軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

松坂郊外の寺で住職と柚子蜂蜜茶を飲みながら自身が企画した市を見ながら色々話す博之

年の瀬、松阪郊外の寺では、いつもと違うにぎわいが生まれていた。

境内の一角では、お好み焼きの鉄板が並び、女衆が手際よく焼いている。青のりをさらりと

振るたびに、「ご縁に伊勢の潮風を」という声が上がり、周りから笑いが起こる。

その隣では、小さな市が開かれていた。

信楽焼の小皿。伊勢の小物。奈良の香。墨、筆、紙。草津の方から回ってきた品。普段なら、

旅に出なければ見られないものが、寺の境内にずらりと並んでいる。

人は思った以上に集まっていた。

若い男女だけではない。家族連れ、年寄り、子ども、近所の商人、伊勢松坂屋の従業員、

寺に縁のある者たち。みな、物珍しそうに品を手に取り、飯を食い、話をしている。

その様子を少し離れた縁側から、博之は和尚と並んで眺めていた。

二人の手元には、湯気の立つ蜂蜜柚子茶がある。

「僕が考えたんですよ、これ」

博之は、少し不満そうに言った。

「全拠点でやろうって。年末に市を出して、縁談の会もして、正月に初詣へ一緒に行けるような

縁を作ろうって」

「ええ考えですな」

「やのに、全然表に出してくれないんですよ」

和尚は、にこにこしながら茶をすすった。

「そりゃ、旦那様が前に出たら絵が崩れますからな」

「ひどい」

「市のところで旦那様がにやにやしておられたら、不審者扱いされます」

「和尚さんまでひどい。ほんまにみんな僕をのけ者にして」

「のけ者ではありません。裏方です」

「裏方って寂しいですね」

博之は口を尖らせた。

和尚は、境内の方を見ながら穏やかに言った。

「しかし旦那様、よく考えてください。この世知辛い世の中で、これだけの品を一度に見られる

市を開ける店が、どれだけありますか」

「まあ……ほぼないですね」

「伊勢の中でも、伊勢松坂屋さんくらいでしょう。奈良のもの、草津のもの、信楽焼、伊勢の小物。

旅に出られぬ者にとっては、それだけでありがたいことです」

博之も、境内を見た。

信楽焼を手に取って目を丸くする若い娘。奈良の筆を見ながら、隣の男に何か尋ねる若者。

子どもに伊勢の小物を見せる母親。お好み焼きを食べながら笑っている年寄り。

「たしかに、かなり来てますね。こんな郊外やのに」

「でしょう」

「買い付け隊で仕入れたもの、今日一日で結構はけそうですね」

「それも良いことです」

和尚は、少し笑った。

「郊外で小物を買った人は、腹が減れば近くの拠点で飯を食べて帰るかもしれません。

そうすれば、売り上げにもつながります」

博之は、和尚を見た。

「和尚さんも、だいぶその辺のことが分かるようにならはったんですね」

「旦那様のせいです」

「僕のせいですか」

「ええ。飯と商いと寄進と炊き出しが、どうつながるか。嫌でも見せられましたからな」

和尚は、境内の人の流れを目で追った。

「いつもの暮らしは、楽しいことばかりではありません。働く者も、子を育てる者も、年寄りも、

みなそれぞれしんどい思いをしております。そこに、年の瀬にこういう場がある。珍しい品を見て、

飯を食い、人と話す。それだけで、少し気持ちが軽くなるものです」

「そういうもんですか」

「そういうものです」

和尚は、蜂蜜柚子茶をひと口飲んだ。

「今日ここで縁がつながる人もいるでしょう。何も起こらずとも、“今日も楽しかった、

良い年越しができそうだ”と思う人が一人でも増えるなら、それは十分な実りです」

博之は、少し照れたように頭をかいた。

「和尚さん、最近うまいこと言って、僕を丸め込もうとしてません?」

「そんなことはありません」

「お花さんとヨイチの影がちらつくんですけど」

「気のせいです」

「ほんまかなあ」

和尚は、すました顔で茶をすすった。

「それに、この市がうまくいけば、売り上げの一部は寺への寄進になります。その寄進で、

また炊き出しができる。子どもたちに読み書きそろばんを教える場も続けられる。

これは寺としても、町としても、ありがたい話です」

「奈良のお坊さんたちも、同じようなこと言ってました」

「でしょうな。あちらも今、少しずつ変わろうとしておられる」

境内では、ちょうど若い男女が同じ信楽焼の小皿に手を伸ばし、慌てて手を引っ込めていた。

「す、すみません」

「いえ、こちらこそ」

それを見て、博之がにやりとした。

「ほら、見ました?」

「旦那様」

「今、手が触れそうでしたよね」

「そういうところです」

「いや、でも縁の始まりかもしれないじゃないですか」

「だから旦那様は表に出てはいけないのです」

「ひどい」

博之は、蜂蜜柚子茶を飲みながら笑った。

「まあ、確かに僕の発想は、ちょっとゲスでした」

「自覚はあるのですね」

「あります。屋敷でごろごろしてたら暇すぎて、ろくなことを考えないんです」

「けれど、そのろくでもないことを形にして、人が集まり、飯が売れ、寺に寄進が入り、

炊き出しにつながるなら、悪いことばかりではありません」

「そういうことにしておきましょう」

博之は、少しだけ真面目な顔になった。

「でも、こういうのが続いたらええですね。年末に市があって、飯があって、誰かと話せて、

正月にまた会えるかもしれない。うちの従業員だけじゃなくて、町の人も、寺の人も、

みんなちょっと楽しい」

「続けましょう」

和尚は静かに言った。

「派手なことではなくとも、年の瀬に人が集まる場所がある。それは町の力になります」

博之は、境内のにぎわいを眺めた。

お好み焼きの匂い。蜂蜜柚子茶の湯気。信楽焼を手に取る人々。奈良の香に驚く子ども。

少し照れながら話す若い男女。

たしかに、悪くない景色だった。

「僕、出番ないですけどね」

「それが一番うまくいっている証です」

「最後までひどい」

二人は笑った。

年の瀬の寺に、炊き出しとはまた違う温かなにぎわいが生まれていた。

博之の暇つぶしのような思いつきは、いつの間にか、町の人々にとって小さな楽しみになっていた。