しやすい」
お花が頷いた。
「港なら、笹船や木箱で出しても自然です。信楽焼の器で座って食べる形も試せます」
「そうそう。港では六個六十文。笹船に乗せて出す。店内なら信楽焼で少し高めでもいい。
城下では八十文。神宮では五個百文。段階を作る」
「価格差の理由も作れますね。港は手軽な食べ歩き。城下は少し整えた品。神宮は縁起と見栄え込み」
「ヨイチ、そういうことや」
ヨイチは帳面にまとめた。
「試験販売、松阪港。海鮮焼き六個六十文。笹船提供。店内信楽焼は別値。焼き手育成。
お好み焼き催しの一部を海鮮焼き回へ変更。将来目標、伊勢神宮五個百文」
「完璧や」
「ただし、まだ試作段階です」
「分かってる」
「分かっているなら、いきなり全拠点に手紙を出さないでください」
「出したい」
「駄目です」
お花もすぐに言う。
「まず松阪港です。そこで焼き方、火加減、具の量、提供方法、値段、客の反応を見ます」
「はい」
「旦那様は、当日表に出すぎないでください」
「なんでや。これは俺が焼いたらかっこいいって言われたやつやぞ」
「その後、すぐ取り消されていました」
「ひどい」
広間に笑いが起きた。
博之は信楽焼の器に残った一つを摘まみ、口に入れた。
「あつっ……でも、うまい」
「焼きたてはかなり熱いですね」
「そこも売り文句やな。熱々の海鮮焼き」
「火傷には気をつけてください」
「ちゃんと少し置いてから出すか、器に乗せる。食べ歩きは笹船。熱いことは言う」
ヨイチがさらに書き足す。
「注意書き。熱いので気をつけること。子どもには少し冷まして渡すこと」
「細かいなあ」
「大事です」
博之は満足そうに金型を見た。
「藤井寺の職人に笑われた十万文の金型やけど、これはいけると思う」
「取り返せると?」
「取り返せる。伊勢神宮まで行けば一瞬かもしれん。けど、その前に松阪の港でちゃんと育てる」
お花は少し微笑んだ。
「それなら良いです。最初から神宮ではなく、港で育てる。順番としては正しいです」
「やろ」
「ただし、また帳簿は増えます」
ヨイチが静かに言った。
「海鮮焼き用の材料、金型の手入れ、焼き手の訓練、笹船、木箱、信楽焼の器、価格差、
各拠点への展開。全部記録します」
「帳簿は任せた」
「逃げないでください」
博之はごろりと畳に寝転がった。
「まあ、とりあえず松阪港や。海の匂いの中で、丸い海鮮焼き。これは絵になるで」
お花が言った。
「また新しい行列ができますね」
「できたらええな」
「できたら旦那様が怖がりますね」
「怖がるやろな」
ヨイチは帳面を閉じた。
「では、まず松阪港で試験。成功すれば伊勢港、鳥羽、津、桑名。その後、城下。最後に伊勢神宮」
「それでいこう」
博之は、満足そうに目を閉じた。
金型から生まれた丸い海鮮焼きは、まだ名前も値段も揺れていた。
だが、博之の頭の中では、すでに松阪港の湯気と、伊勢神宮の行列が見え始めていた。