軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

楽しい楽しい帳簿の時間www11月3週目。2週目末締め。3,500万文→4,000万文。津の整備。四日市、奈良郊外、草津、どんどん立ち上がっているが利益は次期繰り越し

「旦那様。楽しい楽しい帳簿の時間でございます」

ヨイチが帳面を抱えて入ってきた瞬間、博之は畳の上で目を閉じた。

「もう楽しくねえよ」

「まだ何も申し上げておりません」

「津の件があるやろ。長野の懐に片足突っ込んだみたいな話になってるし、港や郊外も増えたし、

もう怖くて見られたもんじゃない」

「ですので、見ていただきます」

「鬼か」

「帳簿方です」

お花が横で茶を出しながら笑った。

「旦那様、逃げても数字は減りませんよ」

「減ってほしい」

「残念ながら、増えております」

「言うな」

ヨイチは、淡々と帳面を開いた。

「まず、新商品についてです。鯛味噌の混ぜ飯、お茶漬け仕立てですが、各地で試験的に

展開しております」

「あれはうまいやろ」

「はい。港町や食が進まない方には評判がよいです。ただし、まだ立ち上がり段階ですので、

今回の数字には本格計上しておりません」

「そこはありがたい」

「ありがたいかどうかは分かりません。来期以降、数字に乗る可能性があります」

「やめて」

「次に津です」

その言葉に、博之は少し体を起こした。

「来たか」

「はい。津については、郊外に二つ、港に一つ、横丁を作りました」

「作ったなあ」

「作りました。表向きは長野家の領内整備、交通の便の改善、港の荷捌き強化、寺社を通じた

領民支援です。実態としては、伊勢松坂屋の荷を安全に通すための足場です」

「言い方よ」

「正確です」

ヨイチは続ける。

「長野家の現在の収入ベースは保証します。その上で、伊勢松坂屋の荷が通ることで生まれる

上っ跳ね、宿、人足、飯場、荷置き、港の回転から出る利益はこちらが取る形です」

「もうほんま、飯屋の帳簿ちゃうやん」

「飯屋が道を作った結果の帳簿です」

「最近それで全部片付けるな」

「便利ですので」

お花が小さく笑った。

「津の炊き出しは、評判が悪くないようですね」

「はい。領民の不満を少しずつ和らげています。小競り合いも鎮静化へ向かっております」

「それは良かった」

「ただし、数字はまだ来期以降に本格的に乗ります」

「怖いなあ」

ヨイチは、さらに帳面をめくった。

「四日市は城下町が立ち上がりました」

「四日市も早いな」

「港が動き始めていたため、城下への展開も早かったです。白子、関、草津方面との

つながりもありますので、今後かなり伸びます」

「伸びます言うな」

「伸びます」

「言い切るな」

「次に大和高田。こちらにも拠点を作りました。大和八木から奈良へ向かう流れの次の足場です」

「奈良方面も太くなってきたな」

「はい。そして奈良郊外の拠点は五件になっております」

「五件?」

「五件です」

「そんな作ったっけ」

「旦那様が“郊外からじっくりやろう”とおっしゃいました」

「じっくりで五件なん?」

「伊勢松坂屋基準のじっくりです」

「嫌な基準やな」

ヨイチは表情を変えずに続けた。

「奈良の郊外拠点は、まだ炊き出し、信楽焼を使った寄進会、写経会、薬草の話、

地域交流会などの土台作りです。これも来期以降に数字が積み上がります」

「つまり、今回はまだ乗ってないんやな」

「はい。まだ乗っていません」

「草津も立ち上がっております」

博之は、また畳に倒れた。

「まだあるんか」

「あります。草津は、近江、信楽、関、伊勢をつなぐ重要拠点です。通常の買い道が整備され次第、

松阪、伊勢、鳥羽の買い付け額もさらに増やす予定です」

「増やすんか」

「増やせます」

「増やせますじゃないねん」

「ただし、それは今回据え置きです」

「据え置きでも怖い」

ヨイチは、そこで帳面を一度閉じるようにして、結論へ入った。

「以上を踏まえまして、この半月の利益は、六百三十万文でございます」

広間が少し静まった。

博之は、目を開けた。

「……六百三十万?」

「はい」

「立ち上げ費用も、津の炊き出しも、奈良も、大和高田も、草津も、いろいろやって?」

「はい。もちろん、立ち上げ費用はかかっております。ですが、これまで多めに計上していた謎経費、

予備費、道中整備費でほぼ吸収できます」

「謎経費が役に立ってる」

「旦那様が謎のことをするための費用ですので」

「俺のせいか」

「はい」

ヨイチは、淡々と最終数字を読み上げた。

「合計で、四千百三十万文ございます」

博之は、しばらく完全に黙った。

それから、ゆっくりと両手で顔を覆った。

「怖すぎる」

「おめでとうございます」

「めでたくない」

「では、怖いなら少し引いておきましょうか」

「引く?」

「はい。ざっくり四千万文としておきましょう」

「百三十万文どこ行ってん」

「帳簿の中に隠れました」

「隠しただけやないか」

「見た目は怖くなくなりました」

「怖いわ。むしろ帳簿の奥に何か潜んでる感じがして余計怖いわ」

お花が笑いをこらえながら言った。

「でも、何かあった時用に取っておけると思えばよろしいのでは」

「まあ、それはそうやな。津みたいなことがまた起きたら、金いるしな」

「はい。奈良、草津、津、四日市、大和高田。どこも立ち上がりは順調ですが、

順調だからこそ急な支出も出ます」

ヨイチが頷く。

「ですので、四千万文を表の目安とし、百三十万文は予備費に近い扱いにいたします」

「また謎経費が増える」

「必要です」

「もう謎経費だけで小さい大名の蔵くらいあるんちゃうか」

「否定はしません」

「否定して」

お花が茶を差し出した。

「旦那様、これだけ大きくなったら、またいろいろなところから声がかかると思います」

「やろうなあ。奈良、津、草津、四日市って来たら、次はどこやってなるよな」

「だからこそ、取捨選択が必要です」

ヨイチはきっぱりと言った。

「全部には応じません。筋の悪い話、見返りのない話、こちらの飯と道を食い潰すだけの話は断ります」

「津みたいなんも、今回は理があったから動いただけやしな」

「はい。長野家の収入保証、上っ跳ねの取得、関方面への安全通行、港と郊外の拠点。利がありました」

「奈良も、知識と寺社のつながりがあった」

「草津は道です。四日市は港です。大和高田は堺への足場です」

「そう考えると、全部理由はあるんやな」

「理由があるから帳簿に乗せます」

「帳簿に乗るのが怖いねん」

博之は茶を飲み、深く息を吐いた。

「四千万文か」

「はい」

「もう、金額の感覚が分からへん」

「分からなくなったら、使う前に相談してください」

「はい」

「特に、ご縁関係」

「そこだけ名指しやめて」

「一番危険です」

お花もにっこり笑った。

「旦那様が“ええご縁やから三百万文積むか”と言い出す前に止めます」

「言わんとは言い切れへんのが嫌やな」

「だから相談してください」

「分かった」

ヨイチは最後に帳面を閉じた。

「今期まとめです。鯛味噌混ぜ飯は試験展開、未計上。津は郊外二拠点、港一横丁。四日市は

城下立ち上げ。大和高田に新拠点。奈良郊外五拠点。草津も立ち上がり。半月利益六百三十万文。

総額四千百三十万文。ただし、表向きはざっくり四千万文。残りは予備的に扱います」

「言葉にすると、さらに怖い」

「怖がって進めましょう」

「せやな」

博之は天井を見ながら、ぼそりと言った。

「飯屋が四千万文持って、津の港と郊外を動かして、奈良の寺と信楽焼の会して、

草津へ道作って、四日市に城下立てて……ほんま何してんねん」

お花が優しく笑った。

「飯屋です」

「もうその言葉、便利すぎるやろ」

ヨイチも頷いた。

「飯屋です。ただし、道を作る飯屋です」

博之は、諦めたように笑った。

「ほな、道を作る飯屋として、ぼちぼちやるか」

「はい。ぼちぼち、きっちり、取捨選択して」

「そして、何かあったら相談」

「必ずです」

広間には、いつものように笑いが起きた。

四千万文。

あまりにも大きな数字だった。

だが、その金はただ蔵に眠っているわけではない。飯になり、道になり、港になり、

寺社の炊き出しになり、人の仕事になり、また次の商いへ流れていく。

博之は、まだ怖がっている。

だが、その怖がり方がある限り、伊勢松坂屋はただの金持ちにはならずに済むのかもしれなかった。