軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

博之が松坂郊外にいる同じ日の松坂の港。女衆が縁を求めてこっそり港の市を散策する。普段と違う感じ。自然な出会い。楽しい。

同じ時刻、松阪の港でも、年の瀬の市と縁談の会が開かれていた。

松阪郊外の寺ほど落ち着いた雰囲気ではない。港には魚の匂い、潮の匂い、人足の声、

船乗りの笑い声が混じっている。けれど、その賑やかさがかえって年末らしく、

伊勢松坂屋の横丁にも多くの人が集まっていた。

そんな中、松阪の若い女衆が四人、連れ立って市に来ていた。

「旦那様には絶対内緒やで」

「分かってるって」

「今日は旦那様、郊外のお寺さんの方やろ」

「そう。そこは確認済み」

四人は、どこかそわそわしながらも、少し楽しそうだった。

松阪の市街で縁談の会に出るのは、やはり人目が気になる。店の者も多いし、知った顔も多い。

誰かに見られ、あとで噂にされるのも嫌だった。

まして博之に見られたら、何を言われるか分からない。

「絶対、にやにやしながら聞いてくるやろ」

「“どんな人やったん?”って、しつこく聞く」

「それが嫌やねん」

「だから港まで来たんやろ」

一人で来るのは不安だったが、四人なら心強い。しかも港の横丁なら、伊勢の買い付けで

何度か来たこともある。完全なよそではない。

最初に彼女たちは、横丁の飯屋へ入った。

「せっかくやし、鯛味噌の混ぜ飯食べようか」

「あれ、高いやつやろ」

「でも今日くらいええやん」

出てきた飯は、鯛のほぐし身と味噌を混ぜた贅沢なものだった。香ばしく、少し濃い味で、

港の風に合う。

一口食べると、四人の顔が緩んだ。

「……うま」

「旦那様、ほんまご飯考えるのだけはすごいな」

「だけって言うたらあかん」

「いや、でもほんまに、飯に関してはすごい」

その様子を見ていた港の男衆が、声をかけてきた。

「そんな高そうな飯を普通に食うてるってことは、松坂屋の女衆か」

四人は少し身構えたが、相手は笑っていた。

「そうです」

「やっぱりな。いつも世話になってますわ。伊勢松坂屋さんが来てから、港もだいぶ賑やかになった」

「こちらこそ、お世話になってます」

「年の瀬にこうやって市を開いてくれるのもありがたいわ。珍しいもんも見られるしな。

信楽焼やら奈良の香やら、普通はなかなか見られへん」

女衆たちも、少し安心して話し始めた。

「私らも、今日は市を見に来たんです」

「ほう。縁談の方もか?」

「それは……まあ、少しだけ」

男衆はにやりと笑ったが、からかいすぎることはしなかった。

「ええことや。港は人が多い。どこで縁があるか分からん」

「旦那様みたいなこと言いますね」

「それは勘弁してくれ」

そこで笑いが起きた。

飯を終えると、四人は市の方へ向かった。

信楽焼の小皿、伊勢の小物、奈良の筆や墨、香、紙。見ているだけでも楽しい。

「これ可愛い」

「この小皿、家に置きたいな」

「奈良の香って、こんな匂いなんや」

「筆もええな。字の練習しようかな」

そうして品を見ながら歩いているうちに、自然と若い男衆と話す流れができていった。

ある一人は、信楽焼の小皿を見ている男に声をかけられた。

「それ、ええ色ですね」

「そうですね。私も今、見てたところです」

「松坂屋の方ですか」

「はい。そちらは?」

「港の方で荷の手伝いをしてます。伊勢松坂屋さんの荷も、たまに運びます」

別の一人は、奈良の筆を見ながら、少し真面目そうな男と話し込んでいた。

「写経に使うものらしいです」

「へえ。奈良のものなんですね」

「今度、松阪郊外のお寺さんでも写経の会をするかもって聞きました」

「それ、行ってみたいですね」

「……よかったら、一緒に」

言った本人が一番驚いた顔をした。

四人全員がうまくいったわけではない。けれど二人ほどは、確かに少し良い感じになっていた。

最後に市の端で、また小物を見ながら話していると、不意に聞き慣れた声がした。

「あら、楽しそうやね」

四人が振り向くと、お花が立っていた。

「お、お花さん」

「なんでここにいるんですか」

お花は、少し悪戯っぽく笑った。

「私もね、松阪のど真ん中をぶらぶらしてたら、いろいろ言われるかなと思って。

旦那様は今日は郊外でしょう。だから港の方が気楽かなって」

「お花さんも同じこと考えてたんですか」

「まあ、そういうことね」

四人は一気に慌てた。

「あの、旦那様には」

「絶対に」

「言わないでください」

「お願いします」

お花は笑って頷いた。

「黙っておきます。旦那様は、聞いたら根掘り葉掘り聞きたがるでしょうから」

「絶対そうです」

「もう、ほんまに嫌です」

「だから港まで来たんです」

お花は、少し離れたところで若い男衆と話している二人を見た。

「でも、いい感じじゃない」

「やめてください、恥ずかしいです」

「大丈夫。そういうのは、旦那様のいないところで進む方が健やかです」

四人は顔を見合わせ、思わず笑った。

「それ、ほんまにそうですね」

「旦那様が見てたら、絶対変な空気になります」

「縁が逃げるって、ほんまなんや」

お花も笑った。

「旦那様が考えた場なのに、旦那様がいない方がうまくいく。少し気の毒だけど、それでいいんです」

港には、夕方の潮風が吹いていた。

市ではまだ人が品を見て、飯屋では温かい汁が出て、お好み焼きの鉄板から香ばしい匂いがしている。

若い女衆の一人が、ぽつりと言った。

「でも、今日来てよかったです」

「うん」

「自分たちの店の外で、普通に誰かと知り合うのって、ちょっと楽しいですね」

お花は静かに頷いた。

「そうね。店の中だけで固まっていると、縁も狭くなるから」

「旦那様がいないところで知り合う方が、楽しいです」

「それは本人には絶対言えないわね」

また笑いが起きた。

その日、松阪港の年末市では、目立った事件は起きなかった。

けれど、何人かが少し長く話し、何人かが正月にまた会う約束をし、何人かが珍しい

小物を買って帰った。

博之の知らないところで、博之が作った場は、ちゃんと縁を生んでいた。