作品タイトル不明
博之が欲しがっている丸い金型ができるかもしれない。ただし試作機が1万文www急ぎは2万文。職人たちに笑われて追い返されるが手紙を見た博之は5個10万文注文www
堺へ向かう道すがら、藤井寺の付近に、少し変わった鍛冶職人がいるという話が入った。
堺ほど大きな町中ではない。だが、堺へ向かう者、堺から流れてくる者、金物や武具の
仕事をかじった者が出入りする場所でもある。鉄砲そのものを大量に扱うほどではないにせよ、
鉄砲の部品や弾の型、鋳物や金物の細工に通じた職人がいるという。
博之が欲しがっている「丸い飯を焼くための金型」を作れるかもしれない。
そう聞いて、伊勢松坂屋の者は藤井寺付近の鍛冶場へ向かった。
案内された先は、煤けた小屋だった。中では炉が赤く燃え、槌の音が響いている。壁には農具、刃物、鉄の金具、そして鉄砲の部品らしきものがいくつか置かれていた。
親方らしき職人は、伊勢松坂屋の者の話を聞くなり、眉をひそめた。
「飯を丸く焼く金型やと?」
「はい。半円のくぼみを並べた鉄の型でございます」
「何を作る気や。団子でも焼くんか」
「旦那様の考えでは、粉を溶いた種を流し、半分焼けたところで返して、丸い形にするとのことです」
職人は、しばらく黙ってから鼻で笑った。
「おもろいことを考える飯屋もおるもんやな。けどな、今は鉄砲の時代や」
そう言って、親方は横に置いてある鉄の筒を指した。
「鉄砲は一挺、だいたい十貫文ぐらいで売れる。十貫文やぞ。一万文や」
「承知しております」
「飯なんぞ、一つ数十文の話やろう。そんな飯を焼くための金型を作れ言われてもな。
こっちは鉄砲や武具の仕事の手を止めなあかん」
同行していた若い者が、少し息を飲んだ。
親方はさらに続ける。
「少なくとも、鉄砲一挺分ぐらいはもらわな割に合わん。急ぎなら倍や」
「倍と申しますと」
「二十貫文。二万文や」
「試作品で、二万文でございますか」
「試作品やからこそ高いんや。決まった形のもんを作るのとは違う。飯を焼く型なんぞ、
こっちは作ったことがない。どれぐらい熱が通るか、どれぐらい厚みがいるか、全部手探りや」
親方は、炭で板に丸を描いた。
「つまり、こういう半分の丸いくぼみを作ればええんやな」
「はい」
「鉄砲の弾を作る時にも、丸い型は使う。両側から挟んで形を作るわけや。だから、
丸の考え方は分かる。半分でええなら、できんことはない」
「できますか」
「たぶんな」
「たぶん、でございますか」
「飯を焼いたことはないからな。鉄砲玉と飯は違う」
職人は、少し興味を持ったのか、さらに続けた。
「そこそこの大きさの鉄板を作って、半円の穴を十個か二十個、並べる。火にかけて、
そこへ種を流す。焼けたところで竹串か何かで返す。理屈は分かる」
「旦那様も、まさにそのように申しておりました」
「だが、くどいようやが、こっちは手を止める。鉄砲仕事を置いて、飯の道具を作るんや。
その分は払ってもらうぞ」
「承知しました」
「で、何個欲しいんや」
伊勢松坂屋の者は、一度言葉を止めた。
「まず、一つのお値段が二万文ということですね」
「急ぎならな」
「では、一旦持ち帰りまして、旦那様へ急ぎ便を出します」
親方は声を上げて笑った。
「無駄やと思うぞ。飯の金型に二万文。そんなもん払う馬鹿がおるか」
「うちの旦那様なら、払うかもしれません」
「お前のところの旦那は、そんなに物好きか」
「飯のことになると、かなり」
伊勢松坂屋の者が真顔で答えると、周りの鍛冶職人たちも笑った。
「飯屋が鉄砲一挺分の銭を払って、飯の型を作る」
「しかも急ぎやと」
「どうせ戻ってこん。旦那に怒られて終わりや」
伊勢松坂屋の者は、深く頭を下げた。
「返事が来次第、改めて参ります」
そうして一行はいったん藤井寺を離れ、早馬を出した。
文は簡潔だった。
藤井寺付近に、半円の金型を作れそうな鍛冶職人あり。
鉄砲仕事を止めるため、急ぎの試作品一枚二万文を要求。
一枚につき半円穴十から二十。
五枚作らせるなら十万文。
その文を受け取った博之は、しばらく眺めた。
隣でヨイチが言う。
「旦那様、さすがに高いです」
お花も顔をしかめた。
「試作品で十万文は、かなりふっかけられています」
博之は、少し考えてから言った。
「作ってもらおう」
「はい?」
「五枚」
「旦那様」
「十万文やろ。払える」
「払える払えないの話ではありません」
「でも、これができたら丸い飯が焼ける。お好み焼きの種でも、福福焼きの皮でも、
魚のすり身でも試せる。試作の幅が広がる」
ヨイチは頭を抱えた。
「飯のために鉄砲五挺分ですか」
「鉄砲は人を殺す道具やけど、この型は人に飯を食わせる道具や」
「良いことを言っているようで、金額が狂っています」
「十万文で新しい飯の種が買えるなら、安いかもしれへん」
お花はため息をついた。
「旦那様は、こういう時だけ腹が決まるのが早いですね」
「飯のことやからな」
すぐに返書が出された。
金型五枚、急ぎで依頼する。
代金十万文を支払う。
穴は一枚につき二十ほど。
大きさは一口で食べられる丸飯を想定。
鉄板は火にかけて使うため丈夫に。
試作品であるため、改良前提。
まずは形にしてほしい。
数日後、伊勢松坂屋の者が再び藤井寺付近の鍛冶場へ戻ると、職人たちは笑いながら迎えた。
「どうや。旦那に怒られたか」
「いえ」
「やっぱり一枚だけか」
「五枚お願いします」
鍛冶場が静かになった。
「……何やて?」
「五枚、急ぎで。十万文、用意いたします」
親方は、ぽかんとした顔で伊勢松坂屋の者を見た。
「たかが飯に、十万文払うんか」
「うちの旦那様は払うと言っております」
「正気か」
「飯のことになると、だいたいこうです」
しばらくして、親方は苦笑した。
「おもろい旦那やな」
「はい」
「そこまで言うなら作ったる。ただし、うまく焼けるかは知らんぞ」
「試作品で結構です。旦那様も、まずは試したいと」
「穴は二十ほどやな。火の通りも考えなあかん。薄すぎたら歪む。厚すぎたら熱が回らん。
飯の型いうても、案外面倒やぞ」
そう言いながら、親方の目は少し楽しそうだった。
「鉄砲とは違う仕事や。腕試しにはなる」
若い鍛冶職人の一人が呟いた。
「飯屋が鉄砲の仕事を止めさせたって、噂になりますね」
親方は鼻で笑った。
「噂になるなら、それも値のうちや」
その日から、藤井寺付近の鍛冶場で奇妙な仕事が始まった。
鉄砲の部品の横で、丸い飯を焼くための半円のくぼみが彫られていく。
職人たちは口では笑っていた。
「十万文の飯遊びや」
「こんなもん、本当に丸く焼けるんか」
「飯屋の旦那は変わり者やな」
けれど、槌を振る手は真剣だった。
伊勢松坂屋の者は、その様子を見ながら思った。
この型ができれば、旦那様はまた何か変な飯を作る。
そして、その変な飯がまた売れるかもしれない。
飯のために十万文。
普通なら馬鹿げた話だった。
だが、伊勢松坂屋では、そういう馬鹿げた話から次の商いが生まれるのだった。